新作「バンコク発の夜行列車」を出版しました

桜沢ゆう性転のへきれきシリーズ新作TS小説「バンコク発の夜行列車」を出版しました。私が2018年8月下旬に行ったバンコク旅行に基づく長編サスペンス・TSエンターテインメント小説です。最新のバンコク事情を反映した小説ですので、特に旅行好きの方にはご参考になると思います。

***

東京で一人暮らしをしている大学一年生の桃野翔太は夏休みに友達と白馬高原と戸隠への旅行を計画していたが、立て続けに台風が来たために、出発予定日の前々日に旅行がキャンセルになってしまった。丁度その日に大手旅行会社から海外ツアーの勧誘メールが届き、バンコク3泊5日のツアーに直前割引24,980円という激安料金が提示されていたのを見て発作的に申し込んだ。

翔太にとっては初めての海外旅行だった。LCCのエアラインは思ったよりも快適で翔太は無事バンコクのホテルに到着した。到着初日にスコールに見舞われたが、2日目の朝は好天に恵まれて機嫌よくバンコク市内観光に出かけた。

地下鉄はモダンかつ清潔で乗客は大人しく車内は落ち着いていた。翔太はバンコクが好きになり、一人で市内観光を楽しんだ。バンコクの原宿と言われるカオサン通りを訪れ、買い物をしていた時、ひょんなきっかけで20代のタイ人女性と知り合いになった。翔太の好みのタイプのスラリとした女性だった。

彼女のお陰でバンコク旅行は予想以上に楽しいものになりそうだった。大きな落とし穴が待ち受けているとは思いもしなかった……。



バンコク発の夜行列車

第一章 初めての海外旅行

【一日目】

夕立ちとは激しい雨を意味する言葉だと知っていたが、それが実際に夕方に降るものだと意識したことはなかった。朝、昼、晩、あるいは真夜中に雨が降るのはいずれも同様に当たり前であり、自然現象が一日の中で時間を選ぶという考えはしっくりこない。

バンコク・センター・ホテルを午後六時四分に出発して、グーグルマップを頼りにチャイナタウンの見物に出かけた。ワット・トライミットという黄金仏寺院に立ち寄った後、チャイナタウンの入り口にある中華門に差し掛かったのは六時三十五分だった。赤と金を基調にした煌びやかな中華門が照明を浴びて、冴えない青の空にさほど白くない雲がかかった夕空に浮き上がって見える。夕暮れなのに夕焼けの気配はなく、徐々にどんよりと暗くなっていった。

チャイナタウンを貫くヤオワラート通りは夕方の渋谷に負けないほどの雑踏だった。仕事を終えた人たちや世界各国からの観光客で埋め尽くされて、時速一キロで歩くことさえ難しい。

雲に覆われた夕暮れの空が夜に移ろうとしている。

その時、大粒の水滴がひとつ頬に当たった。古いビルの空調装置から滴る汚れた水ではないかと、不機嫌な思いで視線を真上に向けると、二つ目の水滴が鼻先に落ちてきた。それは空調装置からの水でもビルの生活水でもなく、空から落ちてきたものだと判った。ビルの谷間の空が、夜の闇に覆われる一歩手前でにわかに掻き曇って雨が降ろうとしているのだった。

雨が降る前にどこか適当なレストランにでも入ろうと思ったが、それは甘い考えだった。すぐに三つ目以降の水滴がバラバラと腕や顔に当たり、あっという間に本降りになった。

夕立ちだった。文字通りバケツをひっくり返したような雨が空から垂直に落ちて来る。ヤオワラート通りに立ち並ぶ屋台は一斉にビニール製の幌を拡げ、道行く人々は左右の店に入ったり、手近にある軒先に身を寄せたりして雨宿りする。屋台の店主はビニールの幌から落ちて来る瀧のような雨水をバケツで受け止め、涼しい顔で座っている。彼らにとっては当たり前の日常なのだということが分かる。

私はセブンイレブンに駆け込んで、しばらく買い物客のふりをしていたが、五分経っても雨は止まず、いつまでも商売の邪魔はできないので外に出た。ナップサックから取り出した折り畳み傘を拡げて、隣の建物のひさしの下に立って雨宿りをした。ますます大降りになり傘も十分な役目を果たさないほどだった。

