偽装のカップル「性転のへきれき」 | 性転のへきれき

偽装のカップル「性転のへきれき」

桜沢ゆうの性転のへきれきシリーズ 新作小説、偽装のカップル(性転のへきれき、楓の場合)が出版されました。

大学卒業間近の朝比奈豪太は朝比奈グループの総帥の長男で、高校時代はサッカー部のエース。高1の時に同じサッカー部の補欠で同じ大学に進んだ佐藤楓(主人公)の親友です。

朝比奈グループの主力銀行の頭取は豪太を気に入っていて、娘との見合いを朝比奈社長に申し入れます。娘はミス福島で1位を逃した長身の美女でした。豪太のタイプは小柄で可愛い女性であり、まだ結婚するつもりはなかったので、親から見合いを迫られて逃げ回ります。

しかし、そんな美女の縁談を断るなんて、もしかしたら豪太はゲイなのではないかと疑う両親。豪太が東南アジア4か国に1ヶ月の卒業旅行に行くことを知った両親は、豪太を説得するために上京することになりました。

豪太は見合いを断るには、他に好きな人がいることにするのが一番だと考え、婚約者のフリをしてくれる代役を探すのでした。

最近のテレビドラマで似たような話を見たばかりと言う気がしますが・・・。

性転のへきれきシリーズのファンの方は、誰が婚約者の代役になるのか、そのあとどうなるのか、想像がつきましたね!でも、この物語はそんなことでは終わりません。ずっとドキドキすることになるので、期待してお読みください。




偽装のカップル

桜沢ゆう

第1章 水仙ロード

「好きな花は?」と聞かれて真っ先に頭に浮かぶのは水仙だ。鼻の奥から頭全体に浸みわたって陶酔させるような匂いが好きだ。特に陽光を浴びた水仙が放つ香りにはうっとりとしてしまう。

親友の朝比奈豪太と一緒に房総にある水仙の名所に出かけた。内房の鋸南保田駅まで電車で行って2~3時間かけて水仙ロードを歩いた。道路の左右の斜面や平地のいたるところに水仙の花畑があって、空気の流れが滞留する場所に差し掛かると、身体が麻痺しそうなほどの水仙の香りが立ち込めていた。それを満喫したくて数分間佇んだ。

「いつまでも同じ場所に立っていたら日が暮れてしまうぜ。」
水仙畑を眺めながら匂いを楽しんでいる僕に豪太が呆れ顔で言った。

「ここは水仙の香りの吹き溜まりだよ。今日は遠くまで来た甲斐があったね。」
目と口を閉じてゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

「香りの吹き溜まり?そうかなあ。」

「豪太ってニオイ音痴なの?水仙の匂い、分かるよね?」

「バカにするなよ。俺だって水仙の匂いぐらいは分かるさ。この場所が他の場所より少し匂いが強いってことも分かる。ただ、お前みたいに有難がる気になれないだけだ。」

「こんなに素晴らしいのに・・・。僕たちって価値観が違うよね。」

「オイオイ、男どうしで水仙を見に行こうと誘われて遥々とド田舎まで付き合ってやったんだぜ。価値観が違うよねだなんて、まるで女が別れ際に言うせりふじゃないか。」

確かに豪太の言う通りだった。水仙ロードに豪太を誘ったのは、2年間付き合った彼女とクリスマスの日に別れたことがそもそものきっかけだった。ひと月ほど過ぎて悲壮感は消えたが空虚な気持ちが残っていた。

僕が中堅商社に就職することが決まってから彼女の僕に対する態度が微妙に変わった。言葉や仕草の端々から敬意が失われたのだ。自分の人生のための稼ぎ手として僕では役不足だと彼女が判断したようだった。クリスマス・イブの日に「ゴメンナサイ」と言われてほっとした気がしたのが自分でも不思議だった。元々、彼女が居ないというのは恥ずかしいので、2回生の時に合コンで出会った可愛い顔の中柄で細身の女子を彼女にしただけだ。僕の理想のタイプではなかった。

「水仙の花言葉はうぬぼれ・自己愛。学名はナルシッサス。水面に映る自分の姿に恋をして、花になってしまった少年の名前、ナルシスに由来する。」

「豪太って物知りだな。ナルシスの話は聞いたことがあるけど。」

「昨夜ネットで調べたのさ。楓はここに立ち止まって、美しい自分の姿に恋をしてたんじゃないのか。」

「殴るぞ。僕はナルシストなんかじゃない。」

僕は豪太に「楓」と呼ばれたことに腹を立てていた。「かえで」は女性と紛らわしい名前なので、基本的に友達には苗字で「佐藤」と呼ばせようと努力している。

朝比奈豪太と僕は高校のサッカー部のチームメイトだった。といっても、豪太は1年の夏からレギュラーになった180センチを超える大型フォワードで、僕は補欠見習いとでもいうべき存在だった。練習のきつさに耐えられず1年の冬に退部した。僕が「元サッカー部員です」と言うとまともなサッカー部員から怒られそうなので、サッカーをしていたことは人にはしゃべらないようにしている。僕は163センチしか無い超軽量級だ。豪太と並んで歩くことは実はできるだけ避けているのだが、今日のような場合は仕方ない。

「まあ、そうカリカリするな。親友じゃないか。」
豪太にそう言われるといつまでも怒っているわけには行かなかった。

水仙ロードの終点の頂上で折り返し、同じ道を水仙ロードの入り口にある露店まで戻った。そこの畑で栽培された水仙や、柚子、梅干しなどが陳列されている露店だった。豪太は水仙の大きい方の束を買った。200円と表示されていた。僕は豪太が花を買ったことに驚いた。豪太がビールのジョッキか何かを花瓶にして生花をする姿を想像して微笑んでしまった。

鋸南保田駅で帰りの電車に乗った。千葉駅で総武線に乗り換える時も豪太は水仙の花束を大事そうに抱え、総武線に乗るとカメラが入ったバッグを棚の上に置いて座ったが水仙の花束だけは大事そうに手に持っていた。可憐な水仙の花束を大男が両手で胸の前に持っている姿は、他の乗客には異様に映ったのではないかと思うが、女性客の大半は豪太に好意的な視線を送っていた。その好意的な視線が彫りの深い整った顔の大柄な男性に対するものなのか、水仙の花を持った男性に対するものなのかは定かでない。

亀戸駅で電車を降りると午後5時だった。普段のパターンだとラーメンでも食べるか、コンビニで弁当を買って豪太か僕のアパートに行くかのいずれかだった。

「今日は用があるから帰るよ。」
僕は落胆を顔に出さずに「そうか、水仙はその子にあげるために買ったんだな。」と豪太を冷やかした。

豪太はそれには答えずに僕に言った。
「今日はありがとう。楽しかったよ。楓が自分のアパートでも水仙の香りを楽しめるようにと思って買ったんだ。」

予測不可能な一言だった。「あ、ありがとう。」そう言うのが精いっぱいだった。豪太が大事に抱えて持って帰ってくれた、2時間の重みがある最高のプレゼントだった。豪太は「じゃあな」と言って大股で立ち去り、僕は豪太の姿が見えなくなるまでその場で見送った。


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カテゴリー: リアル系TS小説

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