性転のへきれき えりの場合、 性転換(TS、TG、MTF、M2F)に関する小説 | 性転のへきれき

ずっとあなたが好きだった「性転のへきれき」 えりの場合

ずっとあなたが好きだった 性転のへきれき えりの場合桜沢ゆうの性転のへきれきシリーズ新作小説「ずっとあなたが好きだった」が出版されました。

エリート証券マンの渋沢には小説家という副業があった。ある日読 者から受け取ったメールをきっかけに、渋沢は出世コースを外れて、とんでもない人生を歩み始める。大波乱の末に見つけた本当の幸せとは・・・・

若くして副部長になったエリート証券マンが意思に反してOLにされてしまうという、普通では有り得ない 展開だが非常にリアルな小説。結婚式のフィナーレが素晴らしい。



第1章 売れない小説家

「お銚子一本ください。」

「はーい。でも、お酒なんて珍しいですね、渋沢先生。」
ウェイトレスの優が言った。

「そりゃあ、たまには飲みますよ。」

私はいつものように店の左奥の隅にある小さな一人席に陣取って、「本日の定食」を食べていた。

今日、まとまったお金が入ったのだ。

「まとまったお金」などというと、どっさりと厚い札束を思い浮かべるかもしれないが、実は雑誌社から原稿料15万円が入っただけだ。それでも今の私にとっては大金なのだ。

私の収入といえば、インターネットで販売しているオンライン小説の売上毎月数万円と、アダルト雑誌の連載の原稿料が数万円、それに時々雑誌社から回してもらえる単発の仕事で数万円、順調な月でも全部あわせて15万円が良いところだ。

オンライン小説のサーチエンジンへの登録更新をなまけたり、雑誌社からの仕事が途絶えたりすると、アパートの家賃と電気、ガス、水道代を払って2万円ぐらいしか残らないこともある。そんな私にとっては15万円というと途方も無い大金で、雑誌社からお払い箱にされたりしない限り、少なくともこれから三ヶ月ぐらいは食費には困らない保証を与えてくれるお金といえる。

ほんの三年前には15万円なんて妻と娘たちに洋服を買ってやればその日のうちに消えていく程度のお金だったのに、そんなことは今となっては遙か昔の思い出だ。

「こんなはずじゃ、なかったんだけどな。」
お金のことや、将来の生活のことを考えると、ため息がでる。

でも、あのころの自分に戻りたいか、と聞かれた場合、大きな声で「はい。」と言えるかというとそうでもない。妻や娘たちに囲まれた暖かい毎日は、なつかしいと思い始めると涙が出てしまうほど、甘い切ない思い出だ。

でも、あのころの私はずっと自分を殺して生きていた。本当の自分を隠して、気乗りしないままに幸せな夫、父親、まっとうな社会人のフリをしていた。心の中では違和感で窒息しそうで、嫌で嫌でたまらなかったのに。

今の私は日々の食費にも困ることがあるほど貧しく、健康保険にも入れない。病気になりはしないだろうかといつもビクビクして、そのうち小説が売れなくなって収入が無くなったらどうしたらいいのだろうか、などと不安だらけだが、本当の自分を正直に生きているから、ある種の充実感に満ちている。

私の席の横の壁に掛かっている小さな鏡に映った自分の顔や衣服、それは今の自分にとてもふさわしい。自分の顔は嫌いじゃない。誰も私のことを40才を越えているとは思っていない。私はいつも自分は29才だと冗談半分に答え、みんなそんなはずはないだろうと思っているが、多分30代半ばぐらいに思われているはずだ。ろくにお化粧もしていないし、バーゲンで買ったスカートとセーターしか着ていないからこの程度の女っぷりだが、ちゃんと美容院に行って、ちゃんとお化粧をして、ぴったりのスーツにでも身を包めば、かなりイケル女だと思っている。

この食堂の主人もアルバイトのウェイトレスも、私のことを「渋沢先生」と呼んでくれる。そして、彼らの目に映る私、すなわちハイミスの売れない小説家にふさわしい扱いをしてくれる。これ以上の心の安らぎがあるだろうか。

「でも、この2年余りは転落の連続だったなあ。」

正直なところ、その通りだ。ありのままの自分を手に入れるにしても、全てを失わずに達成する方法もあったかも知れない。いや、きっともう少しマシな展開があり得たはずだ。

そう思ってももう遅い。

そうだ。私の転落が始まったのは、あの一本のメールが原因だった。あの時にレールからずれ始めた私の人生は、どんどん横道にそれていったのだった。あのころの思い出が頭の中に浮かぶ。丁度お酒も回ってきて、酔いと思い出が重なる波のように私を洗う。私は箸を置いてついうとうとし始めた。

第2章 エリート証券マンだった私

その時私は38才、茅場町にあるN証券に勤務する証券マンだった。営業本部の大口個人客を担当する部門でグループ長を兼任する副部長をしていた。入社以来国際畑を歩み、ニューヨークにある米国法人勤務を経て、36才で本社の営業本部に課長として配属になった。標準より4年も早く課長になり、38才で副部長になった私は衆人の認めるエリートだった。