バンコクの八月はモンスーンの時期にあたり、スコールの季節だとは聞いていたが、スコールが夕方に降るものだとは知らなかった。東南アジアに旅行に来て現地の風物詩を味わうのもひとつの楽しみではあるが、こんな風物詩は願い下げだ。

一時間ほどして、やっと小ぶりになったので、ホテルに引き返すことにした。何度も水たまりに足を取られて、靴の中は水浸しになっていた。現地の人や欧米からの観光客が男も女も素足にサンダルで歩いていた理由が分かった。

来る時の倍の時間をかけて中華門に辿り着いた。早くホテルの部屋に戻ってシャワーを浴びたいと思ったが、空腹を感じてフアランポーン駅の近くの香港ヌードルと書かれたレストランに入った。午後八時を回っていた。トムヤンクン・ヌードルのセットを注文した。熱いトムヤンクンをすすると身体全体が火照り、スパイスのお陰で頭皮から汗が出てきた。

トムヤンクンは日本で食べたことがあるが、さすがに本場の味は格別だった。スパイスにパンチがあって、風味に混じりっ気が無い。それにエビが新鮮でプルプルしていた。値段は百三十バーツ、約四百四十円だ。ちゃんとしたレストランだし、飲み物とデザートがついたセットでこの値段なら文句はない。

レストランを出ると雨はもう上がっていた。靴下がたっぷりと水を含んでいて歩くとグシュグシュと音を立てていたが、さほど気にならなかった。ホテルまで歩いて部屋に戻った。浴槽にお湯を入れながら靴にヘアドライヤーの先端を差し込んで乾かした。

風呂場の蛇口から出てくるお湯は体温より少し低い感じがしたが、しばらく出していると生温かいレベルまで上がってきた。それでも浴槽に横たわるとほっとした気持ちになった。目と口だけを湯面に出して半無重力状態で全身の力を抜いた。ヤオワラート通りの雑踏、にわかに掻き曇った空の不気味な蒼黒さ、屋台のビニールの幌から滝のように落ちる水、そして何とも言えない不潔さが混然となって頭の中に蘇った。

僕は潔癖主義者ではなく、お菓子を床に落としても五秒以内に拾い上げれば平気で口に入れられる性質だし、朝コーヒーを飲んだカップに、夜お茶を注いでも気にならない。でも、バンコクは何かが違う。湿気のある空気の中に目に見えない埃が漂っていそうだし、靴の中まで侵入した水たまりの茶色っぽい水には、日本には居ない雑菌がひしめき合っているという気がする。

いけない。せっかくの東南アジア旅行なのに、清潔好きの女の子のような考え方では楽しめない。あと三日間、男らしく豪放磊落に振る舞わなければと自分を叱咤激励した。



バンコク旅行に申し込んだのは気まぐれによるものだった。八月二十三日から大学の友人と長野に行く予定だった。白馬高原に二泊してから戸隠に一泊することになっていた。ところが台風が相次いで発生し、旅行計画と同じタイミングで甲信越地方を直撃することが確実になってしまった。二十一日に友人から旅行の中止を言い渡されてガッカリした。

何気なくスマホを見ると大手旅行代理店から「超激安直前割引で行く海外旅行」というバルクメールが入っていた。クリックしたところ、二日後に出発する「バンコク五日間」が二万四千八百円でオファーされていた。あまりの安さに唖然とした。パスポートは持っていたので、発作的に申込ボタンを押してしまった。結局、空港使用料と現地税を加えて約三万円をクレジットカードで払ったが、良い買い物ができたと思った。

少し気がかりだったのは、見知らぬ客と二人部屋で同室になるという点だった。一万二千円の追加料金を払えば一人部屋が確保できるのだが、後で友達に激安を自慢するためにはトコトン安く上げたいという気持ちが強かった。

翌々日の八月二十三日の早朝、ティーシャツを四枚と下着を入れたリュックを背負ってアパートを出た。午前十時発のスクート・エアラインに搭乗することになっていた。聞いたことのない航空会社だが、この値段なら仕方ないと思った。ツアーと言っても、バンコクの空港からホテルまでのバスが付いているだけであり、自分でエアラインにチェックインしてバンコクに飛び、帰国日は自力でバンコクの空港に行ってチェックインするというセルフサービス形式になっていた。

