「女流作家・田吾作」性転のへきれき

女流作家 田吾作.jpg桜沢ゆう・性転シリーズ新作小説「女流作家 田吾作」が発売されました。

主人公は美少年系の大学生ですが親から田吾作と命名された結果、子供の時から恥ずかしい思いをしてきました。

趣味で小説を書いているのですが、ある文学賞に森村沙織というペンネームでラブロマンス小説を応募しました。

本名が森村田吾作、ペンネームが森村沙織の主人公は果たして文壇に華々しくデビューできるでしょうか?

女流作家・田吾作

第1章 田吾作

田吾作という自分の名前は子供の時から大嫌いだった。

姉の紗世と妹の沙耶が美しい名前で呼ばれて誇らしげにしているのを横目に、「タゴサク、ごはんよ。」とか「タゴサク、お風呂に入りなさい。」と言われると、返事をしたくなかった。幼稚園まではさほど気にしなかったが、小学校に上がると、先生を始めとした大人達が僕の名前を見ると「ほう、タゴサクというのか」と笑いを押し殺した感嘆の意を示すことに気づいた。「名前の割には都会的な顔をしているな。」とか、「名前に似合わない外見だな。」と言われたことは5回や10回ではない。

同級生が僕をタゴサクと呼ぶ時に悪意が込められている場合があるということに気づいたのも小学校1年の頃だった。多分、同級生は親からタゴサクという名前に田舎ものや農民を卑しめる響きがあることを教わったのだろう。それにしても何故僕の両親が息子を田吾作と命名したのか理解に苦しむ。息子を苦しめようという意図は無く、見かけや体裁を気にしない純朴な男性に育って欲しいという願いを込めて命名したのだと教えられて両親なりの気持ちがあったことを知ったのは中学に上がった頃だった。

名前とは裏腹に、僕は姉や妹に負けないぐらい可愛いと言われて育ってきた。2才上の姉と1才下の妹は、元バスケットボールの選手だった長身の母に似ていたが、僕は小柄で細身の父にそっくりだった。僕は中1までの身長は男子の平均ぐらいだったが、妹はクラスで一番背が高く、僕が中1の時に、小6の妹は僕より10センチも大きかった。僕は中3で何とか162センチになったが、そこで身長の伸びが止まり大学に入っても163センチしかなく、父と同じ身長だった。母と妹は軽く170センチ以上あり、姉は165センチだった。我が家では腕力も知力も女性が上だった。

小学校高学年の頃から僕は友人に苗字で「森村君」と呼ぶよう強い態度で要求し、仲の良い友人はその通りにしてくれた。困るのは女子達で、誰かが口にした「可愛い名前だわ、子犬みたい」というコメントを真に受けて、僕のことを好意で「タゴサク」と呼び捨てにするようになった。その結果、女子全員と、僕と親しくない男子が僕を「タゴサク」と呼び、親しい男子が苗字で呼ぶ状況になった。そのうちに親しい仲間もタゴサク、タゴサクと呼ぶようになり、結局僕はタゴサクになった。

大学に上がって演劇部に入り、脚本を書く真似事をしているうちに、小説を書くようになった。友人にも誰にも内緒で、ラブロマンスやSFファンタジーを書いた。初めのうちは数千文字のショートショートを書いて「自分は小説を書いた」と喜んでいたが、そのうちに段々長い文章が苦労なく書けるようになった。ひとつのシーンやエピソードが頭に浮かんで書き始めると、結構面白い1万文字程度の長さの文章が書けた。書いているうちに、その次の展開のアイデアが頭に浮かび、書き上げてみると、1万文字程度の文章がもう一つできあがる。それを繰り返すと10万文字の小説は2週間もあれば書けるようになった。

そのうちに、1万文字程度を「章」として、2~3章書いた時点で全体の荒筋を構想するようになり、章ごとの荒筋を書くと、長編小説がすらすら書けることに気づいた。

震災直後に上京し大学に入学して演劇部に入った福島出身の沙織が、震災で失った彼氏のことを想いながら演劇に取り組み前進するという内容の小説を書いたのは大学2年の時だった。自分で読んでも面白いなと思う長編に仕上がり、悦に入っていた時に、数日後がなでしこ賞という文芸賞の締め切り日だと知った。「月に吠える女」という題を付けて、あたふたと応募した。

