雷に打たれた女 「性転のへきれき」 美玖の場合

雷に打たれた女桜沢ゆうの性転のへきれきシリーズの第7作目となる小説「雷に打たれた女」(美玖の場合)を出版いたしました。

  1. 1997年11月 ひろみの場合「突然の性転換」
  2. 1999年 3月 かおりの場合「ラブストーリー」
  3. 2000年11月 由香の場合 「夫婦スイッチ」
  4. 2002年12月 洋子の場合 「香港の娼婦」
  5. 2003年12月 えりの場合 「あなただけが好きだった」
  6. 2014年11月 ユキの場合 「よじれた戸籍」
  7. 2015年3月 美玖の場合 「雷に打たれた女」

当初、ひろみの場合「突然の性転換」が「性転のへきれき」という副題で出版されたのは、青天の霹靂、すなわち晴天から雷が落ちてくるかのように突然、性転換されてしまうという意味での命名でした。

しかし、シリーズ名から連想される筋書とは裏腹に、性転のへきれきシリーズの小説の中で、超自然的な現象とかSF的なテクニックによる瞬時の性転換は一度も起きたためしがありませんでした。男性が性別を女性に変更するには、脱毛から始まって、必要な階段を自分の意志であれ強制であれ、ステップバイステップで進んでいくことによってのみ目的を達成できるのだ、というメッセージが込められていたからです。

ところが、今回の「雷に打たれた女」では、主人公の男性が超自然的な力により一瞬にして20才の女性に憑依します。へきれき(雷)が落ちた瞬間に転移が起きますので、まさに青天の霹靂本来の意味の通りです。そんな性転換は小説全体の長さの僅か1.5%地点(小説の文字数による計算値)で起きてしまいます。

落雷と同時に男女がゴッツンコと衝突した瞬間に人格が入れ替わるという、あまりにも月並みで、クラシカルな性別転換です。男性は落雷で即死しますので、主人公は女性として残りの人生を幸せに生きていけばよいわけですが・・・。

残り98.5%は入れ替わった後のお話しです。性転のへきれきシリーズの他の小説は性転換の過程が中心であるのに対し、この小説「雷に打たれた女」は完璧な性転換が完了した後に一体どうなるのか、という点を集中的に描いたものと言えます。

この男女の転換が単なる偶然により起きたのではないことは、主人公と一緒に物語を体験しながら解き明かしていただき、感動の最終章に向けて一気に読み進めてください。

長編ですので、初めて読む際にはストーリーを追うだけでも結構長時間お楽しみいただけますが、2回目以降何度もどっぷりと浸かってお読みいただき主人公の身と心になって約2週間の激動を体験されれば、現実の世界との境目が薄れてくると思います。



雷に打たれた女

第1章 青天の霹靂

夏休み明けの第一週、怠け癖のついてしまった心と身体を叱咤して何とか勤め上げた金曜日の夕方。

5時半の終業のチャイムを待ってパソコンのスイッチを切り、帰宅し始めた女子社員たちに「お疲れさま」と声をかけつつ時計が5時40分を指すのを待つ。

茅場町駅5時46分発のJR総武線連絡の東西線快速に乗るためには、会社を5時41分までに出る必要があるが、女子社員のように終業のチャイムと同時に席を立つと、いかにも窓際を自認するようなので10分間ほどは仕事をしているようなフリをする。

私は55才。営業部部長職の肩書だが、昨年、経営企画部長の席を後任に譲り、自他共に窓際社員と認める立場だ。大手商社を8年前に早期退職し、この中堅企業に転職した。25年間勤めた商社では2度のニューヨーク勤務を経験し、猛烈社員として仕事に没頭したものだった。今は子供たちも大学を出て自活し、毎週のように女房との週末旅行を楽しむ、私生活重視型のサラリーマンだ。

女房とはうまくいっている。女房以外の女に手を出したのはたった一度だけだ。2回目のニューヨーク勤務の際、私が赴任してから家族呼び寄せまでの約2か月間、7番街のアパートで独り暮らしをしている時に、ピアノバーでアルバイトをしていた夕子と付き合ったことがある。夕子は女房がニューヨークに来るのと丁度入れ替わるようなタイミングで帰国し、その日以降は音信不通になった。だから女房は私の浮気については全く知らない。

その夕子から昨日会社に電話がかかってきた。私が携わっていたプロジェクト案件が新聞のコラムに掲載され、私の名前と小さな写真を見た夕子が会社の代表番号を調べて電話してきたのだ。私は夕子を昼食に誘い、今日21年ぶりに一緒に食事した。夕子は40才を超えたのに21年前と変わない美しさを保っていた。福島に住んでいると言っていたが、自分の帰国後の人生や家族については話題に出さず、私も質問しなかった。電話番号もメールアドレスも言わずに帰って行った。夢のような、そして不思議な1時間だった。

