
未来が見える少女
親友の兄貴は女子高生?
第一章 落ちるドングリ
部活が終わっての帰り道、公園の遊歩道を歩いていたら何かが頭に落ちて来た。
痛くは無かった。
コツン、ではなく、ポトンという感じで頭に当たった。
何だったのだろう?
その時、風が吹いて何かがパラパラと落ちて来た。ひとつではなく、二つ、三つ。
足元に転がったのはドングリだった。
二、三日前から急に冷え込んだからだろうか、風が吹いて熟したドングリが木から落ちて来たのだ。
足元を注意してみると沢山のドングリが散らばっている。遊歩道の舗装された部分には少なくて道路の端っこの、土との境の部分に沢山のドングリが転がっていた。雨水が道路わきへと流れるように、ドングリも高い所から低い所に転がったのだろう。
よく見ると、木製の高級家具のような光沢のあるドングリは少数派で、土ほこりで汚れたり、割れ目が入って腐りかけのドングリが多い。
「ドングリって美味しいのよ」
田舎の叔母が言っていたのを思い出した。
「シイの実ならそのまま食べられるし、それ以外のドングリはアクを抜いて食べるの」
そう思って見回すと美味しそうなドングリが沢山あった。
でも、きたない!
例え何回も洗ったとしても、犬がオシッコをする道端に落ちているものを食べることは私にはできない。
そうだ! ドングリが地面に落ちる前に手で受け止めればいいんだ!
それは突拍子もない発想かもしれない。ポケットを落ちて来るドングリで一杯にするには何時間もかかるのではないだろうか?
いや、そんな後ろ向きな姿勢からは何も生まれない。とにかくやってみよう。
さっき風が吹いた時にパラパラと落ちる音がした辺りに行って歩行者の通行の邪魔にならない場所に立った。木の枝を見上げて、落ちてきたら受け止めようと精神集中した。
一、二、三、四、五、六……
十一まで数えた時に小さな黒いものがスーッと落ちて来てポトリと地面に落ちた。
速い! 思ったよりはるかに速いスピードで落下した。
イチローのような動体視力があればドングリが止まって見えるかもしれないし、サッと手を動かしてつかみ取るのも不可能ではないだろうが、私には無理かもしれない……。
数秒後にもう一つ、更に十数秒後にまとめて数個落ちて来た。
さすがに速いが、だんだん「球筋」が見えるようになってきた。
数分間見ていると、一瞬だが目の数十センチ前にドングリが止まって見えた。よし、これなら捕れるかもしれない。私の動体視力はイチロー並みなのだろうか?!
次に落ちて来たドングリをさっと手でつかもうとしたが、間に合わなかった。脳が視覚からの情報を受けて手に「動け」いう指令を出し、実際に手が動くまでにはタイムラグがあるのだ。そして手を動かすスピードの問題もある。
やはり一介の女子高生がイチローに敵うはずがない。
でも私はあきらめずに次のドングリを待った。
手の動きが俊敏になってきた。しかし、私の手はドングリが落ちた直後に虚しく空を切り続けた。
やっぱり、私には無理なんだ……。
そう思うと、ふぅーっと力が抜けた。自分が持っている動体視力と瞬発力を最大限に絞り出そうと極度に張りつめていた緊張状態が解けた。
気が付くと、何気なく動かした右手が落下してきたドングリをキャッチしていた。
なんだ、できるじゃない!