それまで、僕は単に小説を書いても、ごく親しい友人に読ませるだけで、賞に応募したり外部に出したことはなかったので、特に作者名を書くことはなかった。なでしこ賞に応募するにあたって森村田吾作という本名を書く気持にはなれず、ペンネームを何にしようかと考えたが、主人公の女子学生の名前が沙織なので、そのまま流用して森村沙織というペンネームで応募した。姉の紗世、妹の沙耶という名前が子供の時から羨ましかったこともあり、主人公の名前を沙織にした。前期の試験が近づいていたので、なでしこ賞に応募した後ですっかり忘れていた。

第2章 窮屈な受賞者

金曜日が前期試験の最終日で、最後の試験が終わったらみんなで飲み屋に集合してワイワイやろうということになっていた。午後2時半に飲み屋に集まり帰宅したのは午後10時だった。

居間では父が一人で座っていた。父は僕を見るや否や「田吾作、お前、なでしこ賞に応募したのか。」と聞いた。

「あっ、そうそう、少し前に小説を送っておいたよ。」

「やはりそうか。実は、今夜出版社の人がここに来ていたんだ。1時間ほど前に帰ったばかりだ。」

「もしかして、入選の知らせだったの?」

「メールを送ったのに返事がないから来たそうだ。森村沙織さんに会いたいと言われて困ったよ。」

「森村沙織用に新しいメールアドレスを作ったんだけど、そのアドレスのメールを見るのを忘れてた。それでお父さんは、森村沙織の本名が田吾作だと出版社の人に言ったの?」

「そうは行かなかったんだ。それにしても田吾作、いきなり大賞を取るなんて凄いな。受賞者は今週の土曜日の授賞式に出なきゃならないそうだ。テレビ局も来る大がかりな授賞式らしい。もし大賞の受賞者が出席できなければ大変な損害になると言っていた。」

「うれしいな。大賞を取れておまけにテレビに出られるなんて夢みたいだ。」

「お前何を言ってるんだ。なでしこ賞はいくつかの女流文学賞が統合されてできた権威ある文芸賞だぞ。男性が女流作家と偽って応募するのはまずいだろう。」

「女性限定なんて書いてなかったと思うけど・・・。」

「お前、女子サッカーのなでしこジャパンを知らないのか?」

「なでしこジャパンを知らない日本人は居ないよ。王貞治とイチローに続く日本の英雄じゃないか。」

「なでしこというと女性に決まってるだろう。応募規定を読めば必ず書いてあるはずだ。とにかく出版社の担当の人が、もし性別を偽ってなでしこ賞に応募して大賞を取ったのなら今年のなでしこ賞全体がぶち壊しになるから訴えてやると息巻いていた。」

「ぼ、僕は訴えられるの?」

「いや、途中まで話を聞いていて、これはヤバイと思ったものだから、森村沙織が誰なのかは曖昧にしておいたんだ。今日来た出版社の担当者は、森村沙織の正体はワシではないかと疑っているようだった。大賞の取り消しの可能性を含めて上司と相談すると言って帰ったが、その場合は性別詐称によって被った被害を損害賠償請求することになると息巻いていた。」

「どうしよう。僕、性別詐称で訴えられたりしたら就職も出来なくなるよ。沙世姉ちゃんか沙耶が書いたことにできないかな。」

「沙世か沙也だと授賞式でインタビューされると、自分で書いたのではないことがバレるだろうな。あいつらは母さんに似て頭の中が完全に理科系だから小説家のフリをさせるのは無理だよ。ワシかお前が出なければ無理だ。」

「頼む、父さん。女装して出てくれ。父さんは小説家になりたかったんだろう。この際、女流小説家でも良いじゃないか。」

「バカ言うな。そんなことをしたら会社にも行けなくなる。お前たちの学費も払えなくなるんだぞ。お前がしたことなんだから、責任を取って女装しろ。」

父と僕が大きな声で女装を押し付け合っているのを聞いて、母と沙世と沙耶が居間に集まってきた。母は出版社の人が来たときにお茶を出したので大体の状況は理解しているようだった。父が3人に事情を説明したところ、沙世と沙耶は詐称問題よりも僕の小説が大賞を取ったことに驚いて大喜びしてくれた。