史上最年少部長の候補にも上がる私には、社内でも、表面化する前の貴重な情報が自然と集まるようになり、私はその情報を静かに利用して、確実に業績を伸ばしていった。

大口個人客の半分は、保守的なバランス感覚を持った資産家で、国内の債券を中心とした投資信託をベースに、業績に不安が無く株価収益率の低い大型株、低リスク型の株式投信と少額の外貨預金を取り混ぜ、二、三年に一度、値上がり確実な新規公開銘柄を最小単位割り当てるだけで満足してくれた。

難しいのは投機的な傾向を持つ小金持ちの個人で、金融資産の半分以上、時には三分の二以上を株式につぎ込む客だ。この範疇に入る客は自分の感覚で投資判断をする人が大半で、放置しておくとリスクの高い銘柄に有り金全部をつぎ込むような愚行に走りかねず、相場が低迷すると塩漬け株だらけで手も足も出ないという状況になりやすい。下手に新規公開銘柄を割り当てると、次も次もと要求が高まる。そんな場合はわざと上場後公開価格を割り込む可能性の高い銘柄をはめ込んだりして、徐々に頭を冷やさせることもある。

普通の営業マンには困難な切り盛りだが、情報がふんだんに入る私にとっては何でもなかった。手の内を小出しにして、全ての客にそこそこの満足度を与え続けること、それが私の使命であり、能力である。

杉森興業の杉森社長は、後者の範疇に入る危なっかしい客だった。杉森氏は医薬品メーカーの臨床開発部門から脱サラし、健康食品の企画販売を専門にする会社を設立して成功した、50がらみの人物だ。中背のいかつい体躯と、えらの張った鬼瓦のような顔には似合わない繊細な感覚の持ち主で、その感性を動力源として、若い女性のハートをつかむ痩身系の健康食品を企画販売し、何本かのヒットを飛ばしていた。

私は、杉森氏のどこからそのような感性がわき出てくるのか、不思議でならなかった。ある時、女性用下着の訪問販売の会社が新規公開することになり、ブックビルディングの価格について相談を受けた。その会社の発売予定商品に話題が及んだ際、杉森氏が女性の下着について細かい知識を持っていること、またそれ以上に下着の肌触りや素材の質感など、おおよそ、そのいかつい顔の持ち主の口から出ているとは思えない言葉や表現が、すらすらと流れ出ることに驚いた。その時一瞬、私は杉森氏が女装愛好家ではないかと疑った。しかし、彼が女性の下着を身につけている光景は私の想像力を越えるほど有り得ないものに思われた。

そんなことがあって、杉森氏を注意して観察するようになった。杉森氏についての悪い噂があることも分かった。彼は二年前に信用買いの追い証で、首が回らなくなったことがある。丁度そのころ、奥さんを事故で亡くし、五千万円の保険金を手にして急場を凌いだという話だ。奥さんのとの仲がしっくりいっていないという噂があったので、杉森氏は任意同行で取り調べを受けたが、アリバイがあったおかげですぐに帰されたとのことだった。奥さんは会社の経営にはタッチしておらず、五千万円もの保険金をかけること自体が不自然だったため、当社でも話題に上ったのだ。その後再婚をして、おかしな噂は出なくなった。

杉森氏が女性を見るときの視線に、何かしら普通ではないものを発見したのもそのころだった。杉森氏の会社の女子社員はほぼ全員が大柄で、顔は美人とは言えない女性の方が多かった。杉森氏には女性を軽んじるようなところは一切無く、女子社員にとっては進歩的で頼りになる社長と思われていたようだ。私が訪問している際にも、女子社員が杉森氏に好意をもって接する姿は何度か見ていたが、杉森氏の視線や行動に好色の気配は感じられなかった。

杉森氏の投資行動にも女性特有の習性が見え隠れすることがあった。私は杉森氏が見かけとは違って非常に女性的な内面を持った人物なのだと思った。

相場低迷のお陰で、最近、杉森氏はかなりの損を抱えていた。杉森氏の運用資産には会社名義の資産と個人名義の資産があったが、会社名義の証券類が個人名義の信用取引の担保として差し入れられており、勿論法律的に問題のないように書類は整備されているが、もう一つ相場が崩れれば、元手は吹っ飛び、問題にされかねないという危うさを持った客であった。

私が杉森氏の内面に興味を持ったのには理由がある。それは、私が杉森氏と似た内面を持っているからだった。いや、私が女性的であるということではない。私はビジネスでは誰にも負けないほどクールで男性的であり、私が女性的などと言う人は少なくとも社内にはいなかった。家庭でも妻と娘二人を持つノーマルな父親だ。私は163センチしか無いが、子供の時から敏捷で足が速かったので陸上も球技も得意だった。

しかし、本当の内面は違う。私は三つずつ離れた姉と妹に挟まれて育ったが、物心ついた頃から、自分だけがお祭りの時にきれいな着物を着せてもらえず、学校に上がってもスカートをはかせてもらえないことに、限りない憤懣と絶望を抱いていた。姉の留守を見計らってセーラー服を着て鏡の前で自分を慰めたことも二度や三度ではない。小学校高学年になると、少年少女世界文学全集にのめり込んだ。毎日のように本を持って、物干し場の裏の屋根に登った。そこは母が物干し場に来ても屋根の陰になって見えないところで、私一人の隠れ家だった。私はその隠れ家で、小説の世界に没入し、主人公の少女になりきって時を過ごした。