実際に乗ってみるとスクート・エアラインは快適だった。機内では食事も飲み物も無料サービスは一切ないという徹底した内容だったが、出発ゲートの自販機で買ったウーロン茶だけで七時間のフライトを楽しんだ。

バンコクのドンムアン空港に到着し、入国審査も思いのほか順調に通過して、両替所で一万円をタイ・バーツに両替した。税関出口を出ると、予めネット検索で調べていた通りAISという通信会社のショップに直行して、スマホ用のSIMを購入した。七日間四ギガバイトまで使えるプリペイド形式のSIMが二百九十九バーツ。日本円で約千円だった。ショップでSIMを挿入してもらうと、スマホにメールとLINEが着信し始めた。試しにググってみたところ日本で使っている格安SIMよりもサクサクと動いた。

集合場所に行くとカタコトの日本語を話す女性現地スタッフが立っていた。他の乗客が集合するまで二十分ほど待ってからバスへと誘導された。その時点で、僕と相部屋になる人がどの人かは不明だった。僕以外に一人旅らしい客は見当たらず、三人組の女性グループは見かけたが、奇数の人数の男性グループは存在しないようだった。女性と相部屋になるはずがないが、もしそうなったらどうしようとドキドキした。

初めての海外だった。東南アジアとはどんなところか、テレビで見て大体分かっていたが、バスの窓の外には本物のアジアの景色が流れていく。空には白い雲が低くかかっていたが、目に入る光景はヴィヴィッドだった。初めて見る外国だから生き生きと感じられるのかもしれない。高速道路を下りて市街に差し掛かると渋滞が始まり、バスはノロノロと進んだ。バスの窓のすぐ近くをタイ人のカップルが歩いている。僕は本当にバンコクに来たのだと実感した。

まもなくバスはバンコク・センターホテルの敷地に入って玄関前に停車した。女性現地スタッフの後を追ってホテルに入った。

フロントの女性スタッフが客の名前を呼び、ルームキーを手渡し始めた。僕の名前が呼ばれて、キーを受け取った。女性現地スタッフに「一人部屋ですか?」と聞いたところ「お一人です。さびしいですか」と言われた。

うれしさで飛び上がりたい気持ちだった。きっと他には一人で参加した男性客が居なかったため、旅行会社の都合で僕は追加料金なしで一人部屋を占拠できることになったようだった。

【二日目】

目覚まし時計をセットせずに寝たが、翌朝起きると午前六時半だった。二時間の時差があるから、目が覚めて当然だ。昨夜手洗いして踏み押ししてハンガーにかけておいたズボンはまだ半乾きの状態だったので、リュックの中からスリム・パンツを出してはいた。それは薄くて軽いコットン・ライクなカーキ色のパンツで、お気に入りのズボンだった。黒地に白でDKNYとプリントされたティーシャツを着て、昨夜ヘアドライヤーで乾かした靴を履いた。

靴の内側の表面は乾いているように見えたのに、実際に履いて立ってみると、水分が浸み出して靴下がじっとりと濡れた。こんなはずじゃなかったと思いながら靴の中敷きを取り出して乾かそうとしたら、靴底に穴が開いていた。バンコク旅行を終えたら捨てるつもりで古い靴を履いてきたのが間違いだった。穴が開いていたから汚い水が靴の中まで入ったのだ。

他に履物は持っていないので仕方なく濡れた靴を履いて一階のレストランに行った。今日の観光予定にはショッピングセンターも含まれているので、まず靴屋に立ち寄って靴かサンダルを買うことにしようと思った。

ツアー料金には朝食が含まれている。朝食付きのホテル料金が三泊分含まれているというべきかもしれない。レストランはバイキング形式で、十種類を超える料理が並んでおり、パン、おかゆ、ヨーグルト、フルーツも食べ放題、コーヒーとソフトドリンクも飲み放題という天国だった。他の客の真似をして野菜入りのオムレツも注文し、お腹が一杯になるまで食べ続けた。バンコクのホテルは男子大学生にとってパラダイスだと思った。

すっかり満足して部屋に戻り、ナイロン製のナップサックに折り畳み傘とハンドタオルだけ入れてホテルを出た。

バンコク・センター・ホテルはバンコク市街の中心地からは離れているが、国鉄フアランポーン駅まで徒歩五分、地下鉄ファランポーン駅への階段はホテルのすぐ前という便利な場所に立地している。できれば国鉄を利用してタイ郊外のアユタヤ遺跡にも行きたい所だが、タイでの滞在が実質丸三日間という短い日程なので、アユタヤは断念して市内観光を中心にしようと考えていた。