次に落ちて来たドングリは左手で捕った。簡単だった。
それまでは落ちて来るドングリをできるだけ高い所で見つけようとして必死で上の方を見ていたのだが、先ほどから目の前に止まった状態のドングリが、実際に落ちて来る前に見えるようになっていた。それを手で横からはたくようにして掴めばいい。
手の中のドングリを制服のスカートのポケットに入れた。
それから後は簡単だった。手の届く範囲に落ちて来るドングリは全て難なくキャッチできた。いや、「全て」というのは言い過ぎだった。ほぼ同時に落ちて来るドングリの数が二個なら右手と左手で一個ずつ捕れるが、三つ以上だと無理だった。
半時間ほどでスカートのポケットがドングリで一杯になった。
気が付くと陽が落ちかけて、辺りが暗くなっていた。
いけない、早く帰ろう。
公園で木から落ちて来るドングリを空中で採取していた女子高生が痴漢に遭う。それではシャレにならない。友達から一生「ドングリの芽依」と呼ばれることになる。私はポケットからドングリが飛び出さないように手で押さえながら、家まで走って帰った。
***
「遅かったわね。またどこかで道草を食っていたの?」
母がニンジンの皮をむく手を止めて私を迎えた。
「私は犬のオシッコがかかった道端の草なんて食べないわよ」
「今のは座布団一枚あげてもいいわ。あらっ、ポケットが膨らんでいるわね。制服のスカートのポケットにむやみに物を入れちゃダメよ。プリーツの形が崩れるから」
「そうよね。制服のスカートの左右にポケットがあればバランスがとれるんだけど……。今日は大事なものが入ってるの。ママにも見せてあげる」
私はシンクの上の棚から手鍋を取って、ポケットの中のドングリを全部入れた。
「まあ、汚い! 女の子が土の上に落ちていたものを洗わずにお鍋の中に入れるなんて信じられない」
「おあいにくさま。この中に落ちていたドングリはひとつもないわ。落ちてくるところを空中で掴んで取ったものばかりよ」
「芽依ったら、よくそんな作り話を思いつくわね」
「本当だってば! 嘘と思うのなら、明日一緒に公園に行って実演してあげる」
「動いている物をさっとつかみ取るなんて、宮本武蔵じゃあるまいし」
「誰、それ? 野球選手? イチローよりもすごいの?」
「宮本武蔵を知らないの? 巌流島で佐々木小次郎と決闘した、江戸時代の剣豪よ。ご飯を食べているときにハエがうるさく飛び回っていたのを、空中でお箸で挟んだのよ。そして何事も無かったかのように食べ続けた」
「サイテー! 超フケツな人ね。私ならそんなお箸は洗剤でゴシゴシ洗っても二度と使えないわ」
「江戸時代の話よ。男の人だから仕方ないわ」
「いくら有名な剣士でもそんな男にキスされたら耐えられない」
「話を逸らさないで。やってみれば分かるけど、飛んでいるハエを空中でお箸で掴むというのは誰にでもできることじゃないわよ」
「ふーん、確かにそうかも。ハエってすごく速いスピードで飛ぶものね。動体視力の問題というより、いくら速くお箸を動かしても追っつかないわ。多分その宮本武蔵とかいう不潔な男には、次の瞬間に空中でハエが静止している姿が見えたのよ」
「宮本武蔵には未来を予知する能力があったというわけ? 芽依らしい仮説ね」
「ちょっと違うのよね。未来を予知するというほどのものじゃなくて、動いている物の次の瞬間の姿が止まって見えるの。だからそこにお箸を持っていくと簡単に掴める。私もそうやってドングリを捕ったのよ」
「芽依に悪気があってウソを言ってるんじゃないことをママは分っているけど、ヨソの人にそんなことを言うと虚言癖があると思われるわよ」
「ハァ? 信じないの? 見てよ、このドングリ。全然ホコリがついていなくて、ツヤがあるでしょう? もし落ちているのを拾ったのなら、実とハカマの間に土やホコリがついていると思わない? 落ちていたドングリを水で洗ったとしたら濡れているはず」
「ホントだ! 芽依の言う通りだわ。お鍋の中のドングリは全部が同じように新しくて、木から手で摘み取ったみたいだわ」
「ほら、私が本当のことを言っていたことが分かったでしょう?」
「早く着替えてらっしゃい。ベランダでポケットを裏返しにして、木くずとかが残っていないようにきれいにするのよ」
母が認めたのはドングリが粒ぞろいで汚れていないということだけだった。次の瞬間が見える能力を私が持っていると信じたわけではないのだ。
大人ってどうしてこんなに頭が固いのだろう? 私も自分の隠れた能力に気づいたのは偶然だった。ふと緊張が緩んだ時に、それまで息を潜めていた能力が出てきたのだ。もしあの時に「見えるはずはない」と思って見過ごしていたら、私は一生自分の能力に気づかなかっただろう。
私のDNAの半分は母から来ているのだから、母にも同じ能力があるかもしれないのに……。
宮本武蔵という男性は、剣の道を究める修行の中で、きっと偶然ある瞬間に自分の能力に気づいたのだと思う。対戦相手の次の瞬間の剣先が見えれば、相手を倒すのは簡単だ。だから勝ち続けて生き残り、剣豪と呼ばれるまでになったのではないだろうか。