中学に上がって声変わりし、うっすらと髭が生えてきて、自分が本来あるべき姿からますます遠ざかって行った。それは焦燥の日々だった。高校に入ると焦燥は絶望に変わり、死んだ方がましだと思ったが、惰性で生きるしかなかった。私は自分が普通の男子であるかのように勉強し、運動し、友人とも遊んだ。しかし、心から喜びを感じることはなく、そのまま生きていく以外の術を知らなかったので、そうしただけだった。きっといつかは神様の思し召しで女性になる日が来ると信じ、毎晩お祈りをした。しかし、その祈りは神様には届かなかった。

現役で某総合大学の経済学部に入り、友人に誘われて合コンにも参加し、形だけのガールフレンドもできた。そう、私は一見普通の男子大学生として生活することができたのだ。毎晩神様にお祈りする以外は普通の男子だった。そして、そのことは私以外誰も知らないことだった。

加奈子と出会ったのは大学四年の六月だった。ある日、キャッシュカードでお金を引き出すために銀行の現金自動支払機の列に並ぼうとしたとき、丁度同時に並ぼうとした女性とぶつかりそうになった。「あ、すみません。」と私は言って、微笑んで列を譲った。それはジーンズにティーシャツで短髪をボーイッシュに決めた、格好の良い女性で、私よりずっと背が高かった。すっきりとした顔立ちで、どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。

翌日の午後、大学の図書館で本を探していると、後ろからポンと肩をたたかれた。振り向くとその女性だった。

「昨日はどうも。」
彼女は中性的に首から先をちょこっと下げた。

「あ、こちらこそ。」
私は微笑んで答えた。

「コーヒー、しない。」
彼女は私を誘い、私たちは大学を出たところにあるコーヒー店に行った。

加奈子は同じ大学の法学部の四回生だった。教養の一回生の時に心理学で同じ講義を取ったことがあったということがわかった。だからどこかで見たような気がしたわけだ。

「あのころは髪が長かったから。可愛い子だな、と気になっていて、構内で見かけるたびに君を目で追っていたのよ。気づかなかったの。」
と、加奈子は臆面もなく言った。

女性から「可愛い子」などと言われて私は顔を赤くした。正直なところ、私は一回生のころは女性に興味を抱くほどの心の余裕がなかったので、加奈子のことは覚えていなかったのだ。

それから私たちは週に二、三回のペースで会うようになった。デートをリードしたのはいつも加奈子の方で、それも私には心地よかった。初めて肉体関係を持ったのも彼女のアパートで、彼女がリードしてそうなったものだった。

加奈子が妊娠していることがわかったのは秋の大学祭のころで、卒業する時にはお腹が大きかった。加奈子は内定していた銀行への就職をあきらめ、私と結婚して専業主婦になった。私は証券会社に就職し、まもなく晃子が生まれた。

私は加奈子を心から愛していた。私がこの世で女性と結婚生活を送っていけるとしたら、加奈子しかいないと思った。加奈子は美しく、すらりと背が高く、そしてリードしてくれた。それでも、私は毎晩のお祈りを続けた。今の自分は仮の姿であり、いつか神様が私を女性に変えてくれる時が来ると信じていた。加奈子とセックスする時も、私は女性になってセックスしているというファンタジーに心をゆだねていた。加奈子は加奈子であって加奈子でなかった。

加奈子は私の心がそこにないことを気づいたのか、寂しそうな表情をすることがあった。その表情が私を本気にさせた。私は、自分が晴れて女性に成る日には捨て去る運命にある、愛する家族のことを思い、本気で焦燥感を覚えた。

しかし、それは私の証券マンとしての仕事に危害を及ぼすものではなく、私は一見幸せな家庭を持って仕事に打ち込むことができた。ニューヨーク転勤を経て、私の証券マンとしてのキャリアは順風満帆だった。米国勤務中に次女の由希子も生まれ、私は完璧な人生を歩むエリート証券マンとしての風貌を高めていった。

ある時、私は自分のファンタジーを小説にすれば、焦燥から逃避することができるのではないか、と思いついて、性転換に関する小説を書きインターネット上で公開し始めた。私の名前は渋沢英利だが、それをもじって「渋沢えり」というペンネームを使い、ヤフーで仮名のメールアカウントも作った。インターネットのホームページに設けた掲示板には読者からの書きこみが寄せられ、質問にはヤフーの仮名のメールアカウントから返事を出した。

ある日、スギバヤシと名乗る読者からメールが届いた。

「渋沢えり様。次作はいつごろ掲載予定でしょうか。楽しみにしています。私が貴女の女装小説を読みたいのは、私自信が毎晩女装しているからです。でも自宅の中だけでの女装です。そのまま外出したいと思うことがありますが勇気が出ません。どうすれば勇気を持って外出できるか教えてください。」

