ユキの場合 第11章 | 性転のへきれき

ユキの場合 第11章

第11章

 

葬儀が終わって、出棺したのは正午を過ぎた頃だ。火葬場からタクシーでそごうの駐車場に帰った。

私が放心状態から戻ったのは叔父の運転する自動車が明石大橋に差し掛かる手前だった。

「ここ、淡路島じゃないですか。家に帰るんじゃないんですか。」
どうでもよい気がしたが、質問を声にした。

「大阪に行くんじゃ。昨日、保さんの手紙に書いてあった大阪の医者に電話して予約を入れといた。睾丸の代わりにプラスチックの玉が入っとると書いてあったし、早めに診てもらわんと取り返しのつかんことになったら困るけん。」

「いやです、人に見せるのは。」

「普通、異物を体の中に入れると腐ってくるもんだ。わしはお前のあそこを見てびっくりした。ちんちんが小指ぐらいしか無いのに、ちんちんに比べてタマが大きすぎる。」

「以前はおちんちんの方がずっと大きかったんです。段々しぼんできて睾丸の間に隠れるような感じになってしまって。」

「もう、腐り始めとるかも知れん。手遅れかもしれん。」

「そんなこと言わないでください。痛みも無いし、単に縮んだだけと思います。」

「腐敗が進んでいたら全部切り取っても手遅れになる。とにかく早く診てもらおう。」

普段の私なら叔父が言っていることが単なる脅しであることはすぐに判断がつくと思うが、その時の私は正常な状態ではなかった。叔父からガンの宣告を受けかのように、意気消沈した。

菅沼クリニックは港区の工場地帯のはずれにあった。
診察時間は終わっていて、受付の女性も帰ろうとしていたところだった。受付の女性は私たちを胡散臭そうに見た。私はそのとき初めて、自分が喪服を着替えてなかったことに気づいた。
「昨日先生に電話した高原ですが。」
叔父が言うと、女性は分かっていたようで、私たちを診察室へと導いた。

菅沼は50がらみの細身の体には不似合いな低い声で私たちを出迎えた。

「病院に喪服で来られるのはちょっと困りますなあ。」
しゃべりながら視線を私を頭のてっぺんからつま先まで走らせた。

「こちらが高原先生のお子さんですか。お父さんには全く似ていないと言ったら故人に失礼ですが、それにしても美しいお嬢さん、いや、奥様ですね。じゃあ、服を脱いでそこのベッドに寝てください。」

喪服を脱いで診察ベッドに横たわろうとした。

「下着も全部脱いでください。」

「ぜ、ぜんぶですか。」

「私は医者ですから、安心して下着も脱いでください。あなたのことは高原先生からすっかりお聞きしていますから心配しないでください。ご主人様には席を外してもらいましょうか。」

一瞬迷ったが、叔父には傍にいて欲しかったので、いてもらって良いと答えた。

「女性としての第二次性徴は50%程度というところかな。十代後半にホルモン投与をちゃんと続けてないから、骨盤の成長が不十分になってしまっている。」

「何故こんなになるまでシリコンの睾丸をそのままにしておいたのかな。早く取ったほうがいい。」

「シリコンだなんて一昨日まで知らなかったんです。取らないといけないんでしょうか。」

「先生はお前のためを思っておっしゃってるんだ。手遅れになったらどうするんだ。」

「手遅れとは大げさですが、医学的観点では放置したくないですな。簡単な手術ですから、すぐにやりましょう。」

「先生、お願いします。」

「ご本人も納得なら、同意書を作りますからお名前を書いて拇印を押してください。じゃあ、容子ちゃん、準備を始めてくれ。」

診察室に隣接した処置室で手術をするらしく、私はトイレに行ってから隣の部屋のベッドに移され、看護士に陰部の毛を剃られ、きれいに消毒された。

半身起き上がってベッドの上で同意書にサインし、拇印を押した。

「すぐに終わるから、楽にしていなさい。」

私は目を閉じて、次に起こることを待った。

ヒヤッとしたガーゼが睾丸を撫ぜると、微かなしびれが来た。次の瞬間、睾丸に注射が刺されて、激痛を感じたが、数秒後には痛みは無くなり、ぐにゅぐにゅとした動きを感じるだけになった。
少し経って、金属の皿に何かがボトッと落ちるような音がした。