バンコク市の公共交通はMRTと呼ばれる地下鉄、BTSと呼ばれる高架鉄道、バス、川や運河を運航するボートなどによって構成されている。バンコク観光に関するインターネット・サイトには、MRTやBTSの切符売り場には長い列ができるので、非接触型チップの埋め込まれたプリペイドカードを購入するのがよいと書かれていた。僕はフアランポーン駅で二百バーツを出してMRTのプリペイドカードを購入して改札を通った。

築年数が浅いせいか地下鉄の構内は真新しく、エスカレーターも、プラットフォームも日本の地下鉄に負けないほど清潔で広々としていた。地下鉄の車両が到着するとプラットフォームの自動ドアが開き、並んで待っていた乗客が整然と乗車する。乗客は大声でしゃべることもなく、スマホを片手に黙って座っている。

行儀がいいというか、落ち着いているというか、トゲトゲしたところが無くてほっとした。ネットで読んだのだが、タイ人は日本人より柔和で大人しいのかもしれない。目が優しいし、話し言葉のトーンが柔らかい。タイ語は解らないので意味は不明だが、声のトーンが柔らかだった。特に男性のしゃべり方は抑揚が無く滑らかで、自信がないかのような響きが感じられる。

もし僕が日本であんなしゃべりかたをしたら、女性的だと思われるだろう。タイはレディーボーイと呼ばれるニューハーフが大勢いる国だが、タイ人の男性は元々女性っぽい素地を持っている人が多いのかもしれない。

二駅先のシーロムという駅でMRTを下車し、BTSに乗り換える。BTSの切符売り場で百八十バーツを出してプリペイドカードを購入した。MRTとBTSは会社が違うので別々のプリペイドカードを買わねばならない。共通化の計画はあるが実施が遅れているらしい。

BTSはスカイトレインとも呼ばれる高架鉄道なので、乗り場は高い位置にあり、駅の周囲の景色が見渡せる。MRTと同じように清潔で、ホームには柔和そうな人たちが静かに立って電車を待っている。

この国に足を踏み入れてからまだ一日も経たないが、僕はバンコクが好きになってきていた。昨夜チャイナタウンで感じた汚れた息苦しさは夕立と水たまりがもたらしたものであり、普段のバンコクはきっと清潔で柔和で好ましいものだという気がしていた。

スカイトレインの車両が到着して整然と乗車した。車内はそこそこ混んでおり立っている客が多かったが、先ほどの地下鉄と同じように静かで清潔で柔和だった。その時、僕は心地よさの一つの原因に気づいた。僕より背の高い人と背の低い人がほぼ同数だったのだ。タイ人の平均身長は男性が百六十七センチで女性が百五十七センチだとネットに書いてあったのを思い出した。百六十三センチの僕は全人口の平均にあたることになる。東京の満員電車だと周囲の男性の大半よりも背が低いので居心地の悪さを感じていたのかもしれない。

女性は概して日本人より浅黒いが、南アジア人的な丸顔で骨格の小さい女性と、伸びやかな体形の女性に二分されるように思えた。後者は百六十センチ代後半の現代女性が中心で、僕の好みのタイプだ。これはネットで読んだのだが、タイ人の牛乳摂取量は国際平均の七分の一以下であり、タイ政府は学童に毎日二、三杯の牛乳を飲ませることによって平均身長を欧州諸国並みに引き上げる計画を立てているそうだ。ということは、タイ人は日本人よりも遺伝子的に欧州人に近いのだろうか?