イチローには残念ながらその能力は無さそうだ。動体視力と卓越した身体能力、それに経験値を重ねてあれほどの実績を残しているのだ。
多分、偉大な王貞治さんを含む野球選手には、宮本武蔵や私と同じ能力は無かったはずだ。もしあれば、バッティングはティーの上に乗せたボールを叩くのと同じぐらい簡単だから、打率が三割や四割で収まるはずがない。いや待てよ、ボールを楽に打てても打球が内野手の守備範囲内に飛んだり、外野まで飛球が行っても外野手が捕ればアウトだから、五割、六割もの打率は難しいんだろうか……。
私は自分の部屋に行って、スチーマーのスイッチを入れてから制服のスカートをハンガーに吊るし、ウェストがゴムのロングスカートに履き替えた。
スチーマーを手に持ってプリーツがシワになっている部分に集中的にスチームを浴びせる。毎日二、三分の作業だが、母がそのためにスチーマーを買ってくれて、スイッチを入れれば一分後には使えるように置いてある。私が毎日シワの無いスカートで学校に通えるのはこのスチーマーのおかげだ。
明日も公園でドングリを集めようかな。能力を研ぎ澄ます訓練のためにはそれもいいかもしれないが、王貞治さんやイチロー選手さえ授からなかったほどの超能力を、ドングリ集めにしか使わないというのは宝の持ち腐れだ。他に使い道は無いだろうか?
野球選手になるというのはどうだろう?
高校野球連盟は石器時代のような脳ミソで凝り固まっていて、女子が選手になることを認めていないが、プロ野球は女性にも門戸を開いていると聞いたことがある。確か、クラスの男子が読んでいたマンガに女性のピッチャーが出ていた。
私が実際に野球をしたのは体育の授業だけで、それもソフトボールだが、中学時代に父と一緒にテレビで野球を見るのが好きだったので、野球にはうるさい。止まっているボールなら私でも打てるようになるはずだ。
しかし、私の目には止まっているボールでも、実際には時速百数十キロで動いているのだから、私の力で打っても前に飛ばないかもしれない。振る度にバットに当たっても、ボールがチョロチョロと転がるだけなら、観客から失笑を買うだけだ。
それにデッドボールが問題だ。次の瞬間に胸を直撃するボールが見えたとしても、俊敏に身体を動かしてボールをよけることが出来るだろうか? バットを胸の前にサッと持ってきてバントをすることぐらいならできるかもしれないが……。
強いボールを投げる力が無いのも私の弱点だ。ということは守備は無理だ。パリーグには指名打者制度があるが、普通、指名打者はホームランバッターだ。弱いゴロしか打てない私は指名打者としては使ってもらえないだろう。
野球の始球式で女優が投げるのをテレビで何度か見た。ノーバウンドでキャッチャーに届いたらアナウンサーが大げさに褒める。長身女優の菜々緒が始球式でノーバウンド投球をする動画をユーチューブで見て、女性としてはカッコいいと思ったけれど、プロの野球選手と比べるとまるで子供の投球だった。
私は小さい時から体育は得意で足も速いし、身長も女子の平均より高いが、残念なことにパワーが無い。やはりスポーツ選手になることは、選択肢から外した方がいいだろう。
ベッドに寝転がって超能力を活かす方法について脳ミソを絞ったが、グッドアイデアは浮かんでこなかった。
「あっ、ドングリの事を忘れていた」
スマホでドングリの調理方法について調べた。シイの実以外のドングリは皮をむいて数日間天日干しした後、ミキサーで粉砕したものを水に漬けてアクを抜くという、面倒な処理をする必要があることが分かった。
「ドングリなんて食べなくても百均でミックスナッツかムキ栗を買う方が賢いかも」
ひとり言を言いながら台所に行った。
「ママ、私のドングリはどこ?」
「玄関に置いたわ。見てきてごらん」
玄関に行くと、クリスタルグラスにドングリを盛り付けて棚の上に置いてあった。秋の訪れを感じさせる、さりげないオブジェだった。
「ママの超能力の方がずっと素敵だわ」
私は自分の負けを認めた。
第二章 母の超能力
夕食の後、父がソファーに座ってケーブルテレビで野球中継を見ていた。父はいつも私が相手にしてあげると喜ぶので、父の横に座って話しかけた。
「もうセ・リーグもパ・リーグも順位は決まったんじゃなかったの?」
「今日は大谷翔平が四番でピッチャーなんだ」
「大谷選手は私の友達が結婚したいスポーツ選手ランキングで錦織圭と並んでトップよ。私は体操の白井選手みたいなきれいな人も好きだけど。パパが好きな女子スポーツ選手は誰なの?」
「芽依、悪いけど頼むから今日は邪魔しないで見させてくれ。大谷のメジャーリーグへの移籍が決まったのは知ってるだろう? 日本でプレイするのは今日が最後かもしれないんだ」
そうだ。ドングリと同じように、大谷が投球する前にボールが見えるかもしれない。テレビを通した画像では私の超能力は働かないだろうか?