私の小説の読者は四つのカテゴリーに分類できる。

1. TG (trasngendered) 又は TS (transsexual)、すなわち程度の軽重はあるが私と同じように性同一性障害という問題を抱える人々。

2. TV (transvestite)、すなわち女装愛好家。

3. Homosexual、すなわち異性より同性との性行を好む人々。

4. Normal、すなわち、性的健常者。

TGの読者から届くメールは心のこもった感想や真摯な相談が殆どであり私はできるだけ誠実に返事をするように心がけていた。Homosexualの読者は私の小説には満足を覚えないようで、たまに冷淡なコメントが届くだけだった。手に負えないのは性的健常者で、私の小説をアダルト小説やSMと同列に読んで性的興奮を求める人々である。このカテゴリーから来るメールには興味本位、攻撃的、執拗、挑発等の要素を含むものが多く、下手に返事をすると内容が段々エスカレートしてくることがある。中には私のお尻の写真と称するぼやけたファイルを添付してきて、オナニーの様子を赤裸々に記述するメールが送られてくることさえあった。TVの読者は自分がTGであることを気づいていない人々、または性的健常者が性的興奮を得る一手段として女装をする場合で、私にとっては安全な同胞と危険な人たちの入り混じるカテゴリーである。

スギバヤシのメールは真摯なのか冷やかしなのか判断しかねる内容だった。忙しい時なら「ご愛読ありがとうございます。次作の掲載は約二ヶ月後になる予定です。」という程度の返事ですませるところだが、その時はたまたま手持ちぶさたに感じていたので長めの返事を書いた。

「ご愛読ありがとうございます。次作は二ヶ月後ぐらいになると思いますが、筆が進まず悩んでいます。掲載したらメールでお知らせしますのでお待ち下さい。なお、私の小説は女装小説ではありません。性転換をテーマにした真摯な小説のつもりであり、女性になりたいと考えている人々と希望を共有したいと考えて書いています。」

翌日、スギバヤシから返信があった。

「主人公が女装する小説を女装小説と言って、何が悪いのですか。性転換をテーマにした真摯な小説を書いて人々に希望を与えるなどと言うのは思い上がりです。」

私はそのメールを読んで胸に楔を打ち込まれたようなショックを感じた。昨夜出したメールを読み返すと、明らかに相手を見下したような姿勢と、攻撃性が感じられた。読者を四種類に分類して、自分と異なる分類の人間をトラブル視するという発想自体に驕りがあった。私はスター気取りで愚かなメールを出して一人の読者を傷つけてしまったのだ。私は深く落ち込んだ。

一時間ほど悶々とした挙げ句、お詫びのメールを送った。

「申しわけございませんでした。私の出したメールを読み返したところ、おっしゃる通りの思い上がりが感じられました。どうかしていました。深く反省致します。どうぞお許し下さいませ。」

翌日帰宅してメールを開くとスギバヤシから返事が届いていた。

「許します。その代わりといっては何ですが、相談に乗ってください。顔面を脱毛したいのですが、広告に出ているレーザー脱毛で、本当に永久脱毛が可能なのでしょうか。レーザー脱毛しても数ヶ月すると元通りに毛が生えてくると読んだことがあります。また、ご経験からして推薦できるクリニックを教えてください。」

心の痛みが大きかっただけに、許すと言われて心底救われた気持ちになり、すぐに返事を書いた。

「お許し頂きまして本当にありがとうございました。レーザー脱毛のことですが、経験のあるクリニックで実施すれば、本当に永久脱毛が可能です。個人差がありますが、完全に脱毛するには二週間程度の間隔で十回から二十回程度のレーザー照射が必要ですので、約半年を要するとお考えになった方が良いと思います。お勧めしたいクリニックは渋谷のT医院です。ホームページのアドレスを付記致します。」

自分のファンタジーを小説に書くことで現実の呪縛からくる苦しみを和らげていた私だが、顔面の髭は毎日鏡を見るたびに否応なく現実を思い知らせ、諸悪の象徴のようなものだった。インターネットで調べた挙げ句、2年ほど前に仕事の合間を縫ってK美容外科の一年コースを受けて顔面脱毛を済ませ、今では週に一、二回軽く剃刀を当てるだけで十分な状態だった。渋谷のT医院は両足と太股の脱毛のために通った。

メールの送信ボタンを押して十分もしないうちに、スギバヤシから返信があった。

「えりさん、早速ありがとう。もうひとつ教えてください。女性ホルモンを買いたいと思います。誰にも知られずに通信販売で買いたいのですが、どこで買えば良いでしょうか。また、女性ホルモンにも色々あるようですが、えりさんの経験からベストなものを推薦してください。」

私は早速返事を書いた。

「お勧めしたい女性ホルモンはノバルティス社のエストラディオール経皮製剤でEstraderm TTS100という商品です。インターネットでEstraderm mail orderとして検索すれば通信販売会社が沢山出てきます。私はオーストラリアの会社から購入しています。そのアドレスを付記致します。」