僕の近くに立っているすらりとした若い女性は、毎日二、三杯の牛乳を飲まされて育った新世代のタイ人女性なのかもしれない。

女性のパンツ姿とスカート姿は半々ぐらいだったが、東京と比べるとレースのスカートやワンピースの人が非常に多いことに驚いた。よく見ると薄っぺらいカーテンのような光沢で立体感に乏しいレースだったので興ざめした。日本の女性なら決して着ない安物の素材だと思った。

サイアム駅でBTSを降りた。サイアム駅周辺にはいくつかの巨大ショッピングモールがあるが、午前十時前だったのでまだ閉っていた。スマホでグーグルマップを見ながら、今朝の目的地であるパンティップ・プラザに向かって歩いた。パンティップ・プラザはバンコクの秋葉原と呼ばれる場所だ。僕は秋葉原が好きで、特に用が無くても秋葉原で下車をしてブラブラすることがあるほどだった。パンティップ・プラザはバンコクで是非訪問したい場所のひとつだった。

炎天下を二十分ほど歩いてパンティップ・プラザに到着した。銀座のデパートを大きくしたようなビルの中には無数のショップが並んでいた。秋葉原からアニメ、オタク文化と家電製品を取り除き、ひとつのビルの中に押し込んだ場所と表現すべきだろうか。平たく言えばパソコンとスマホ関係のショップを集めた電脳ビルだった。雑貨のショップがあったり、コワーキング施設やフードコートが充実していたが、秋葉原を知り尽くした僕にとって特に目新しいものは無かった。

パンティップ・プラザを出て水上バスの乗り場まで歩いた。バンコクではMRT、BTSの交通網はまだまばらで、道路は渋滞が多くバスは時間通りに動かないので、川や運河を通る水上バスが重要な交通手段となっている。プラトゥナームの水上バス乗り場に着いて数分待つと、数十人は乗れそうなボートが来た。車掌がボートから岸に飛び移って艫ともづなでボートを固定する。その間、十秒もかからない。乗客も岸からボートへ、ボートから岸へと慣れた足つきで移動する。小さな子供やお年寄りには利用が困難な乗り物だ。

ボートには四、五人が並んで座れるベンチが十列ほどあり、僕はボートの縁に近い席に腰を下ろした。若い車掌がとび職のような身のこなしでボートの縁を伝って料金を集めに回る。下船予定のパンファ・リーラードという埠頭までの料金は二十バーツ、僅か七十円ほどだ。巨大なオートバイのような音を立て、水しぶきを上げながらボートが進む。チャイナタウンの水たまりと同じ色の赤茶けた水だった。ボートの左右にはビニールの幌がかかっているので、幌を上げない限り水しぶきはかかららない。

運河の両岸には家並みが続いている。大半は木造の一般家屋で、ボートから見えるのは玄関とは反対の裏戸の側だ。運河と家との間の狭い路地を普段着姿の老人が歩いている。運河ぎわに直接建っている家も多い。

家屋が途切れたところに突如寺院が現れる。それにしても、やたら寺院が多い。タイには二万五千もの寺院があるそうだ。仏教国だから寺院とは「お寺」なのだが、金箔で覆われた大きな尖塔を頂いたきらびやかな建築物がバンコク中に散在している。京都を訪れる外国人も同様な印象を受けるのかもしれない。

二十分ほどするとその水上バスの終点のパンファ・リーラードに到着し、全員がボートを降りた。向こう岸の奥にある小高い丘に黄金の仏塔が見える。あれはワット・サケットという寺院で、今回の旅行で訪れるべき場所のひとつだ。

しかし、僕は先にカオサン通りに行くことにした。カオサン通りは「バンコクの原宿の竹下通り」とも言われており、さまざまなショップが並んでいるそうだ。今朝は湿ったままの靴を履いて出てきたが、さきほどから足が蒸れた感じが気になっており、早く新しい履物を買いたかった。

グーグルマップによるとカオサン通りまでは徒歩十六分の距離だったが、トゥクトゥクで行くことにした。トゥクトゥクとは小型の三輪自動車のタクシーで、オートバイの後輪を二輪にして引き伸ばし、二人から数人が座れるようにした「オート三輪」だ。「三丁目の夕日」にも出て来るレトロな可愛い半オープンカーを見て、一度乗ってみたいと思っていた。

埠頭から階段を上がった所に数台のトゥクトゥクが客待ちをしていた。「カオサン・ロード」と言うと「ワンハンドレッド・バーツ」と言われたので、少し高いのではないかと思ったが「OK」と答えて乗り込んだ。雨よけのビニールの幌のついたオート三輪は片道三車線の道路を乗用車と競うように走った。車体が軽くてフワフワした感じだ。もし乗用車と衝突したらひとたまりもなくぶっ飛ばされるだろうと思ったが、トゥクトゥクは数分でカオサン通りの入り口に到着した。