神経を集中させると、大谷が投球動作を開始する前に、外角高めにストレートが入るのが見えた。
「次は外角高めのストレートよ」
「分かってないなあ、次は低めに入る変化球だ」
私が予言した通りのボールがキャッチャーのミットに収まった。
「まぐれ当たりか。まあ、外角高めのストレートという言葉を知っているだけでも女子高生としては褒めてやろう」
「次は内角のストレートが低めギリギリに入るわよ」
「何言ってんだ。今度こそは間違いなく変化球だ」
大谷の投球は内角低めにズバリと決まった。父はバツが悪そうな表情でつぶやいた。
「まぐれ当たりが二回続くとはな……」
「もう一球続けて当たったら、私が欲しいものを買ってくれる?」
「三回続けて当たる確率は、えーと……」
「買ってくれるの? 買ってくれないの?」
「買ってやるよ」
「フォークボールが外角にストンと落ちてボールになる」
「まさか……」
大谷は私が言った通りのフォークボールを投げて、バッターは空振りした。
「ちょっと高いんだけど、私が欲しかったワンピースは約束通りに買ってくれるわよね?」
「芽依、どうして分かったんだ? 球種と球筋の組み合わせが三球続けて当たる確率は千分の一以下になるはずだ」
「ま、野球センスの問題かな」
「ママ、聞いてくれ! 大谷の投球の球種と球筋を芽依が三回続けてピタリと当てたんだ!」
父がソファーを立ち、台所で洗い物をしている母のところまでわざわざ行って、興奮気味に訴えた。
「聞こえてたわよ、あなたが芽依にワンピースを買う約束をしたのは。当然あなたのお小遣いから払うのよね?」
父は外角のボール、外角のストライク、中央、内角のストライク、内角のボールの各々について高めのボール、高めのストライク、中央、低めのストライク、低めのボールと、合計二十五種類のゾーンがあるということと、球種は専門的に言うともっと多いが、仮に四つしかないとしても、ゾーンと球種の組み合わせを言い当てられる確率は百分の一であり、それを三回連続で当てる確率は百の三乗だから、百万分の一だという理屈を母相手に熱弁した。
「ああ、それはすごかったわね」
全く興味がなさそうな口調で母が言った。
「芽依は天才かもしれないぞ」
「もし天才だったら、テストでもう少しマシな点を取ってくると思うけど。あなたが野球などという女の子にとってどうでもいいことに芽依を引っ張り込んだから、その分勉強がおろそかになったんじゃないの?」
父は可哀そうなほどしょげて戻ってきて力なくソファーに腰を下ろした。今のは母が悪い。夫が目を輝かせることを全否定するのは妻として間違っている。クラスの男子もそうだが、こちらが全く興味がないことを煩わしいタイミングで話しかけてくることはよくある。嫌いな相手は別にして「へえ、そうなんだ」とか「すっごーい」という程度の反応をしてあげないと、そのうちに私が男子の興味の対象から外れることになる。
「パパ、種を明かすけど、絶対に誰にも言わないと約束してくれる?」
父を元気にしてあげようと思って仏心を出した。
「教えてくれ、秘密にするから」
「実は、ボールを投げる前に、投げた後の様子が目の前に見えるのよ。今日学校の帰りにドングリが落ちてくるのを見ていて気づいたの」
「芽依には未来予知能力があるというのか!?」
「それほど大げさなものじゃないの。一秒後か五秒後か十秒後か分からないけど、ドングリやボールが動き始める前に、動いた後の画像が静止して見えるんだ。未来が見えるというより、ものが動いた様子が、動き出す前に見えるのよ」
「もう一度テレビを見て言い当ててくれ」
試合は攻守が変わって、オリックスのピッチャーが投げていた。
「次は真ん中低めに外れるボールよ」
その通りになり、父は「本当だ!」と呟いた。
「次は内角高めのストレートが、胸スレスレに入る」
バッターがのけぞる速い球が高めに入った。
「これは偶然ではあり得ない。芽依の言うことを信じるよ」
と父は大きくうなずいた。
