「女弁護士に嫁いだ男」性転のへきれき 性転換小説 | 性転のへきれき

「女弁護士に嫁いだ男」性転のへきれき 性転換小説

桜沢ゆう・性転のへきれきシリーズの小説「女弁護士に嫁いだ男」を出版しました。

これは「女弁護士に愛された男」と同一作品ですので、重複購入されないようご注意のほどをお願いいたします。

楽天Koboへの出版のために再校閲を行い、表紙画像を一新しました。あとがきに追補した部分がありますが、ストーリー的には変更がありません。

実は一ヶ月ほど前に「お気に召すまま」という題の新作を書き始めたのですが、スランプに陥りました。「こんな小説を書いていていいのだろうか」と思い始めると、筆が進まなくなったのです。

思えば、変調のきっかけは「採用面接」が2017 よしもと・Amazon 原作開発プロジェクト・コンテスト優秀賞を取ったことでした。実は同コンテストには5作品を応募したのですが、「採用面接」は私から見ると5作品の中では世俗的で深みのない小説でした。自分はその気になればもっといい小説が書けるのに、という自負がムクムクと出て来ると、主人公に成りきって書きたいことを書きたいままに書くという従来のスタイルに自信が無くなってしまいした。

自分の方向性が見いだせない中で「日英TS文庫」を手がけました。既に出版した英語小説の日本語版を書くという、ある意味お気軽で手間のかからない作業を無心に行いました。「忘れな草」など、それなりに思い出に残る作品も出すことが出来ましたが、中編小説を次から次へと書くことではもうひとつ達成感が得られませんでした。

2018年の中後半の日本語長編小説は制服はジェンダーレス、失われたアイデンティティー、バンコク発の夜行列車の三作品しか出せていませんが、「もっといい作品を書きたい」という思いと、「とにかく新作を出さなければ」という焦りの中で書いたものです。

今回、楽天Koboでの出版のために校閲・改訂・表紙一新の作業を順次実施しているのですが、昔の自分が書いた小説は、他人が書いた小説と同じぐらいドキドキしながら読めることに驚いています。ワンパターンな部分もありますが、主人公の変化が生き生きと描かれており、さまざまなキャラクターの主要登場人物との心の交流もリアルで、主人公になった気持ちで小説の中にどっぷり嵌って読めると思います。我田引水そのものの発言ですね!でも、自画自賛したくてこんなことを書いているのではなく、「性転のへきれきの良さはこれだったんだ!」という事を再発見できたように思います。

勿論、「もっといい小説」を書く努力は続けますが、徒に背伸びすることなく、性転のへきれきらしい、生き生きとしたリアルな性転換エンターテインメント小説を書いていこう、と初心に帰れた気がします。

***

【女弁護士に嫁いだ男の紹介】小柄で美しい、性的にはノーマルな男性が、彼女の司法試験合格を契機として、女装しなければならないシチュエーションに追いやられ、色々な事情で時間をかけて、不本意ながらも少しずつ女性化が進んでいくのです。

今回の準主役女優は女弁護士の可南子です。可南子は主人公の翼が大学1年の時、法学部の3回生です。大学祭で「これだ」と翼に目をつけてナンパし、2人の付き合いが始まるのです。2人は健全な付き合いを続け、翼は大手総合商社に総合職として入社します。しかし、可南子が司法試験に合格した時、翼は予想もしていなかった要求を突きつけられるのでした。


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女弁護士に嫁いだ男
第1章 可南子と僕の関係

「背の高い方が男役かなあ?」
アパートでテレビのドキュメンタリーを見ながら、僕は可南子に質問するでもなく呟いた。それは渋谷区の同性パートナーシップ条例に関する特集で、制度が開始された11月にパートナーシップ証明書を取得して喜ぶ女性どうしのカップルが大写しになっていた。

