再校閲を機に「僕は落第ヘルパー」として改訂再出版しました。細部にはかなり手を入れましたがストーリー自体は同じですので重複購入にご注意ください。
「僕は落第ヘルパー」は、とある千葉県の病院をモデルにして、中途半端な形で就職した主人公が、果てしなく転落しながら、幸せを求めて努力するドラマを性転のへきれきシリーズらしいタッチの長編TS小説です。
女性ホルモン、性転換手術、豊胸手術、精子の凍結保存、不妊クリニックなど、性転のへきれきTS文庫の小説には病院が絡んでくることが多いのですが、医療を提供する側の立場の小説は今回が初めてです。バイオテクのネタは得意な方なのですが、医療説で、自分が他の作家よりも心に迫れるTS小説を書けるとしたらどんなストーリーだろうかと考えたら、こんな話になりました。
医大を優秀な成績で卒業し医師の国家試験も余裕で通るはずだった主人公が、蓋を開けてみれば国家試験に落ちていて、翌年の国試までの1年間をピンクのナース服を着てヘルパーとして働くことになるというストーリーです。
そこまでネタバレをして大丈夫かと言われそうですが、TS小説の読者はその程度の展開は言われなくても敏感に察知し、そうなることを期待して読むものであり、むしろそんな展開になると分かった上で読んだ方が、主人公に押し寄せる逆境の波を共感しながら体験できると思います。(シェークスピア劇でそんな手法が多用されているのはよく知られている事です。)
主人公が小説の中盤で国試に落第したことが判明しても、全然どん底に落ち切ったわけではなく、これでもか、これでもかと言うほどの疾風怒濤の嵐が押し寄せてくるので期待しながらお読みください。
小説の中にも出て来ますが医師国家試験には「地雷」と呼ばれる禁忌肢問題が含まれており、医師として選ぶべきでない選択肢を一定数選んでしまうと、いくら点数が良くても不合格になるという落とし穴があります。当然受かるはずの医学部の優等生が地雷を踏んで一浪することは、よくあることなのです。また、年により日が異なりますが医師国家試験の合格発表は3月後半になり、平成32年の場合は3月29日の発表でした。自宅から通えない病院で4月1日から研修医をすることが決まっている場合には当然引っ越しも終えているので、3月29日に不合格だったことが分かると非常に困るわけです。主人公の寿々男の場合はその病院で3月1日から研修を兼ねてヘルパーのバイトをしており、不合格になるとバイトを続けながら来年の国試に備えるか、それとも実家に帰るかの二者択一になりました。そんな事情を知らない人があらすじを聞くと無理な設定だと思うかもしれませんが、決してそうではないのです。
江戸時代の武士の数は全人口の数パーセントだったそうです。病院で働いている人たちの中で医師が占める数も10%を少し超えた程度です。一般病院の従業員数の約六割が看護要員であり、患者さんへの実際の対応は圧倒的に女性従業員の力に負う所が多いのです。病院の主体は看護師さんだと思った方が良いかもしれません。
医療ものの小説はどうしても医師が中心になり(病院と言う確固たるヒエラルキーに守られた世界男性医師であるにしても女性医師であるにしてもいわゆる男性社会)を上から見下ろす小説が多くなります。「僕は落第ヘルパー」は徹頭徹尾ヘルパーと看護師の女性的視点で病院の内部を描いた医療もの小説ですので、その点もお楽しみいただければ幸いです。病院のヒエラルキーの下部を中心に、中途半端な立場に置かれた主人公の目線でストーリーが展開されます。
なお、この小説の初版は「落ちん子ヘルパー」という題名でした。(国家試験に)落ちない落ちないと言っていたのに落ちた人を「落ちん子」と呼ぶことで、おたんこナース(佐々木倫子さんの有名な漫画)をもじったわけです。ところが、第9章で産科の門脇部長が「落ちん子」という言葉を使って周囲の女性が笑ったシーンを書いていて「落ちん子」は「オチンコ」と音が同じだと気づき青ざめました。これは私としては結構真面目な作品であり、エロい隠語のダジャレで題名をつける意図は全く無かったのです。ところが題名を入れた表紙を早い段階で製作済みで、表紙を作り直すのも面倒だと思い、その題名で出版してしまったのです。
作者としては非常にシリアスなドラマとして書きましたが、シリアスといっても、あくまで性転のへきれきらしいシリアスさですので、どうぞお気楽にお読みください。
これは性転のへきれきTS文庫、日英TS文庫、その他の桜沢ゆうの出版物を紹介するHPと桜沢ゆうのブログを兼ねたサイトです。桜沢ゆうは千葉県在住の作家で、1997年に処女作「性転のへきれき(ひろみの場合)」を出版して以来創作活動を続けており、数多くのロマンス小説、ファンタジー小説、サスペンス小説、ソフトSF小説などを出版しています。作品の多くは性同一性障害、性転換のテーマを扱っています。小説の分類としてはTS小説が多く、その他は純文学となります。