また、数分後にスギバヤシから返信があった。
「えり、ありがとう。君の経験からもう一つ教えて欲しい。性転換手術を受けるにはどこの病院に行けばいいの。」

私はまた胸に楔を打ち込まれたような衝撃を覚えた。スギバヤシのメールは一通ごとになれなれしさを加え、私に迫ってくる。性転換手術の病院を経験から教えろなんて、真面目に言っているはずがない。私が性転換手術を受けたことがあるかどうか、試そうとしているに違いない。私は顔面が紅潮してくるのを感じた。コンピュータの電源を切ろうかと思ったが、「もしスギバヤシが真面目に質問しているとしたら、私は二度同じ間違いをしてこの人を傷つけるかも知れない。」と思い、スギバヤシのメールを何度か読み返した。判断がつかずコンピュータの前で凍りついていた。

二十分も経っただろうか、スギバヤシから刃物のようなメールが届いた。

「えり、どうして返事してくれないんだ。そこにいるのは分かっている。私が君を試そうとしているとでも思っているのか。君はやっぱりそうやってお高くとまって、哀れな読者を馬鹿にしているんだろう。わかったよ。もういい。俺にも考えがある。」

最後の行に「追伸」として
「三分以内に謝罪のメールがなければ君を敵とみなす。」
と書いてあった。

頭の中が一瞬真っ白になり、心臓に手を突っ込んでかき回されたような気分になった。鼓動が高まり顎がガタガタと震えた。とにかくすぐに謝らなくては。もう一分も残っているだろうか。震える手で返信した。

「今、おトイレに行っていました。馬鹿にするなんてとんでもございません。すぐにお返事しますからお待ち下さい。どうかお許し下さい。」

殆ど間をおかずに返信が来た。

「心にもないことを言うな。君はぼくを嘲笑しながらメールを書いて楽しんでるんだろう。へどが出るよ。一週間以内に君をめちゃめちゃにしてやる。」

そして「追伸」の一行が添えられていた。
「本気で反省しているなら電話で声を聞かせてくれ。声を聞けば気が変わるかも知れない。三十秒だけ待つ。」

そこには090で始まる番号が書かれていた。

私はとっさに受話器を取ってその番号をダイヤルした。しかし、スギバヤシは私の本名や住所を知らない。脅迫されても実害はないのだから電話する必要なんてない。受話器を置こう、とも思ったが、私の自宅の電話は発信番号非通知に設定してあるので、電話をしたからといって、危険性が高くなることはない。電話をすることでスギバヤシの気持ちが少しでも静まるなら、そちらの方が良い選択ではないかと判断した。それ以上に受話器を置くことによって、自分にとって最後のライフラインを切ってしまうのではないかという恐怖が私を支配していた。

「スギバヤシです。」

女性の声で応答があった。私は慌てた。

「あのう。ご主人様をお願いしたいのですが。わたくし、渋沢と申します。」

私はできるだけ高いトーンで話した。

「えり、君だね。よかった、電話をくれて。」

奇妙な女声が受話器に響いた。それはテレビで匿名のインタビューをするときのような電子音のかかった女声だった。女声化の装置を通して男性がしゃべっているのではないかと推測した。

「先ほどメールのお返事が遅れてしまって申しわけございませんでした。これからお返事を書きますので、どうかお待ち下さい。」

「いいんだよ、その件は。もう怒ってないから。君はやっぱり、まだ性転換手術をしていないんだね。無理に高い声でしゃべらなくてもいいよ。」

「は、はい。していません。ですから、先ほどのメールにどうお返事したらよいのか困っていました。」

「レーザー脱毛と女性ホルモンも、嘘なのか。」

「いえ、あれは本当です。ちゃんと経験済みですから、責任を持ってお答えできます。」

「バストは何カップなの。女性ホルモンはどのくらいの期間続けているの。」

「いえ、やったりやめたりで、最大1,2ヶ月でストップしていますから、胸は少し尖っている程度です。」

「ということは、やはり昼間は普通に男性として仕事をしているわけだ。胸が少し尖っている程度と言ったが、ワイシャツを着てネクタイしたら分からない程度の膨らみなのかい。」

「よく見ると分かるかも知れませんが、できるだけ上着を脱がないようにしていますので。」

「そうかい、ということは、例えば証券会社とか、お堅い会社でかつ外回りが多い会社かな。」

私は業種を言い当てられて言葉がとぎれた。ひょっとしてこの女声の主は何もかもお見通しなのだろうか。

「はっはっは。図星かな。」

「ち、違います。証券会社じゃありません。」

「まあいいよ。そのうちもっとお近づきになったらお互い分かる事じゃないか。まあ、今日はこのぐらいで勘弁してやろう。これからワインでも飲んで、えりのことを考えながらマスタベーションしようかな。」

私は言葉が出なかった。

「おやすみ、えり。」

「おやすみなさい。」

「また連絡する。」
といってスギバヤシは電話を切り、女声の男性と、男声の渋沢えりとの奇妙な会話が終わった。

それ以降、スギバヤシからのメールは途絶えた。いつまたメールが来て、電話するよう要求されるかと気が気でなかったが、一週間が過ぎ、また一週間過ぎて、何の連絡もなかった。私はやっと平穏な気持ちを取り戻すことが出来た。

第3章 転落の日

仕事の方は益々順調だった。私のグループは前年同期比の部門別増収率で全国一位となり、社長賞の受賞が決まった。グループ長である私に現金50万円が支給され、私は会社のビルの地下にある喫茶店を借り切ってお祝いパーティを開催し、部下10人に5万円ずつの商品券を配った。それは美談として流れ、史上最年少での部長昇進も現実味を帯びた噂となっていった。