「ハイ、一丁上がり。」

二回目に同じような音がしたのは、ほんの2,3分後だったと思う。

「ハイ、二丁上がり。」

しばらくすると、手術は完了した。陰部は大きなガーゼと絆創膏で覆われていたが、そこはもう平板であり、私は取り返しのつかないことをしてしまったことを痛感した。

「できたら明日の朝まで患部を固定したいので、ナプキンをした上にガーゼをしてあります。明日からは毎日一回この消毒液を塗って、このテープを取り替えます。三日間は入浴禁止ですが、四日目からは患部を出来るだけぬらさないようにシャワーをした後、消毒液を多めにつかってください。一週間経ったらお風呂につかっても大丈夫です。お薬を2週間分出しておきますから必ず飲んでください。熱が出るとか、異常を感じたら必ず来院してください。」

「熱が出なかったら、もう来なくていいんですか?」

「2週間から4週間後を目途に来院していただくことになります。膣形成手術の日程を決めて連絡します。」
「ちつけいせい、ですか。」

「手術で女性器を作るわけですね。あなたの場合は戸籍上既に女性なので性転換手術というのも変ですから。今日の手術代を含めて、費用は高原先生から十分お預かりしているのでご心配には及びません。」

「ペニスを切るんですか、そんなことしていただかなくて結構です。いやです、絶対。」

「お嬢さんに、失礼、奥様におちんちんがついていては色々不便でしょう。」

「無かったら、小便もできないじゃないですか。」
そう言いながら、自分の言ったことに脈絡が無いことを意識して赤面した。

「まあ、ご主人とも相談して方針を決めておいてください。」

「先生、これから何時間もかけて池田まで帰るのは酷ですから、入院させてもらうわけにはいきませんか。」

「長時間車に揺られるのは良くありません。ホテルに泊まられるのかと思っていました。」

「容子ちゃん、201が空いていたかな。」

「はい。大丈夫です。」

「申し訳ありませんが、私はどうしても池田に今夜のうちに帰る必要があるもので、明後日迎えに来ます。」

「明後日まで一人で居なきゃならないんですか。」

「自分では気づいていないかもしれないが、お前、かなり疲れとるぞ。たっぷり寝て休養を取りなさい。」
叔父は私を一人病室に残して帰ってしまった。

実際、私は疲れていて、電灯を消すとあっという間に深い眠りについた。

それから二日間の病院生活は退屈だった。私のベッドには高原裕貴という名札が掛けられ、私は何の変哲もない普通の女性として扱われた。先生が回診の際に傷に消毒剤を塗った後、看護士の容子は当たり前のように絆創膏で処置をして、保護のためのショーツを私にはかせて、
「はい裕貴さん、順調ですよ。」
と言っただけだった。

二つの玉が無くなっただけなのだが、その変化は劇的だった。男性のシンボルが付いていたと自己認識していた部分には陰毛の間に小指程度の柔らかい突起物があるだけになってしまっていて、ショーツをはいた状態では、普通の女性の下腹部にしか見えなかった。

朝夕に点滴をする以外は病院内を自由に歩き回ることができた。ここ数日間、女性トイレに入らざるを得ず、その度に逃げ出したいほど恥ずかしい気持ちがしたが、今日は何の抵抗も感じなかった。むしろ男性トイレの前ではドアを見ないように早足で通り過ぎてしまった。ロビーでは何人かの女性に話しかけられ、雑談をしたが、女性らしい言葉遣いで対応しようと努力している自分に気づいて苦笑した。

トイレで鏡を見て「そりゃそうだ」と思った。高松で眉を整えられてから、私の顔は化粧をしなくても女性にしか見えなくなっていた。ロビーでスッピンの私に話しかけた女性たちは、何の迷いもなく同性と認識して話しかけたのだ。

