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替え玉受験

第一章 美しくて生意気な生徒

「万葉集の中で僕が最も好きな歌はこれだ。目を閉じて光景を思い浮かべてみてくれ」
芽衣めいに言って、彼女が目を閉じたのを確認してから僕は気持ちを込めて歌った。

「田子の浦ゆ
打ち出でてみれば真白にぞ
富士の高嶺に雪は降りける」

「なあんだ。万葉集って百人一首のことか。ちはやふるは全四十二巻持ってるから私の方が詳しいわよ。どうせ先生は映画しか見てないんでしょう?」

少なくとも芽衣の興味を引くことには成功したようだ。

「少女マンガなんかいちいち読んでいたら東大には受からないよ。まあ、一応ちはやふるの映画は全部見てるけどね」

「はっはあ、先生は広瀬すずが好きなんだ」

「それはそうだけど……。待て、雑談をしてる場合じゃない。芽衣ちゃんは古文の成績を十点かさ上げしないと合格ラインに届かないから、とっつきやすいところで万葉集から攻めようと言ってるんだ」

「でも先生のプリントは間違ってるわよ。ほら、この『田子の浦ゆ』って何よ? 『田子の浦に』のミスプリじゃないの」

僕は待ってましたとばかり説明をした。

「『田子の浦ゆ』の『ゆ』は『通って』という意味なんだ。山部赤人やまべのあかひとが没したのは紀元七百三十六年ごろと考えられているが、当時の日本語には『ゆ』という、動作の経由する場所を示す格助詞が存在した。英語のviaと同じだが、この歌だとthroughの方が近いかもしれない」

「屁理屈を言わないで。ちはやふるの第六巻は何度も読んだからその歌は頭に入っているわ。先生のプリントに書いてある歌は後半も間違ってる。私が覚えているのを教えてあげる」
と言って芽衣は見事に歌った。

「田子の浦に
打ち出でてみれば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ」

僕は芽衣にやる気を出させるために拍手して健闘を称えた。

「お見事! でも芽衣ちゃんが読んだのは万葉集の歌じゃなくて、それから五百年も経って平安時代末期に編纂へんさんされた『新古今和歌集』に書かれたものだ。新古今和歌集バージョンはこじんまりと型にまっていて、オリジナルが持つ素朴な雄大さにはとても敵わない」

「それって先生の偏見じゃないの。そんなことを言ってたら広瀬すずに嫌われるよ。私はちはやふるの方を信じるわ」

僕は耳を手でふさぎたい気持ちだった。米田芽衣は頭は悪くないのだが、新しいことを学ぼうという姿勢に欠けている。一度自分が正しいと思ったら、それ以外の情報を拒否し否定する傾向があるのだ。その方が自分にとって安易で手間がかからないからだ。そんな態度では大学受験はおろか、大学生になっても人生の真実を学ぶことができず、薄っぺらい人間になってしまう。

しかし、今、芽衣の基本姿勢を否定するようなことを言っても、目の前の難題を解決するためには役に立たないどころか逆効果になる。

「芽衣ちゃんが百人一首のプロだとは知らなかった。『ちはやふる』は芽衣ちゃんの強みだと思えばいい。古文をちょっと勉強すれば受験にも役立つよ。この歌に関しては、万葉集に山部赤人のオリジナルが存在するということと、『ゆ』が『経由して』という意味だということだけは覚えておいてくれ」

「先生がそう言うなら、その山部さんたらは頭の片隅に置いておくわ」

これほどのふてぶてしさが芽衣のどこから湧いてくるのか不思議だった。芽衣は既に六つの大学の受験で不合格になっており、残る二校のうちの一校、聖メアリー女子大は芽衣の成績では合格可能性が十パーセント以下だ。もう一校の雪見女学院も合否ラインすれすれだから、下手をすれば「全落ち」の可能性さえある。

医学部志望の高校生なら八つの大学を受験して全部落ちることもあり得るのだが、医学部以外を志望していて特に一流大学にこだわらない学生が八校を全部落ちるのは異例だ。一流大学を目指さない女子の場合は、滑り止めとして偏差値が非常に低い女子大を受験校に含めるのが普通だから、全落ちということはまずあり得ない。もし芽衣が一校も受からなかったとしたら、どの大学に願書を出すかを含めて受験戦略が間違っていたということになる。家庭教師である僕の責任だと言われても仕方がない。