そんなある日、杉森興業の杉森社長の空売りしたA建設の株が急騰し、杉森氏に追い証が発生した。杉森氏のからの預かり資産の内容を調べたところ、ほとんどゼロに近くなっており、杉森興業の会社勘定の預かり資産を担保とした借り入れにより追い証の決済はできるが、一触即発の状況にあることがわかった。杉森興業の会社勘定の持ち株も下降トレンドの中腹といった感じの銘柄が多く、悪いことに、信用買いによるナンピンを重ねていた。このままでは遠からず不愉快な結末が訪れることは確実と思われた。

私は久々に杉森社長に電話で面談を申し入れ、訪問することにした。会社への訪問ではなく、自宅に行くことになった。

杉森社長の自宅は中野の高級マンションの三階にあるとのことで、私の自宅から徒歩15分ほどの距離にあることが分かった。私は午後7時に杉森社長のマンションのチャイムを鳴らした。

「N証券の渋沢です。夜分失礼致します。」

ドアが開いて杉森社長が顔を出した。
「ああ、どうぞお入り下さい。わざわざ恐縮です。」

リビングルームに通され、私はソファーに腰を下ろして杉森社長と向かい合った。

「A建設の急騰は本当に災難でしたね。誰にも想像もつかなかったことで、交通事故というより、隕石が自宅の屋根に落ちてきたようなものだと思います。でも社長の場合は会社勘定の資産を十分お持ちですので、今回の追い証は融資で何とかさせていただきました。」

「全く、呆れるほど運が無いですな。」
杉森社長は頭をかきながら悪びれずに言った。

「その会社勘定の持ち株のことなんですが、拝見しますと、下降局面の株が殆どで、信用買いの建て玉も損が重んでいますし、一度整理した上で巻き返された方が得策ではないかと存じます。」

私は言葉を選びながらもストレートに持ち玉の整理を迫った。

「もう後がないのは重々承知です。しかし、今持ち株を全部整理すると、いくらも残らないから、それは勘弁して欲しいところですな。それよりも、余力を全部使って、個人の勘定の方で大勝負したいんですが、何とかしていただけませんか。」

「それはお勧めできません。万一思惑が外れたら大変なことになりますよ。」

「思惑が外れない株で勝負したいんですよ。そろそろお宅の推奨銘柄が変わる頃ですな。それを底値で信用の限度ぎりぎりまで注文を出しておいてください。」

「そんなこと、無理ですよ。大体私のような営業部門の人間に、新しい推奨銘柄が事前に分かるわけがありません。仮に分かったところで、どこが底値か分からないし、万一特定のお客様に情報を流したりしたら一発でクビになります。」

杉森はにやりと笑って言った。
「それを敢えてお願いしたいんだよ、えりちゃん。」

全身が凍り付いたが、出来る限りの平静を装った。
「何をおっしゃっているのか、よくわかりませんが。」

「えり、あれだけ電話でプライベートな関係になってから半月しか経たないのに、それは無いんじゃないの。」

何ということだ。スギバヤシは杉森社長だったのだろうか。
「私の名前はエイリではなくシブサワヒデトシと読みます。」

「何をとぼけたことを言ってるんだ。あの電話はレコーディングしてあるんだ。聞きたければ聞かせてやるが。俺もあれにはびっくりしたよ。遊びのつもりでインターネットの小説家をからかったら、本当に電話がかかってきた。どこかで聞いた声だとは思ったが、渋沢ということですぐにピンと来たんだ。今日念のために家に呼んで確認したわけだ。」

「違います。私じゃありません。」
私はそう叫ぶ以外にどうすべきか思いつかなかった。

「じゃあお宅の本部長にでも来てもらって、聞き比べパーティを開こうかな。奥さんも招待しなくっちゃね。」

もう観念するしかない。

「待ってください。できるだけのことはしてみますから勘弁してください。」

「初めからそう言えば脅しめいたことを言う必要はなかったのに。さあ、話は決まったから、仕事のことは忘れて一杯飲もうか。」

杉森は食器棚からグラスを二つ取り出し、氷を入れて、ガラス棚にあったメーカーズマークの12年ものを注いだ。

「さあ、乾杯だ。」

私は引きつった笑顔でグラスを上げ、バーボンに口を付けた。

「あの時の電話の声は不自然な女性のような高い声でしたけど、杉森社長だったんですか。」

「そうさ。」

「でも、なぜそんなことを。」

「声転換器を通信販売で見つけて、女のふりで色々電話をして楽しもうと思って買ったんだ。でも、広告はでたらめで、一発で偽物と分かるような不自然な声しか出ない。だから、インターネットで獲物を探してからかうという遊びを始めたわけさ。肉声で電話してばれたらやばいしね。実際に引っかかって電話がかかってきたのはえりが3人目だが、あそこまで本気でおびえていたのはお前だけだよ。電話の向こうで心臓がドキドキする音が聞こえてくるようだった。」