「お父さんがはっきり言わないから出版社の人が怒ったのよ。もう一度会って正直に全部話したら相談に乗ってくれると思うわ。田吾作にとっては凄い名誉だしチャンスなんだから。大賞を取ったら小説が何十万部も売れるんじゃないかな。10万部売れて、一冊100円の印税が入ったら、ええと10かける100に万をつけると・・・。ま、まさか!1000万円よ。50万部売れると5000万円。どんどん小説を書けば億の金額になるかも知れない。凄いわ、田吾作。これからは田吾作が森村家の大黒柱よ。」

沙世に大げさに褒められて悪い気はしなかったが、これからは僕が大黒柱という言葉を聞いて、父ががっくり肩を落としているのが目に入ったので、視線で沙世に注意を促した。

「印税が入ったら家のローンを返せるわ。田吾作、頼りにしてるわよ。」と母に言われて、大賞を取ったことの重みをヒシヒシと感じた。

「お兄ちゃん、昔から田吾作って名前が好きじゃなかったよね。この際、名前を沙織に変えてしまえばいいじゃない。お兄ちゃんは可愛い系のチビだし女装すれば女で通るから授賞式に出ればいいのよ。それに、そんなに儲かるんなら就職する必要も無いわ。これからは沙世・沙織・沙耶の三姉妹として仲良くやっていこうよ。」と沙耶が言った。

「つまらない冗談を言ってると印税が入っても何も買ってやらないぞ。」と脅しておいた。

よく考えてみると、とにかく僕がなでしこ大賞を取ったということは凄いことなのだという喜びが膨らんできて、それ以外のことは何とかなるような気がしてきた。明日にでも父が出版社に電話してアポを取り、父と僕が出版社を訪問して率直な話し合いをしよう、ということになった。

みんなから受賞作を読ませてくれとせっつかれた。沙織という名前の女性の第一人称で書いた小説なので家族に読まれるのは少し恥ずかしかったが「月に吠える女」のファイルの入ったメモリースティックを渡して各々のスマホやPCにコピーして貰った。

***

土曜日の朝、布団の中でぐずぐずしていると母が起こしに来た。
「田吾作、早く着替えて下りて来なさい。今、出版社の方が見えたのよ。」
僕は急いで顔を洗い、ティーシャツと短パンで居間に行った。

昨夜来た出版社の担当者の山本さんとその上司の杉村という課長が一緒に来訪していた。父と僕が対応すればよいのだが、何故か沙世と沙耶も部屋の隅の座布団に座っていた。

「上から沙世、田吾作、沙耶です。」
と父が一人一人を指さして紹介した。

「ほう、田吾作さんですか。珍しいお名前ですね。」
と課長が笑うのを我慢しながら社交辞令を言った。課長は咳払いをしてからネクタイを締め直し、真剣な表情で父の方を向いて話し始めた。

「昨夜、担当の山本から、なでしこ賞の大賞に選ばれた森村沙織さんは実は50代の男性のようだ、と報告を受けて仰天しました。来週の土曜日の授賞式のセッティングは完了しており、選考委員の有名な先生方の書評が書かれた印刷物も完成しています。現時点で受賞者を変更するのは不可能です。仮に受賞を辞退されても当社は大損を被ることになり、信用を失います。辞退の理由が、性別詐称だということになれば、当社としては損害賠償を請求せざるを得なくなります。そこで、編集長とも協議した結果、森村沙織さんがまだ戸籍上女性じゃなくてもなでしこ大賞の権利はあるんじゃないか、ということになりました。すなわち、受賞者が性同一性障害でご自身を女性と認識し性別の変更途上にあるなら現時点での戸籍上の性別には目をつむろうという考え方です。」
課長が一気にしゃべった。

「つまり、女装をして授賞式に出ればよろしいんですね。」
と父が念を押した。

「そういうことになります。授賞式と祝賀会、それにテレビ・新聞・雑誌の合同インタビューが当日実施されます。衣装や特殊メイクは当社で手配しますので、とにかく当日は女性として対応してください。報道陣から男性ではないのかとの質問が入る可能性が高いですが、それに対しては、当社から性同一性障害で性別の変更途上にある作家は、まだ戸籍上の性別変更が完了していなくても女性と見なすとのコメントをします。その場では森村沙織さんの性別について特定することは避けます。」

「その日だけ凌げば大丈夫なのでしょうね?」
父が質問した。

「その後の取材要求については当社が窓口になり、極力文書やメールのみで対応します。勿論、性同一性障害でないことが発覚した場合に問題が起きたら森村沙織さんご自身の責任となります。万一そうなれば当社も性別詐称の被害者の立場で対応することになりますから、その点はご了承ください。」
と課長が答えた。