「男役ってどういう意味よ?」
可南子が不機嫌そうに僕に聞いた。

「そりゃあ、リードする方が男役だろう。」
深く考えずに答えた僕は不用意な発言をしてしまったことを後悔することになった。

「翼にはがっかりさせられるわ。男女の役割を決めつけるなんて、まるで石器時代ね。よくご覧なさい。小柄な女性の方がずっと年上で経験の豊かさが顔に滲み出ているし、背の高い方の女性が相手を敬っていることは表情や身のこなしを見れば一目瞭然よ。」

「そう言われればそんな風に見えなくもないけど・・・。」

「翼は人を見るときに一体どこを見ているの?」

可南子は4月に入ってから機嫌の悪い日が多い。僕は4月1日にサラリーマンになったばかりだが、可南子は相変わらず親のすねかじりの身分だ。それまでは両方とも学生で、可南子の方が年上である分、態度が大きかったのだが、僕の就職によって立場が逆転したことに腹を立てているのかもしれない。

「そんなことで、よく会社勤めが出来るわね。」
可南子はしつこく突っかかって来た。

「そこまで突っ込まないでよ。単に背が高いからリードする方かと思っただけさ。」

「じゃあ私と翼だと私の方が背が高いから、私がリードするのが当然なのね。」
可南子が僕の言葉尻を捉えて勝ち誇ったように言った。

「もう帰るわ。こんなところでいつまでも時間を無駄にしたくないから。」
突然、可南子は不愛想に立ち上がり自分のアパートへと帰って行った。

可南子が僕より背が高いと言うのは本当だ。元々僕は背の高い女性が好きで、可南子を好きになったのは3年半前に大学祭の模擬店でバリスタをしていた可南子を見た時だった。声を掛けて来たのは可南子の方で、僕のコーヒーが残り少なくなった時に「よかったらもう少しいかが」と言って注ぎ足してくれた。コーヒーを飲み終えて模擬店を出るときに「ありがとう」と言うために可南子に近づいた時、僕は可南子が見上げるほど背が高いことに気がついた。「法学部3回生の三浦可南子よ。」と自己紹介されたので僕は「文学部1回生の森谷翼です。」と返した。

大学祭の翌週に学食で昼食を食べていた時に可南子が僕の前の席に座って言葉を交わした。それから僕たちは付き合うようになった。その時に見た可南子は僕より少し背が高いだけだったのでほっとした。その時、僕は靴底が8センチのシークレットシューズを履いていた。

「模擬店の時は背を高く見せようとして10センチ以上のサンダルを履いていたのよ。
僕が身長差を気にしているのに気づいた可南子が言った。

「私は173センチよ。翼は何センチ?」

僕にとってコンプレックスである身長のことを聞かれてドギマギしているのを見た可南子が「あててみようか、159センチでしょう。」と言った。「もっと高いよ、162.7センチだよ。」と周囲に聞かれないように小声で抗議した。

「はまったわね。小柄な男の子の身長を知りたい場合には、低めに聞くと、正確な数字を言わせられるのよ。」
と言って可南子が笑った。

「可南子さんは自分より10センチも背が低い男性でも良いの?」
僕は勇気を振り絞って質問した。恋をしてしまった後で実は本気ではなかったと言われたら最悪だからだ。

「私は美しい子が好きなの。身長は自分と同じぐらいがベストだけど、低くても気にならないわ。翼は今まで付き合った男の子のなかで断トツに小さいけど、断トツに美しいから身長は全く気にならない。」

「かわいい」とは何度か言われたことがあるが、美しいと言われたのは初めてだった。しかも、断トツに美しいと言われて、顔が真っ赤になった。

「翼が背の高い女性を好きなことは知ってるわ。だって、コーヒー店でも学食でも背の高い女性が通るたびにチラチラと見てたから。」
僕はコメントを避けて微笑んでいた。

付き合い始めて何ヶ月か後に分かったのは可南子が2浪しており、学年が2年上だから、実は4年もの差があるということだった。その上、可南子が4月生まれで僕は3月生まれなので、5才差ということになる。可南子は東大を2回受験して失敗し、3年目にランクを落として結局僕たちの大学に入ったとのことだった。