僕が米田芽衣の家庭教師になったのは五月の連休明けのことだった。本郷の生協で「家庭教師急募・高給保証(東大生に限る)」という貼り紙を見て応募した。東大に入学してひと月ほど経ち、バイトでもしようかなと考え始めていた折に「高給」という言葉に魅かれてその場で電話した。

家庭教師市場で東大生の相場が高いのは常識であり「高給」と書いてあっても無くても結果に大差はないのだが、こちらもそう書かれると弱い。電話の結果、その日に採用面接を兼ねて一時間だけ教えることになった。

米田家は経堂きょうどう駅から徒歩七分の住宅街にあった。道路に面した駐車場には電動式の格子が降りていてメルセデスとレクサスが鎮座していた。その右側のドアホンで「つつみと申しますが」と名乗ると「お待ちしておりました」と上品な女性の声がしてカチャリと解錠された。玄関ドアは数メートル先の石畳の奥にあり、ドアを開けるとアラフォーの女性が出迎えてくれた。

僕の母親が一生に何度も着ることがないほど高級そうなスーツを着ている美しい女性だった。「上品」という言葉が服を着て歩いているような感じで、笑顔はその場しのぎの作り物でなく、優しさが滲み出ていた。

家の内装が重々しくて、テレビドラマに出て来る豪邸を思い起こさせた。何もかもが、僕が今まで暮らして来た世界とは別のクラスに属するものだと感じて圧倒させられた。

客間に通されてソファーに座って待っていると、奥さんが紅茶をお盆に載せて入って来た。僕は陶磁器に詳しいわけではないが、一目でロイヤルコペンハーゲンのカップとソーサーだと分かった。紅茶の色は濃くなかったが、豊かな香りと、思いのほかまろやかな味がして、毎回こんな紅茶を出してくれるのなら家庭教師のバイト代は安くてもいいと思ったほどだ。

その時、ドアが開いて米田よねだ芽衣めいが入って来た。芽衣は五分袖のニットのシャツにグレーのワイドパンツをはいて、髪は男の子のようなショートボブだった。

芽衣めい、こちらがつつみ先生よ。ご挨拶なさい」

彼女はまるで友達に笑いかけるような感じで、
米田よねだ芽衣めいです。よろしくお願いします」
と言った。

僕は思わず立ち上がって挨拶した。

つつみ龍之介りゅうのすけと申します。東京大学理科二類の一年生です。よろしくお願いします」

そこら辺を歩いているような制服姿の女子高生を教えるつもりで来たのに、自分より年上に見える女性が出て来たので緊張していた。テーブルの向こう側に立っている芽衣は、女性としては長身で、目の高さは僕とほぼ同じだった。

「勇ましいお名前ですこと」
と母親が言った。

「自己紹介する度にそう言われてしまいます」
と頭をかく仕草をした。龍之介という名前のおかげで、初対面の場の空気を和ませるパターンが出来上がっていた。

「芽衣は小学校時代の成績はトップクラスだったんですが、中学に入ると中ぐらいに落ちて、高校に上がってからは超低空飛行なんです。今年の冬の大学入試で、どこでもいいとは申しませんがそこそこの大学に合格できるようにご指導いただきたいんです」

小学校時代の成績が良かったと聞いてほっとした。生まれつき頭の悪い子の成績を良くしてくれと言われても荷が重いが、この子なら顔も賢そうだし大丈夫だろう。僕は何とか採用してもらいたいと思って、自分の考えを披露することにした。

「なるほど。女子にありがちなパターンですね。生まれ持った頭脳が優れているから小学校は勉強しなくても百点が取れる。中学に上がると日常生活には出て来ない理論、公式などを学ぶことになりますが、その際に勉強を怠ると急に点が落ちる。その結果、徐々に勉強から遠ざかってしまう。高校に入ると、勉強そのものに価値を見出せなくなって、さらに成績が低下する。そんなバッド・スパイラルですね。しかし、元々頭がいいのですから、僕が勉強の仕方を少し教えれば急速に成績がアップすると思いますよ」