父は暫く沈思黙考してから僕の方を向いて言った。
「課長さんが持ってこられた案には誠意が感じられるし、出版社として譲れる限界だと思うな。森村沙織として何も手を打たずに賞を辞退して訴訟を受けるのでは脳がなさ過ぎる。授賞式の日は精一杯演技をして、ご迷惑をおかけしないように頑張るのが筋だ。」

「森村さん、ご理解頂きありがとうございます。森村さんは小顔ですし、プロのメイク技術は素晴らしいですから、その体格だと女性に見せることが可能です。あと一週間ありますので、ボイストレーニングで女声の出し方を訓練すれば、きっと大丈夫ですよ。森村さん、ご一緒に頑張りましょう。」
と課長が父の両手を取った。

「田吾作、試験が終わったばかりだから当分暇だろう。頑張ってくれよ。」
と父が言うのを聞いて、課長と山本が飛び上がって僕を見た。

「もしかして、森村沙織さんの正体は息子さんの方なのですか。」

「なでしこ賞が女性作家限定とは知らずに、気軽に女性のペンネームで応募してしまってご迷惑をおかけしてしまいました。すみませんでした。」
僕は告白して素直に謝った。

「沙織さんはおいくつですか?」

「19才です。来年の3月に20才になります。」

「身長体重とスリーサイズは?」

「163センチ48キロですが、スリーサイズって何ですか?」

「いや、今日の所は結構です。良かったな山本。これで救われたな。」
課長が担当の山本の手を握り2人で喜び合っていた。

「半分肩の荷が下りました。この沙織さんなら楽勝です。特殊メイクも不要でしょう。」
と山本が言った。

「それでは沙織さん、月曜日の10時に当社までお越し頂けますか。採寸、衣装合わせの後で近くのスタジオにご同行頂いてボイトレを開始しましょう。」

「承知しました。」
父が勝手に僕に代わって即答した。

「でも課長、この方なら隠蔽工作を省略できるんじゃないでしょうか。」
山本が課長の耳元でボソボソ囁き、2人で暫く何かを議論していた。

「そうだな、それで行こう。」
と課長が山本に言った。

「沙織さんについて無駄な隠蔽工作をすると却って疑惑を招きますから、月曜日は女性の服装でご来社ください。山本に指摘されたのですが、それが沙織さんご自身にとっても後々最もリスクが小さい方法と思いますので、どうぞよろしくお願いします。」

「ちょっと待ってください。月曜日に女装して東京に来いと言うことですか?それは無理です。勘弁してください。」

「男性として来社されて、うちの社員に見られた上で女装して一日一緒に行動する方が、沙織さんにとっては却ってお辛いかも知れませんよ。スカートでご来社になれば、社員の殆どは、その女性が単に今年のなでしこ賞の森村沙織先生だと自然に認識するだけです。沙織さんが性同一性障害の作家であって戸籍上は男性だと知っているのはごく一部の関係者だけに限定できるわけです。」

「その一部の関係者の中でも、性同一性障害というのが嘘であることは知っている人は更に人数が限定されると言うことですか?」
と僕は課長に聞いた。

「沙織さん、もう一度申し上げますが、私と山本も、性同一性障害というのが嘘と考えてはいません。沙織さんはご自身を女性と認識されているからなでしこ賞に応募された、戸籍の変更が受賞までに間に合わなくても見逃そうという認識です。それを、もし嘘だったとおっしゃるなら、性別詐称の損害賠償請求に進みます。よろしいですね。」

「よく分かりました。沙織には後でよく言って聞かせます。月曜日には新人女流作家の森村沙織として御社に行かせますのでご安心ください。」
父が課長にきっぱりと言い、出版社の2人は穏やかな表情を見せた。

「それでは沙織さん、月曜日にお目にかかります。」と言って2人は帰って行った。

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「「女流作家・田吾作」性転のへきれき」への2件のフィードバック

  1. ありがとうございます。とても励みになります。アマゾンのカスタマーレビューにも書き込んでいただけるとありがたく存じます。よろしくお願いいたします。
     ゆう

  2. オンナ道againから来ました。
    ゆかっちさんが言うように、女流作家田吾作最高でした!

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