そこはひと目で観光地とわかる場所で、車両制限された道路の両側の歩道に沿ってさまざまなショップ、飲食店やホテルが並んでいた。茶葉、オーガニック石鹸、手工芸品、衣類など、観光客を目当てにした小さなショップが立ち並ぶ。衣類店には値札が百バーツ(三百四十円)のワンピースが吊るされていたりしてバカバカしく安い。

靴屋を見つけて立ち寄り、まずスニーカーを見たが気に入ったデザインのものがなく、サイズも大きすぎるか、長さが合っても極端に細くてとても履けそうになかった。ショップの男性が諦め顔でサンダルの棚に僕を誘導した。ところが、どのサンダルも安っぽく、大きすぎてすぐに脱げそうだった。ショップの男性に「サンキュー」と言って立ち去ろうとしたところ、引き留められ「ニュー・プロダクト」と言ってグリーンのサンダルを手渡された。履いてみると僕の足にピタリとフィットしていた。長すぎも短すぎもせず、土踏まずの部分がわずかに盛り上がっているので、走っても脱げないだろうと思った。これならスニーカーと同じ感覚で歩き回ることが出来る。

僕はすっかり気に入って「ハウマッチ?」と聞いたところ、「ファイブ・ハンドレッド」と言われた。この店にある他のサンダルには百バーツから二百バーツの値札がついているので五百バーツは高すぎると思い、「ディスカウント・プリーズ」と言ったところ、「ニュー・プロダクト、ノー・ディスカウント」と値下げを拒否された。五百バーツは日本円で千七百円だから目くじらを立てることもないかと思ったが、足元を見て吹っかけられた気がしたので、わざと苦い顔をして黙っていた。するとショップの男性が「OK、フォア・ハンドレッド・フィフティ」と一割の値下げを提案してきた。

内心嬉しかったが、仕方ないと言う表情を見せながら財布から五百バーツ札を取り出そうとしたところ、後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ると、僕より少し年上のスラリとしたタイ人女性が立っていた。彼女は僕の右肩を押して、反対側のサンダルの棚へと誘導した。そこは女性用サンダルのコーナーで、僕が気に入ったのと同じサンダルが二百バーツで展示されていた。

僕はショップの男性に「ジス・サンダル・イズ・ウィメンズ」と抗議したところ、「フォア・メン・アンド・ウィメン」という答えが返って来た。女物をつかまされそうになったことにプライドを傷つけられた気がしたが、タイ人女性のひと言で気持ちが変わった。

「とても似合う」

彼女が日本語をしゃべったのに驚いた。日本人ではないと分かる日本語だったが、少しハスキーで低めの快い響きの声だった。

僕は五百バーツ札を財布に戻して代わりに百バーツ札二枚をショップの男性に渡した。男性はタイ語で何やら彼女に話した。意味は分からないが悪態をついたのは確かだった。彼女のお陰で二百五十バーツを儲けそこなったのだ。僕はその場の雰囲気を悪化させたくないという気持ちで、ショップの男性に、サンダルはそのまま履いて帰りたいのでこの靴を捨てて欲しいと身振り手振りを交えて頼んだ。彼はOKと答えて僕から二百バーツを受け取り、取引が完了した。

湿った靴から解放されて清々しい気持ちで店を出た。

「ありがとうございました。お陰で騙されずに済みました」
お辞儀をして日本語で礼を言った。

「どういたしまして。日本人、騙されやすいから気をつけて」
彼女は微笑んでさほど不自然ではない日本語で言った。

その時、僕は彼女がとても美しい女性だったことに気づいた。

ショートのボブの髪が眉毛の位置で切りそろえられている。脛丈の黒いスリムなパンツに大き目の白のシャツをボーイッシュに着こなしている。やや浅黒いがダメージの無いしっとりとした肌に、切れ長の二重ふたえの目が映えている。厚みの無い白いサンダルを履いているが、僕より七、八センチほど背が高い。

「東京から昨日バンコクに着きました。明後日の夜のフライトで日本に帰ります。桃野翔太と申します」

不必要な自己紹介だとは分かっていたが、たとえ数秒でも長く彼女の近くに居たいと思ってしゃべった。

「私の名前はノイナ」
と彼女は微笑んだ。

それが運命の女性ノイナとの出会いだった。


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