「もう男性に戻るのは無理だ。」

ベッドに寝て天井を見ながらそう思った。

つい数日前まで、自分が男性であることに、意地というか、誇りというか、それ以外のものではありえないという強い確信を持っていた。その確信の根拠が実はシリコンでできたフェイクのボール2個だったという事実。そう考えると気抜けするほど空しい。実は既に中学1年からそうなってしまっていたのに、知らずに自分は男性だ男性だと粋がっていたというのだ。

私は戸籍上は既婚の女性だ。すっぴんで女性と認識され、体も男性ではなくなった、というより、生殖能力のある男性だったことは一度もない。もう意地を張ることに意味は無いかもしれない。そうする気力も無いし、理屈も無い。

二日たって叔父が迎えに来た時、私は膣形成手術を受けることを当然のことと感じていた。

叔父は数日前にそごうで買ってくれたスカートとキャミソールとカーディガンを持ってきてくれていた。今の私にとって一番自然で心の休まる衣服を叔父が選んでくれたことをうれしく感じて、幸せな気持ちで着替えた。

手術は二週間後の土曜日に行われることになった。

先生から膣形成手術について説明があった。
「未実施の検査がありますから、前日の金曜日の午後2時までに来院してください。手術まで女性ホルモンは中断してください。血栓症を招く恐れがありますから、この点は厳守お願いします。」

「先生、何日ぐらい入院することになるんでしょうか。」

「回復の状況により個人差がありますが、基本的に尿管からカテーテルが取れて、ご自分でオシッコできるようになれば退院可能です。手術後9~14日かかると思ってください。」

「そんなにかかるんですか、じゃあ、東京に戻れるのは早くても3月の始めということになるんですね。」

「もう少しかかる可能性が大です。手術後3日間は絶食で絶対安静、退院は回復状況によって約2週間後、退院後1週間はできれば家事も避けて安静にして、軽い家事やデスクワークができるのはその次の週ですね。会社に出勤したり、旅行ができるのは手術後1か月後と想定していただくのが安全です。

高原さんの場合は若くて健康だから、もっと短く済むかも知れませんが、甘く考えないようにしてください。」

「そんなに大変な手術とは思いませんでした。」

「危険な手術ではありませんから心配は要りませんよ。体の中でもよく動かす、力のかかる部分ですから、傷が完全に回復するまでは決して無理をしちゃいけないということです。SEXができる目途としては手術後6週間後ですが、完治するまで激しい営みは避けてください。」

「わかりました。」
と叔父が快活に答えるのを見た看護師が失笑していた。

池田に向かう車の中で叔父が不思議そうに聞いた。

「お前、何かあったのか。一昨日はちんちんを切るなんてとんでもないと言っていたから、今日素直に手術の日取りを決めてくれたのにはびっくりしたよ。」

「自分は男じゃないって、よくわかったの。」

「二日間入院しててわかったのかい。」

「シリコンの玉が無くなって、あそこがペシャンコになったの。ショーツの上から見ると普通に女性のあそこなの。顔も女性にしか見えないし、胸も小さいけど膨らみはあるし・・・。よく考えると、わたし、本当に男性になった経験は一度も無いのよね。そう思うと、今まで無理して男性をやっていたことがバカバカしく感じられて。」

「それで性転換手術を受けようと思ってくれたのか。」

「ええ。男性じゃ無いのなら、女性として不自然な点は早く治したいの。」

「そうかそうか。それじゃわしの嫁さんになる覚悟ができたのか。」

「多分、かもしれない。まだわからないわ。とにかく来週早々東京に戻るわ。わたし、大学はちゃんと出ておきたいもの。性別のことも大学に届けるし、友達にもカミングアウトするつもり。だって、これからは女性として生きていくしかないんですもの。」


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カテゴリー: ユキの場合
ユキの場合 第11章” への1件のコメント
  1. admin より:

    申しわけございません。ひとつ飛ばして次の章をアップロードしてしまい、翌朝気づいて差し替えました。

  2. s.s より:

    先週アップの順序を間違えたのかな。

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