残りの人生で、夕子と会うことは、もう二度と無いだろう。そんな予感がした。東西線の車内で隣に立った小柄な若い女性に体が触れ合わないよう必死で踏ん張り、万一痴漢と言いがかりを付けられても大丈夫なように両手で吊革にぶり下がりながら、夕子との不思議な再会の余韻を楽しんだ。

東船橋駅に到着して北口の階段を下り、線路に沿って家路を急ぐ。お盆休み前と違って、この時刻には、もう夕方の空気が漂っている。晴天だったのに電車が総武線に入る頃から空模様が怪しくなり始め、駅を出て30秒後、にわかに黒ずんだ空から大粒の雨がぽたりぽたりと落ち始めた。

「夕立が来る。」

本降りになる前に家にたどり着こうと小走りに急ぐが、10も数えないうちにバケツをひっくり返したような土砂降りになった。黒の書類鞄を頭の上にかざし、30メートルほど先の角にある大きな木の下で雨宿りをしようと必死で走った。

左折気味に木の下に駆け込んで止まろうとした時、側道から同じ木を目指して駆け込んだ女性が目に入った。淡いパステルカラーのワンピース姿の若い女性だ。お互い相手に気づいて衝突回避を図ったが、二人とも壁際の方に動いてしまった。避けきれずに、文字通りおでことおでこでゴッツーン、目から火花が飛び散った。

丁度その瞬間、その木を雷が直撃した。ドッカーン。大音響とともに、身体が宙を舞った。

何秒経過しただろうか。いや、数分間経ったかもしれない。気がつくと私は道路にうつ伏せに倒れていた。雨は止んでいたが、道路は池のように水浸しで、私はびしょぬれだ。

倒れたままの姿勢で顔を上げると、すぐ前に中年男性が仰向けに倒れていた。動きが無い。大丈夫だろうか。でも、私とぶつかったのは若い女性だったから、この中年男性は私たちの後から倒れこんできたのだろうか。

どこかで見たような顔・・・

それは私の顔と酷似していた。

さっき衝突した若い女性はどこに行ったのだろう。濡れた頭をぶるぶるっと振ると、長い髪が顔にバサッとかかった。あれっ、この髪の毛はいったい誰の髪の毛なんだ。手をやるとその髪は自分の頭から生えていた。頬を手で触ると髭の感触が無くすべすべしている。

「何だ、これは。」
と言いながら膝を立てて起き上がろうとしたが、私の口から出るはずの無い黄色い高い声が耳に響いた。

「ナンダ、コレハ。」

誰がしゃべっているんだろう。

自分が着ているワンピースは太ももまでめくれて、細長い脚が伸びている。足にはハイヒールのサンダルがストラップで固定されている。これは、さっきぶつかった女性そのものだ。

高いサンダルによろけながら立ち上がると、胸にゆっさりとした重みを感じる。

女性のオッパイじゃないか。あわてて手を胸にやると、手の感触が服を通して乳房に伝わる。これは紛れも無く自分の身体だ。まさか。おそるおそる股間に手をやる。無い!

「キャーッ。」
自分では「わーっ」と言ったつもりだったのが、女性の悲鳴になっていた。

私はへなへなとその場に座り込んだ。

数人が通りかかった。

倒れた中年男性を覗き込んでいる。
「もしもし、大丈夫ですか。」
肩を揺すっても反応が無いようだ。

「生きてるのか。」

「救急車だ。」

「この木に落雷したんだ。」

「木が焼けてる。」

「この木は塀で支えられているだけだ。風が吹いたら倒れるぞ。」
通行人の一人が携帯電話で救急車を呼んでいる。

「大丈夫ですか、しゃべれますか。」
通行人が私に聞いた。

私は何と答えてよいのかわからず、座り込んだまま呆然としていた。

救急車が来た。

倒れた中年男性、というか、私の本来の身体は担架で救急車に乗せられた。

「この女性もここで落雷にあったようです。」
通行人が救急隊員に告げ、私は抱きかかえられるようにして同じ救急車に乗せられた。

救急車は津田沼総合病院に急行した。

私は呆然としていて、救急車の中で何を聞かれてもどう答えればよいのか分からなかった。

ぶつかった瞬間に頭の中身が入れ替わったのか。いや、そんなことが起こるはずが無い。

でも、目の前の中年男性の身体は確かに自分のものだし、今の自分の身体は胸に双丘があり、股間には何もなく、髭の無いすべすべした頬をしていて、高い声で、淡いパステルカラーのワンピースを着ている。

鏡で確かめないと断言できないが、どう考えても木の下で衝突した女性の身体が自分の身体になってしまっている。

「そちらの男性の身体は、私の身体なんです。」
などと自分自身さえ信じられないことを訴えても事態が改善するとは思えない。

いっそ気を失ってしまえ、と上を向いて目を閉じたところ、本当に頭がぼおっとして意識が遠のいた。


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