「それは心強いわ。芽衣、堤先生に来て頂くということでいいわね?」

「ちょっとナルな感じはあるけど、現役合格の東大生ならナルが混じってる方が正直で好感が持てるわ。私はいいわよ」
と芽衣が上から目線で答えた。

母親はバツが悪そうに笑っている。出来の悪い娘に親が金を払って家庭教師を雇おうとしている状況なのに、その娘が家庭教師の前で採否の決定をするとは主客転倒だと思った。

「ナルとはどういう意味ですか?」

「えっ、知らないの? ナルシストの略なんだけど」

「ああ、そういうことですか……」
ついさっき僕が女子にありがちなパターンとして発言した内容は上から目線だったかもしれない。それは僕が自分の能力に自惚れているからだとズバリと言われたわけだが、それは正当な指摘だったのでショックを覚えた。

「すみません……反省しています」

「素直でいいわ! 先生に足りない部分の知識は私が教えてあげる。だから私を大学に合格させて」

「はい、よろしくお願いします」

芽衣本人と母親による採用面接で僕は合格点を与えられ、週三日、二時間ずつの家庭教師が始まった。

火、木、土の午後五時から午後七時まで芽衣の勉強部屋で全科目を教え、午後七時から八時まで夕食の団らんの席に加わる。夕食を食べながら家庭教師から娘の大学受験準備の進捗状況について聴取するというのが両親の意図のようだ。東大生の一時間当たりの家庭教師料の相場にニ十パーセント上乗せしたうえで、夕食の時間を含めて週九時間分のバイト代を払ってくれる。僕にとって申し分のない好条件だった。

アパートで一人住まいする男子大学生にとって、夕食が週三回タダで食べられるのは大きなメリットだ。しかも、そんじょそこらの「晩めし」とはわけが違う。米田家の食卓に出て来る肉は、実家で食べていた百グラム百円前後の豚肉ではなく、その数倍から下手をすれば一桁以上高価な肉だ。

好物のトンカツが出てきて美味しそうに食べていると、父親も美味しいと思った様子で言った。

「このヒレカツはとてもいい味だ」

「そうでしょう! いい牛ヒレ肉をグラム千円で売っていたから多めに買っておいたの。明日はステーキにするわね」

百グラム千円の肉を安いと感じる家庭で育った芽衣と結婚する男性は、普通のサラリーマンではやっていけないだろう。しかし実際には、芽衣のような女性は「上流」の男性と結婚するというのが世の常だから、そのような破綻は起きない。

芽衣には上流階級のお嬢様であることを鼻にかけた感じは一切ない。親が金持ちであることや、自分がそこそこの美人であることを事実として自然に認識しているが、それを自慢するような素振りを示さないのは立派だと思った。まさにそれが「育ちの良さ」なのだ。それに対して、「東大では」とか「東大生は」などと普段の会話でつい口に出してしまう僕は、しょせん成り上がりものに過ぎない。

当初の訪問時には芽衣が上から目線で僕の採用を決定する流れになってしまったが、家庭教師が始まるとそんな採用面接の流れは持ち越されなかった。言葉はいわゆる「タメ口」だが、芽衣は僕を「先生」と呼んで、それなりの敬意をこめて接してくれる。

芽衣は思った以上に頭の回転がよく、年も近いので雑談をしていると楽しい。芽衣は僕より一学年下だが、芽衣が四月生まれで僕は三月生まれなので、実年齢は一ヶ月しか違わない。家庭教師初日には、こんな頭のいい子がどうして学校の成績が悪いのだろうと不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。

第一の理由は、何でも安易な解決に走るクセがついてしまっていることだ。小さい時から、分からないことがあれば父親か母親に聞けば教えてくれたし、何か困ったらすぐに助けてくれたので、簡単な事でも自分で考えたり調べたりせず、まず人に聞いたり頼んだりしてしまう。人から聞き出したり、手伝わせたりするテクニックが研ぎ澄まされていることが、そんな傾向に拍車をかけている。当初は僕も芽衣の術中に嵌まって、彼女の質問に対して完璧な答えを提供していたのだが、しばらくしてからそれが全く身についていないことが分かり愕然とした。それからは答えを教えずに、答えに到達するための思考過程を教えようと力を注いだが、成績向上にはつながらなかった。芽衣は僕が目の前にいる時は少なくとも考えるフリをするが、僕が居なくなると、彼女本来の解決方法に走ってしまうようだ。芽衣ほどの頭脳があれば、小さい時から突き放して育てれば勉強が良くできる子になったのにと残念だった。