付き合い始めて2年後、僕が3回生で可南子が法科大学院の1年目だった年のことだった。可南子が僕のアパートに来ていた時に福島の母が予告なしに立ち寄った。同窓会で上京したついでにぶらりと寄った、と母は言っていた。その日、可南子はざっくりとした男物のセーターにジーンズ姿でボーイッシュに決めていた。

可南子が帰った後で母に言われた。
「翼、どうして5才も年上の男みたいな人と付き合わなきゃならないの?まるで大人と子供じゃない。あんた騙されているのよ。」

その時、僕は腹が立って母を早々に追い返した。それから僕は実家との接触をできるだけ避けるようになった。

お互いに好きあっていたのでたまに喧嘩はしても交際は続いた。

僕は今年の4月に大手商社の新入社員になったが、可南子は5月の司法試験を前に猛勉強する毎日だった。可南子は最近イライラしていることが多い。東大一本で受験して2回落ちたということから考えると試験の本番に弱いタイプなのかもしれない。落ちてもよいから、早く司法試験が終わって、元の可南子に戻って欲しいと願った。

* * *

5月の連休は福島の実家で過ごした。折角の休みなので可南子と旅行でもしたいところだが、司法試験を2週間後に控えた可南子にとってはそれどころではなかった。4月の下旬からは勉強の邪魔にならないよう電話やメールも避けていた。

「まだあの年上の人と付き合ってるの?商社なら周りに綺麗な若いお嬢さんが沢山いるでしょう。何が悲しくて27才の女に繋がれてるのよ。背が高いのは良いけど、程度問題でしょう。10センチ以上違うんじゃない?あの人の横に立つと翼はチビの女の子みたいに見えたわよ。」
2年近く前に1度会っただけなのに可南子の印象は余程悪かったようだ。

「お母さんにはがっかりさせられるよ。男女の身体や役割を固定的に考えてる。まるで石器時代だ。」
それは可南子からの受け売りだった。

「少なくとも愛想の良い人には見えなかったわ。いつも優しくしてくれる人と結婚した方が良いと思わないの?」

可南子の愛想の良しあしについて考えたことは無かった。今は司法試験のせいで愛想は悪いが、そうでなければ普通だと思った。

「とても立派な女性だよ。それに、もし司法試験が受かったら弁護士になるんだよ。すごいと思わない?」

「もし受かったらだけど、司法試験って簡単に受かるものじゃないわよ。」

僕が誰と結婚するかについてどうして母にそこまで介入されなければならないのか、憤懣やるかたない。冷静になって考えると、5才年上で10センチ以上背の高い弁護士の横に僕が寄り添っている姿は確かにサマになるとは言えない。でも常識にとらわれるより、自分が本当に好きな人と結ばれることの方が重要だ。

連休が終わって司法試験の週が来た。試験は水、木、土、日の4日間の長丁場だ。僕は試験の前々日の夜に「いつも心から応援してるよ」という12文字の短いメールを送った。

試験が終わった日曜日の夕方、僕は可南子に電話して良いかどうか迷っていた。もし試験の出来が悪くて落ち込んでいるならしばらくそっとして置いてあげるのが良いと思った。気持ちが落ち着いたら可南子の方から声を掛けてくるだろう。

コンビニに弁当を買いに行ってアパートに帰ると、ドアの前に可南子が立っていた。晴れ晴れとした顔をしていたので僕は安心した。

「翼、会いたかったわ。」
可南子は僕を抱きしめ、僕も抱き返した。3月の頃の可南子に戻っていた。アパートの部屋に入り冷蔵庫から缶ビールを出して乾杯した。

「翼のメールのお陰で力を出し切れたのよ。あれは最高のメールだった。私、試験になると気合が入りすぎて実力が出せなくなるタイプなの。もし東大の受験の時に翼と付き合ってたら現役合格していたのに。司法試験は99%合格したと思うわ。」

