(同人評) About 桜沢ゆう(2001.11記)
年齢、性別不明のオバサン。自称29歳だが、3年前に始めて会った時にも29歳と言っていたという記憶がある。桜沢に小説をインターネットで販売するようそそのかしたのは私で、その後もホームページ作りを含めお手伝いしている。
桜沢は自分の小説は全て自叙伝的なものだと言っている。現実と空想の境が明確でない彼女にとっては全てが実話なのかもしれない。女性にしては口数の少ない方だが、飲ませると色々しゃべってくれる。今まで聞いた話を総合すると桜沢の人生は大変に数奇なものといえる。
桜沢は某国立大学の工学部を卒業して大手企業に就職したが、同棲していた女性が自動車事故で死亡したことをきっかけに渡米し、ニューヨーク近郊の大学で聴講生をしていた。ハロウィーンパーティーの時に生まれて始めて女装したところ、パーティー会場で初老の男性に見染められ、その夜肉体関係を持った。翌朝から女性としての同棲生活が始まり、脱毛、女性ホルモンと整形手術によって女性化、約二年後に性転換手術を受けた。その二、三ヵ月後に男性が事故死し、桜沢は男性の親族が派遣したと思われるゴロツキに着の身着のまま放り出された。やむを得ず売春でお金を作って日本に帰国。京都は大原の庭園料理旅館に雑役婦として住み込みで働いた。しばらくして庭園料理旅館に長期滞在していた裕福な未亡人と恋仲に陥り、結婚入籍。女どうしの奇妙な夫婦生活が始まったがその幸せも束の間、二人でタイ旅行中に乗っていたタクシーがトラックと正面衝突し、桜沢は瀕死の重症を負って死線をさまよい、相棒は即死した。桜沢が病院のベッドで意識を回復した時点で、警察は死亡したのが桜沢、生存したのが相棒として処理していた。桜沢は間違いを指摘せず、回復後、相棒のパスポートで帰国、相棒に成り替わり、京都の不動産を処分して東京に転居、一人で生活している。
桜沢が自分の過去について語る時、涙が止まらなくなる事がある。男性として同棲していたころ自動車事故で死亡した女性のことをしゃべる時が一番つらそうだ。「かおりの場合」の律子先輩の原型と思われる。私もすっかり信じきった顔をして聞いてはいるが、全てが実話と思っているわけではない。特に、愛している人が三人とも事故死するとは、偶然としては出来すぎている。冒頭に性別不明と書いたが、声がやや低いことを除くとどう見ても普通のオバサンだ。もしもタイの自動車事故での夫婦入れ替わりが実話なら人にしゃべるはずがない。百歩譲ってタイの自動車事故が実際にあった話としても、死亡したのは庭園料理旅館で雑役婦をしていた元男性の方で、桜沢は相棒と入れ替わったというストーリーを作り上げ、愛する人と自分を同一視することによって自分を慰めているのでは無いだろうか。ただ、その場合は律子先輩のモデルは死んだ相棒の元恋人ということになり、桜沢の感情に関する説明がつかなくなる。
私は桜沢の過去についてこれ以上詮索するつもりは無い。ハロウィーンパーティー、京都の庭園料理旅館やタイでの自動車事故の話はまだ小説には出てきておらず、次作、次々作を楽しみに待ちたい。むしろ、どんどん過去の人生を膨らませてでも新しい話を書きつづけて欲しい。
私はノーマルを自認しており、最近インターネット上に氾濫している女装小説とか倒錯ものは読みたいとは思わず、むしろわずらわしく感じることが多い。性転のへきれきシリーズは読んで字のごとく性転換をテーマとした小説だが、軽いタッチでグイグイ引きこまれるような魅力がある。「ひろみの場合」は当初長編小説の第一部として書かれたが、桜沢は第二部を書き終えたところで突然第二部の中のひろみが嫌いになってパソコンから完全削除してしまい、第一部だけで小説にしてしまった。その思いきりの良さというかいい加減さは桜沢ならではのものだ。ところで、ひろみの「その後」を知りたくてならない私はノーマルと言えるのだろうか。
「かおりの場合」は馬鹿馬鹿しいほど素敵な小説だ。かおりが律子先輩と一年後に再会する場面など、何度読んでも泣ける。ずるずると読み進むうちにかおりに感情移入してしまい、一緒に性転換されそうな気持ちになるこの小説は、ノーマルな人間にとって危険な小説である。なお、かおりが本当に愛したのは律子だろうか、それとも男性の桂川だろうか。その疑問は最終章で解明される。かおりが本当に愛したのは律子と桂川二人ともを愛した結果として「今ある自分」であり、それは子供のときにそうなりたいと望んだ通りの自分なのである。
「由香の場合」は前二作に比べるとアダルト小説に近くてSM的要素が多く入っており、オンライン小説としては売りやすいかも知れないが、私個人としては好きでない。桜沢にはもっと魂の声が聞こえるような大きな小説を書いて欲しい。そしていつの日か「かおりの場合」で垣間見せた豊かな才能を大きく開花させて、日本中のノーマルな人間を性転換に追いこむような本格的自叙伝を世に残してくれるよう、陰ながら声援を続けたい。