第二の理由は、価値観の問題だ。芽衣には独特の価値観があり、ひとたび「こんなことを勉強しても意味がない」と思うと、いくら教えても頭に入らなくなる。たちが悪いのは、「こんなことを勉強しても意味がない」と思っているのを周囲に気取らせない能力があるということだ。僕も彼女の価値観が学習の障害になっていると気付くまでには二、三ヶ月かかった。彼女がひとたび「高校の数学が実生活では役に立たない」と判断したら、それを覆すのは至難の業だ。例えば微積分を学ぶことに何の意味があるのかを例を挙げて説明すると彼女は簡単に理解して「あ、そうだったのか!」と言うのだが、心の中では無意味と思っているので、翌々日に会った時にはゼロからやり直しになってしまう。

五月に教え始めた時に「超低空飛行」だった彼女の成績は低下を続け、夏休みが終わるころには「墜落寸前」になった。僕は採用面接の際に大見えを切っただけに、自分の無力さがなさけなかった。自分が東大かぜを吹かせながら言ったひとことは一言一句覚えている。

「元々頭がいいのですから、僕が勉強の仕方を少し教えれば急速に成績がアップします」

芽衣の場合は持って生まれた頭の良さが成績の上昇を妨げているのだから対応が困難だ。

夏休みが終わり、大学受験に向けたラストスパートが始まった頃、僕は三者面談を申し入れ、土曜日の午後五時から米田家の応接室で三人と向き合った。僕の正面に芽衣が、その両側に両親が座った。

まず、芽衣の成績の上昇を阻んでいる二つの理由についてストレートに説明した。僕は芽衣を両親の前でこき下ろすことに若干の罪悪感を覚えたが、これも芽衣のためだと思って断行した。

話の途中で芽衣が泣き出すことも覚悟していたが、意外なことに芽衣は軽い微笑を浮かべて聞いていた。

両親も深刻な表情は見せず、緊張感が感じられなかったので拍子抜けした。

「確かに女の子ということもあって、親が手伝いすぎた結果、自分で考えずに人に頼る子になったということは反省しています」
と父親が言った。

「夏休みの工作とかで子供の宿題を手伝う親がいるじゃないですか。あれが一番いけないんですよね。手伝ったおかげで二学期の評価が〇・五ポイント上がるかもしれませんが、子供には安易に人に助けてもらった甘い記憶が残ります」

「しかし、今反省してもどうにもなりませんし……」

「いえ、ご両親を責めているわけではありません。人に頼らず、自分で考えたり自分で調べたりする癖をつけることが大事だと言うことを、芽衣さん自身に自覚してもらいたくて申し上げたわけです」

「なるほど。では価値観の問題にはどう対処したらいいのでしょうか?」

「当面の課題である大学受験合格が必達事項であると芽衣さんが自覚して、それをプライオリティーの最上位に位置付けるしかありません。芽衣さんは賢いので、自然に思考パターン、行動パターンが変化することに期待します」

「先生、今日のお話は本人が自覚しない限り合格しないという、ギブアップ宣言ではないでしょうね?」
と、父親から厳しい質問があった。

「勿論違います。僕は芽衣さんの大学受験が終わるまでベストを尽くす所存です。合格のためには芽衣さんの意識改革が不可欠であるということをご本人及びご両親に理解していただきたかっただけです」

「先生、私は芽衣という人間がよく分かっているつもりです。頭の回転が速く、打てば響くし、人の心が分かって、しっかりとした自分を持っている一方で思いやりがある良い子です。でも、本人が納得しない限り、人が何と言っても変わらない。今日の面談が芽衣の長い人生にプラスの影響を残してくれると期待していますが、大学受験の合否に影響を与えられるかどうかは極めて疑問です」
父親は僕以上によく分かっているのかもしれない。

「でも、そこを頑張ってもらわないと……」

「堤先生になってから、芽衣は精神的に安定しているし、何かにつけポジティブになったと思います。芽衣には堤先生が必要です。大学受験が終わるまで、従来通り芽衣をサポートしてやってください。私たちは高望みはしていません。自宅から通える四年制の大学に一校だけでいいから合格してくれればいいんです。何校でも受験して、一校だけでいいので合格点を取らせてください」