「そんなに楽観視して万一落ちたらショックが大きいよ。合格発表は9月だろう。落ちた時の為に勉強を続けた方がいいんじゃない?」

「4か月も鬱々とするのは真っ平ごめんだわ。合格することを前提にしてバイトしたり、今まで出来なかった色んな活動をするつもりよ。それに、司法修習が終わるまでの出費に備えたいから、今月中にアパートを引き払ってここに引っ越そうかな。それとも翼が私の所に引っ越してくる?」

「ど、同棲するってこと?」

「そうよ。人生のパートナーの私が借金を抱えるというのは翼も嫌でしょう?」

僕は今プロポーズされたのだろうか。鼓動が高まりこめかみが脈打つのが分かった。顎がガクガクと震えた。僕は座ったまま可南子に抱き付いた。

話し合った結果、僕が今のアパートを引き払って可南子の所に引っ越すことになった。可南子のアパートの方が広いし、家具や電気製品も高級で、衣類や書籍など圧倒的に可南子の方が多いからだ。僕は家財道具一切がスーツケース1つと段ボール箱1個に収まるほど身軽だった。家賃と食費として月額10万円を僕が可南子に払うことになった。

引っ越した後で可南子とケンカした時、僕の判断が軽率だったことが分かった。僕は10万円払っているものの、可南子の家に泊めてもらい、ご飯を食べさせてもらうという情けない立場であることに気づいた。「出て行きなさい」と言われると、出て行かなければならないのは僕の方だったが、他に行くところが無いから謝るしかない。しばらくして僕の引っ越し先が可南子のアパートだったことを電話で母に告げる羽目になった時、電話の向こうから母の泣き声が聞こえた。これで母が突然可南子のアパートに乗り込む恐れは無いが、少し親不孝なことをしてしまったと思った。

僕は毎日7時半に家を出て、会社の近くの喫茶店で日経新聞を読んでから8時45分ごろに出社する。始業は9時15分だが商社は24時間稼働している。毎日夕方になるとヨーロッパで朝の仕事が始まり、日本時間の夜にはニューヨークの朝が始まる。毎朝出社すると、昨夕帰宅してから半日の間に全世界の事業所から山のようにメールが入っていて、それを一つ一つこなすのが商社マンの仕事だ。新入社員の僕でさえ結構な数のメールに対応をする必要があった。

可南子が家を出るのは僕を送り出して家事をしてからだ。飲食関係からイベント・コンパニオンに到るまで可南子はあらゆる種類のバイトを探してきた。色々な職業を経験することが弁護士の仕事にもプラスになるというのが可南子の考え方で、給料は度外視して、片っ端から多くの種類のバイトを手掛けていた。

毎日僕より早く帰宅して夕食を作ってくれる。夕食を食べながらその日にあったことについて話す可南子の顔は生き生きとしていて可愛かった。まだ同棲の段階だが、奥さんを持つことの素晴らしさを実感した。もし母がこんな可南子の様子を見れば年齢や身長のことは忘れて祝福してくれるのに、と思った。

可南子がNPOに出入りするようになったのは8月に入ってからだった。それはViv-LGBTという名前のNPOで名前の通りセクシュアル・マイノリティーを支援する組織だった。バイト先で知り合った女性に連れて行かれたのがきっかけで、弁護士の卵である可南子は法律的な問題の相談を受けるようになったそうだ。相談内容の大半は労働契約に関連する問題で、セクシュアル・マイノリティ―であることを理由に会社から不当な扱いを受けた人たちから寄せられる相談についてのアドバイスが中心とのことだった。