「ひどいです。あんなの、犯罪です。許せません。」

「そう言ってるお前は、女そのものだな。そうだ、もっと気分を盛り上げようぜ。」

杉森は隣の部屋に入って、間もなく、女物の下着と黒いパーティドレスを持ってきた。

「いやです、そんな。絶対にいやです。」

「本当は女の服を着たいんだろう。だからそんなに髪ものばしているんだろう。」

「髪はファッションです。それに、そんなに長くありません。」

「小説ではあんなに大胆なのに今更何を言ってるんだよ。すぐに着替えないと大変なことになるぞ。」

杉森は「大変な」という言葉を長く重く言って、私の肩に両手を置いた。その瞬間、体力では全く勝ち目がないことを悟った。

私は観念してそのドレスに着替えた。そのドレスは私にはツーサイズ以上大きく、杉森自身に合わせてあつらえられたものではないか、という疑いが頭をかすめた。

「これは、あなたの服ですか。もしかしてあの電話の時も、これを着ていたんですか。」

口に出すと危険を呼ぶかも知れない質問を、つい発してしまった。私はそれ程混乱していた。

杉森は不敵な笑みを浮かべて言った。
「知りたいか。知りたいということは、もっと親しくなりたいということだな。」

突き刺すような視線で意味ありげに言われて、私はソファーに座ったまま思わず後ずさった。

「すっぴんでもなかなかのものだ。でも、少しお化粧した方がもっとムードが出ると思うよ。」

私は隣の部屋の化粧台の前に座らされた。鏡の前には必要な化粧品が並んでいた。抵抗しても無駄なことは分かっていたので、私は何とか化粧をして、最後にルージュを引いて仕上げた。

ソファーに戻ると、バスローブに着替えた杉森が待っていた。杉森はおもむろにバスローブの前をはだけ、屹立した逸物をさらけ出した。

「バーボンを飲みながら、氷を口にふくんだままやってくれ。ひんやりするのが好きなんだ。」

「許してください。私、そんなことは駄目なんです。」

「心の中は女なんだろ。今は見かけも女なんだから、女らしくやってくれよ、えり。」

どう奮い立とうとしても、杉森の醜い逸物に口を付ける勇気は出てこなかった。

杉森は私の髪の毛を乱暴に掴んで引き寄せた、顔を平手で殴った。

「手間をとらせるなよ。さあ、やれよ。」

杉森は両手で私の両耳を掴んで逸物を無理矢理私の口に含ませ、マスタベーションするように私の顔をピストン運動させた。

「歯を立てるんじゃない。舌をもっと使って、喉の奥まで飲み込むんだ。」

杉森は乱暴に命令を続け、私の動きが衰えると、髪の毛を掴んでピストン運動させた。私は何度も吐きそうになりながら奉仕を続けた。二十分ほどして突然杉森は大きなうめき声を出し、首が折れそうになるほど強い力で私の頭を動かしながら大量のおぞましい精液を私の喉に放出した。

「飲め、飲め、飲み込むんだ。」
杉森は放心したように言った。

「いい子だな、えり、お前は可愛いよ。」

杉森は私の頭を股間に押しつけたまま余韻を楽しんでいるようだった。

「そのままくわえてろ、動くな。」

杉森はそのままの体勢で手を伸ばしてグラスを取り、満足そうな息をつきながらバーボンを飲んだ。手の届く範囲に転がっていたテレビのリモコンを取り、アダルトビデオを見始めた。ビデオは途中からで、私が到着する前に見ていた物らしい。私の目に入るのは毛だらけのおぞましい股間だけで、テレビからセックスをする女のリズミカルなうめき声が耳に入った。

十分も過ぎただろうか、杉森の逸物が再び石のように硬くなり、大きさを取り戻した。杉森は私の顔を逸物から外し、仰向けに寝かせた。私は肩が凝って首筋がぱんぱんに張っていた。杉森は私のドレスをまくり上げ、パンティを乱暴に引き下ろした。

「さあ、今度は本当に女にしてやるよ。」

「待ってください。どうしようというんですか。」

私は必死に拒もうとしたが、顔を二度平手で殴られて力を失った。

「黙ってろ。お前の小説の主人公の倍ぐらい良い思いをさせてやるから。両手を組んで首の下に持っていけ。」

何度も平手打ちをくわされ、私は仰向けのまま言われる通り首の下で両手の指をからませ、無防備な姿になった。杉森は私の両足首を掴んで押し広げ、弓のようになった私の足の中心に逸物を挿入した。私は初めての経験にうめき声を上げた。痛い以上に体中に無力感をかき立てるような、強烈で矛盾に満ちた感触だった。

「そうか、えり、そんなに嬉しいか。もっともっと気持ちよくさせてやる。さあ、ビデオの女と同じ声を出すんだ。息づかいを合わせて、同じ高さの声で、ビデオの女が、もっとしてえ、と言えば、お前も同じ声で、もっとしてえ、と言え。さあ、やれ。」

杉森はピストン運動を始めた。杉森の逸物が私の奥深くに侵入するたびに、はからずも私の口からうめき声が出てしまう。杉森はビデオの中で行われているセックスに同期するように、リズムを整えて体を動かした。私はビデオの女を真似た声を機械的に発した。