「じゃあ、これはどうだ?」
と言って、父はスマホを取り出し、青いアイコンをクリックした。画面に棒グラフが表示されて、一番右の棒の上端が上下に動いている。
「これはFXといって、米ドルが今何円かという相場が表示されている。ここをごらん、今の相場は112.400だ。もしこの右端の棒が上に白く伸びれば円安になって、下に黒く伸びて行けば円高になる。次にどうなるかを芽依に見える通りに教えてくれ」
「白い棒がここまで伸びたわよ。ほら、この目盛で言うと112.600の辺り」
「本当か! じゃあ買いを入れるぞ」
父はスマホを起用に操作した。
「大分上がってしまったが112.514で買えた。その後、どうなってる?」
「この線の辺りで止まってるけど」
「112.660になるということだな。よし、112.650で指値売りしよう」
父は興奮している。棒が上に伸びると「オオッ!」とか「ヨシッ」と叫んだ。
「ヨッシャー、112.650で売れたぞ」
「売るとか買うとか言ってたけど、ゲームなんでしょう?」
「バカ、ゲームじゃない。リアルマネーを使った真剣勝負だ」
「一体いくら賭けたの?」
「一万ドルだ。1,125,140円で買って、1,126,500円で売ったから、1,360円の儲けだ」
「百万円も賭けたの! ママに言いつけるわよ!」
「もし百万ドル買っていたら136,000円儲かっていた」
「百万ドルというと一億円以上でしょう? うちにそんなお金があるの?」
「証拠金取引といって百万円あれば一億円までの売買ができるんだ」
「悪いけど私、パパが博打にのめりこんでいることをママに言いに行かなきゃならないわ。パパが一億円の博打をして大きく外れたらママと私が路頭に迷うわ。借金のかたに売春をさせられるとか、絶対にイヤだから」
「頼むからママには言わないでくれ。パパは一万ドル単位しか売買したことが無いし、今後もしないことを約束する。損しても儲かってもせいぜい数万円だ。パパの小遣いの範囲内でやるだけで、家計には絶対に迷惑はかけない。それに、FXをやることで外国為替相場に関する知識とカンが養えるんだ。それが仕事で役立つんだよ」
「本当でしょうね?」
「神に誓って本当だ」
「じゃあ、今度だけは見逃してあげる」
「芽依はだんだんママに似てくるな」
それが褒め言葉でないことは分かっていた。
「でも、もう一回だけ教えてくれないか?」
父はスマホの棒グラフを私の目の前に突き付けた。
「教えない。パパを博打に走らせたくないから」
「千円の儲けを毎日六回出せば、一年で二十万円になる。やり方のコツが分かれば売買単位を大きくして、一年で二千万円稼ぐことも夢じゃないんだ!」
「パパ、もし今後一度でもその棒グラフを私に見せたら、私、パパと離婚するようにママに勧めるわよ」
「分かったよ、もう頼まないよ。あーあ、芽依の超能力を使えば楽に金持ちになれて、ワンピースなんか毎日でも新しいのを買ってやれるのに……」
「そんなの買ってほしくないわ。雑誌やネットで探して色々考えた上で欲しいものをバイト代で買ったり、パパやママに買ってもらうのが楽しいのよ。私、今のままがいい」
父はがっくりと肩を落としていた。
台所に行くと母が私の頭を撫でてくれた。
「変な空想ばかりしている女の子だと思っていたけど、芽依がパパと話をしているのを聞いていて心強かったわ。芽依は結婚したらきっといい家庭を築くことができる。男に分不相応なお金を持たせたら、女遊びに走ったり、まじめに働かなくなったりするから、ろくな結果にならないもの」
「そうよね。この間ママから『男をどう操って自分の幸せを築いていけるかが女の能力だ』と聞いた時には、ママって古いなと思ったけど、やっと意味が分かった気がする」
私は母のDNAを濃く受け継いでいることを実感して嬉しかった。だから私は父の事が好きなのだろうなと思った。
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