可南子がどうしてLGBTに興味を持ったのかは僕も分からない。可南子の性的対象が男性であることは確かだ。大学時代、身長が高くボーイッシュな雰囲気の可南子に憧れる下級生の女性は大勢いた。僕が一緒でもお構いなしに可南子に近寄ってくるし、バレンタインデーの日は羨ましいほどの数のチョコレートを抱えていた。可南子はそうなることを予測していて、必ず朝一番に僕にチョコレートをくれた。そうしなければ沢山もらったチョコレートの一つを横流しされたと思って僕がいじけることを心配したからだ。可南子は僕を好きな理由が美しいからということを何度か言っていた。美しいのが好きなら若くてきれいな女性が好きなのかも知れないが、僕が可南子と出会ってから、可南子が女性と普通以上に仲良くしている様子は全く無かった。可南子がレズビアンのバイセクシュアルである可能性を100%は否定できないが、多分ノーマルである可能性が高いと思った。

ある日、可南子の帰りが遅かった。僕が帰宅した時にはまだ帰っておらず、メールも入っていないので心配になったが、僕がレトルトカレーとシーチキンサラダの夕食を作り終えた時に可南子が帰宅した。いつもの陽気さが消えて、司法試験前の頃の殺気だった雰囲気が漂っていた。

「可南子、何かあったの?顔色が悪いよ。」

「くそっ、あのババア、許せないわ。」

「どのババアなの、まさか僕の母さんのことじゃないだろうね。」

「つまらない冗談は止めて。最近NPOに来始めたアラフォーの弁護士のことよ。失礼極まりないババアなんだから。」

「司法試験に合格したことが分かったら敬意を示してくれるかも知れないよ。合格発表はもうすぐじゃないか。」

「それだけじゃないのよ。そのババアが面と向かって私を偽善者だと言ったのよ。所詮ノーマルな人間がセクシュアル・マイノリティ―を憐れんでいるに過ぎないって。」

「ということは、その弁護士自身がLGBTのどれかに該当するの?まさか元男性じゃないだろうね。」

「翼、私今ジョークを聞く気分じゃないのよ。ババアは若い女と一緒に住んでるらしいわ。150センチあるかないかの太った醜いババアよ。私がその気になれば一緒に住みたい若い女の子はすぐにでも見つかるのに。」

「可南子、バカなこと言わないで落ち着いてよ。その弁護士に対抗するために可南子がレズに走ることはないだろう。」

「そりゃそうね。私は女の子は嫌いじゃないけど、翼の方が100倍好きだものね。そうだ、翼を今度NPOに連れて行ってあのババアに見せてギャフンと言わせてやろうかな。」

可南子が僕のことをそこまで良い物のように思っていることを知って嬉しかったが、いつもの可南子とは言動が違うし拘り過ぎているのが不安だった。気に入らない女性弁護士が入って来たのなら、そのNPOから遠ざかり別の形のLGBT支援活動をすれば良いのにと思った。

* * *

9月の合格発表は知らないうちに終わっていた。僕はネットで調べて司法試験の合格発表は9月末だと思いこんでいたのだが、ある日可南子が夕食時に「先日、言うの忘れてたけど、予定通り合格してたわ。当然だけどね。」と照れ隠しの笑いをしながら言った。

「おめでとう。これで可南子は弁護士なんだね。可南子は僕の誇りだよ。」
可南子らしくない恥ずかしそうな表情が印象的で、とても可愛いと思った。

「これからが大変なのよ。これから修習生採用の出願をするけど、12月の導入修習の準備が半端じゃないのよ。来月には教材や事前課題が山のように届くらしいから、大学受験生並みに忙しくなるわ。来年は実務修習や集合修習もあるし11月の考試が終わるまでは大変よ。無給なのにバイトも禁止でブラック企業並みにこき使われるんだから割に合わないわよね。翼にはこれから15か月間も迷惑をかけることになるわ。よろしくね。」