「ちがうだろう、もっと高い声だ。心を込めて、ビデオの女になったつもりで声を出せ。もっと気持ちよさそうに頭のてっぺんから叫ぶんだ。」

気を抜こうとすると容赦なく平手打ちを喰らわされて、私は言う通りにさせられた。テレビから聞こえる声に合わせて、いいわあ、とか、もっとして、とか、いくう、とか言わなければならなかった。

「そうだ、口を開けて、物欲しそうに舌を出すんだ。いい女だ、えり。何もかもビデオの女と一緒だ。そうか、もっとして欲しいのか。ようし、もっと叫べ。」

十五分もすると私の吐く息のリズムはビデオの女と完全に同期し、もっとしてえ、と言う声がテレビから聞こえてくるのか、自分の口から出ているのか、自分でもわからなくなった。頭に血がのぼせたのか、血が引いたのか、酸欠状態になっているのか、いずれともつかないが、ひと息ごとに後頭部から両耳にかけてしびれが走った。頭の中に静電気を帯びた無数の金粉が散らされたような不思議な感覚で、今自分がどこで何をしているのか全く分からなくなった。そのうちに体の芯の方で静電気が花火のように炸裂し、体が宙に浮き、感覚と意識が遠のいていった。

体中に火照りが残った状態で目が覚めた時、私の体の上に杉森の裸体が覆い被さっていた。

「やっと意識が戻ったのか。えり、お前は最高だったよ。」
といって杉森は私に口づけをした。

精神的な嫌悪感とは裏腹に、唇から心地よいしびれが発信され、火照った体に残る余韻に火を灯した。

「さあ、シャワーを浴びよう。」

杉森は私を抱き起こし、皺になったドレスと下着を脱がせた。杉森の手が触るたびに私の体に電気が走った。

バスルームでシャワーを浴びながらお互いの体を洗った。杉森は自分の萎えた逸物を私の舌できれいにするように命令した。自分にとって理解しがたいことに、私は最早何の嫌悪も感じず、飼い猫のように無心にぺろぺろと舐め、その舌の動きの一条一条が火照った体の余韻を呼び起こした。杉森が少し尖った私の乳首の上に円を描くように石けんの着いた手を這わせると、みぞおちの辺りがぴくぴくと引きつった。杉森はそれが私を感じさせることを発見して繰り返し攻めた。私は何度かその場に落ちそうになったが、杉森の首に手を回して辛うじて踏みとどまった。

「中学に上がったばかりの女の子のような胸だな。そのうちもっと大きくしてやるからな。」
杉森は意地悪さと、傲慢な主人が飼い犬に対して示すような愛情を取り混ぜた微笑を浮かべて言った。

Estraderm TTS100を使い始めて4年近くになる。1,2ヶ月使うとバストが膨らみ始めるのでストップするが、また何ヶ月か過ぎると、肌のきめが目に見えて粗くなり、いたたまれなくなって再開する、という繰り返しだった。今は約4ヶ月前に中断して、そろそろ再開しなければと焦りを感じ始めていた矢先だ。でも胸の膨らみは、これ以上進むと服を着ていても一目で気づかれかねない限界まで来ているので、安易に再開するわけにはいかなかった。女性ホルモンを何度も使ったり止めたりしたせいで、脂肪が蓄積してしまったのだろうか。やりはじめた当初は、1、2ヶ月で乳首が硬くなっても、中断してしばらくすると元の柔らかさに戻っていたが、最近は硬いままで、心なしか大きく色濃くなったような気がする。幸い、毎日見ている加奈子は変化に気づいていないが、これ以上胸が大きくなると、いくら私に関心のない加奈子でも気づくに違いない。

「そういやあ、お前のあれはずっと小さいままだったな。普通はでかくなって邪魔になるんだが。」

投与量にもよるが女性ホルモンを半年以上続けると生殖能力が無くなる恐れがあると言われている。二人の娘を持つ私としては精液中に精子がいようがいまいがどうでもよいが、生殖能力を担う組織は退行し始めると不可逆的な萎縮に至ると読んだことがある。私の睾丸はこのところ随分小さくなったような気がするので、気をつけねばならない。Estraderm TTS100は大柄な欧米人用としても最高用量の製剤であり、私の体重ではかなりの過剰投与になるのかも知れない。

バスルームを出て体を拭き、元通りの服に着替えてネクタイを絞めた。午後十時を過ぎていた。

「じゃあ、さっきの件、よろしくな。おやすみ、えり。」

「おやすみなさい。」

外は小雨が降っていた。私はまだ乾いていない髪に雨がたっぷりと含まれるように、ゆっくりと歩いて自宅に帰った。加奈子は何事もなかったかのように私を迎えた。

こうして、衝撃的な転落の日が終わった。


続きを読みたい方はこちらをクリック


 

★ 未発表作品に関する情報はTwitterで発信します! ★

本ウェブサイトはMixHostのサーバーに引っ越してSSL化を完了し、保護された https:// サイトになりました。詳細はこちらをご覧ください。


ラブトランス~大好きな彼を夢中にさせる方法~


願いが叶う・心願成就



プロフィール
Contact Form
お問い合わせはこちらから
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ  にほんブログ村 小説ブログへ  人気日記BLOG