「女子大でもいいんですよね?」

「聞いたことがない新興の女子大とか、花嫁学校レベルで名前だけの大学は困りますが、一応名前を聞けば認識できる女子大なら結構です。責任を持って一校だけ通してください」

「勿論、僕も責任は感じています」

「責任を取れと言われても取りようがないでしょうね。東大生なら普通は結婚して責任を取るものですが、芽衣には許婚いいなずけが居るのでそうもいきません」
と父親がニヤッとした笑みを浮かべながら言った。

僕は頭の中で芽衣のことを自分とは無関係な上流階級のお嬢さんと位置付けており、責任を取って結婚するなどという発想はしたことがなかったが、魅力的な女性だとは思っていたので、つい頬を赤らめてしまった。それにしても芽衣に許婚いいなずけが居るとは初耳だった。

「責任を取ってもらう代わりに、ボーナスを出しましょう。一校でも合格すれば百万円差し上げます」

「ひゃ、ひゃくまんえん!」

「そうです。万一全滅だったら百万円は手に入らない。それがペナルティーです」

「僕はそんなつもりで三者面談したわけでは……」

「金額が不足ですか?」

「とんでもございません。不惜身命ふしゃくしんみょう精進しょうじんして必ずや合格を勝ち取らせていただきます」

意図していなかった戦利品を与えられてほくほくするというより当惑した。三者面談の後、芽衣の部屋で一時間ほど教えた。

「先生は私がこのままでは全部不合格になると思って、その場合に備えて予め言い訳をしておくつもりだったんじゃないの?」

「そんなことはないよ」
と答えたものの、その通りかもしれないと気づいていた。

「そんなことはこれっぽっちも考えていなかったけど、芽衣ちゃんに言われて考えてみると、無意識のうちに責任逃れの行動に出たのかもしれない。ごめん、僕、恥ずかしいよ……」

「許してあげる。先生のそんなところって好きよ。友達としてだけど」

許婚いいなずけが居たんだね」

「私って一人っ子だから、パパの会社の跡を継げる男の人をパパが見つけてきて、その人と結婚させられるのよ」

「親が決めた相手と結婚しなきゃならないの? そんな気の毒な……」

「十歳も上のオジサンだから、高一の夏休みに軽井沢のホテルで引き合わされた時には、後でパパに文句を言ったわ。それから月一のペースでデートしてるけど、段々気にならなくなってきた」

「小太りで禿げで眼鏡をかけたオッサンとか?」

「アハハハ、そんなんじゃないわよ。百八十五センチのイケメンで、京大のアメフト部のスター選手だったんだって。話題も豊富だし、コロンビア大学でMBAを取ったぐらいだから英語もペラペラ。初めて会った時には眼鏡をかけていたけど、私が眼鏡の人はキライと言ったらレーシックの手術を受けてくれた。パパより大きな会社のオーナー社長の三男坊なのよ」

「スペック凄すぎ……」

身長を聞いただけで打ちのめされたが、大学以外は完敗だ。いや、コロンビア大学のMBAなら東大の四卒より上とも言えるし、京大も学科次第では東大の理二より下だとは言い切れない。強いて言えば、レーシック手術を受けなくても眼鏡が不要だという点において僕の方が勝っている。

「堤先生とは正反対のタイプだから、自分と比べて肩を落とすことはないわよ。ある意味、外観は堤先生の方が好きよ」

「大人をからかうな!」
心の中を芽衣に見透かされて、耳まで真っ赤になった。

「それに、私の許婚いいなずけはお金持ち過ぎてついていけないと感じることがあるの。家には住み込みのお手伝いさんが居るんだって。私は堤先生みたいな庶民感覚の人の方が好き。さっき百万円と聞いて大喜びしているのを見て、良いなって思った」

百八十五センチのイケメンと比べて外観は僕の方がいいとか、大金持ちより庶民感覚の男の方がついていきやすいとか、シャーシャーと社交辞令を口に出している。そうと分かって聞いているつもりでも「もしかしたら本気では」とつい思ってしまう。それはまさに彼女の育ちの良さによるものだと思った。


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