「勿論だよ。可南子のためなら僕が出来ることは何でもするから、気にしないで司法修習に励めばいいよ。」

可南子が司法試験に合格した喜びがジワジワと湧き上がってきた。僕は可南子が風呂に入ったのを見計らって、母に電話した。

「母さんは興味ないかもしれないけど一応ニュースとして流しておくよ。司法試験の発表があって、可南子は合格してたんだ。」

母は「へえーっ」と言ってしばらく沈黙した後、「遠縁に医者はいるけれど、弁護士さんはいないよ。森谷家の誇りだわ。」と呟いた。

今まで可南子を目の敵にしてけなし放題だった母の態度が豹変したことに驚いた。

「そのことだけど、可南子は一人っ子なんだ。だからお嫁に来るのは無理だと思う。」
僕は姉2人と妹1人がいるが長男なので、その点は両親に言いづらかった。

「お姉ちゃんが継いでくれるから気にしないでいいよ。翼、可南子さんにわがままをいったりしてないだろうね、お前はだらしないんだから、粗相の無いように気を付けるんだよ。5才も上の方なんだから言葉遣いも失礼の無いようにしなさいね。私もまた可南子さんにお目にかかってご挨拶しなきゃねえ。」

多分、母は法科大学院制度のことを知らないから、弁護士試験に合格する確率が極めて低いと思い込んでいたのだろう。それにしても弁護士の身内になることが母にとってそれほど価値があるとは思ってもみなかった。まるで僕にノシを付けて可南子に差し出すかのような言い方だった。

「誰からの電話だったの?」
風呂から上がった可南子に聞かれた。

「ごめんなさい。つい、うれしくて母さんに電話しちゃった。」

「さっき翼のお母さんのことをババアとか言ってたわよね。変なことを言わないでね。翼のお母さんが私のことを良く思ってらっしゃらないのは知ってるけど、私の方からは全く悪意はないんだから。」

「弁護士試験に受かったと聞いたら母さんの態度が180度変わっちゃってさ。」
僕はうかつにも母が言っていたことを一言一句可南子に話してしまった。可南子はニコニコして僕の話を聞いていたが、突然真剣な表情になって「ゴメン」と僕に言った。

「お母さんが私にそこまで敬意を示して下さるなんて・・・。私、責任を感じる。婚約もせずに来年11月まで黙って支援しろなんて私の考えが甘すぎたわ。翼のご両親に対して道理が立たないわよね。」

「僕、そんなつもりで言ったんじゃないよ。可南子と一緒にいて手伝えることが僕の幸せなんだから。」

「ありがとう、翼。でも、三浦家に入ってもらうことになるからには翼を両親にちゃんと紹介しなきゃね。翼のことは何度も話してあるけど、実際に見てこんな綺麗な子のDNAが三浦家に混じると知ったら驚くわよ。それにお母さんのお言葉のような感じなら三浦家としては思い通りに事が運べるから両親はほっとすると思うわ。」

綺麗と言われるのが一番弱い。可南子のお世辞を聞いて自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
「やっぱり養子になるしかないのか・・・。」

「翼は長男だから、もしご両親がどうしてもと言われれば三浦の苗字は継がなくて良いと父から言われてたのよ。お母さんがそんな風に仰ったのなら全然問題ないわね。」
僕が母から聞いたことをしゃべったことは大きなミスだった。自分のミスのお陰で僕は森谷翼から三浦翼に変わってしまう・・・。

男なのに苗字が変わるのは恥ずかしい。僕の同期で早く結婚した女子は、中学や高校の同窓会名簿に結婚後の姓の横に括弧書きで旧姓が書いてある。僕は「三浦翼(旧姓:森谷)」と書かれることになる。翼は女子にも使う名前だから、女子と間違えられるかも知れない。

嫌だな、と思ったが、どちらかが苗字を変えなければならないのだから、やはり仕方ないのだろう。


 

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カテゴリー: M度の高いTS小説, リアル系TS小説

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