ユキの場合 第9章 | 性転のへきれき

ユキの場合 第9章

第9章

 

セレモニーホールに着いたのは午後7時を20分ほど回ってからだった。

ご焼香をすませてから控え室に移動した。親戚筋と思われる人たちが大勢いたが、私の記憶にある顔は見あたらなかった。母が亡くなって以降、人付き合いも愛想も人一倍悪い義父を、好きこのんで訪問する人は殆どいなかったし、親戚の人たちが私を見たことがあるにしても、中学に上がる前の子供だったから、今、私を見とがめることはないだろう。

お通夜というのに、涙を浮かべている人は一握りで、それどころか笑顔で話している人たちが多かった。「島津の爺さん」と呼ぶ故人は92才での大往生で、苦しむことなく逝ったからだ。

「義弘さん。久しぶりですねえ。」
60がらみの小太りの女から声がかかった。

「ああ、坂田さん。ご無沙汰しています。」
叔父が笑顔で応じる。

「そちらの娘さんは、どこかで見た気がするんやけど、どちらのお嬢さんだったかいな。」
その小太りの女性が私の顔をしげしげと見た。

「さっきから、保さんの後妻の美津子さんとそっくりの娘さんやなあ、と思って見てたんやけど。」
品の良さそうな50代の女性が言った。

「そうそう、ご焼香されてた横顔を見て、美津子さんが生き返ったんかと思って心臓が止まりそうになったわ。よく見たら若い娘さんで、ほっとしてたんやけど。」
もう一人の女性が話しに割り込んできた。

「美津子さんのご親戚ですか。」
答えに窮して叔父の顔を見た。

「美津子さんの娘やがな。今はわしの嫁はんや。」
叔父が言った。

「まさか、義弘さんが若い嫁さんをもろうたという噂は聞いたことありますが、こんなきれいな娘さんが来てくれたやなんて。けど、確か、美津子さんは連れ子の男の子が一人いただけだったと思いますけど。」

「そうそう、私も、その男の子は覚えてますよ。お小遣いを上げたら、はずかしそうにして、可愛らしい子でしたわ。」

「女の子みたいな子供だったでしょう。」
叔父が言う。

「その通りや。美津子さんに似た感じで、可愛くておとなしい子だったわ。」

「それが本当は女の子だったんですわ。」

「ま、まさか。この娘さんが、あの子ですか。」

「そうや。女の子だったのに、アソコの形に異常があって、男の子と間違えられてたんや。高校に上がる頃に、初潮があって、ワレメちゃんが隠れてたことがわかったわけですわ。そのまま高校は男のフリで通して、東京の大学に行くのと同時に、性を訂正する手続きをしたんです。

「へえ、半陰陽とかいうやつですか。本当にそんなことあるんですねえ。」

「半陰陽というと聞こえが悪いな。この子の場合は完全に女性なんですが、クリトリスが大きかったり、性器の外見だけ異常があっただけです。軽症だったので簡単な手術で完璧に直りました。」

「赤ちゃんも生めるんですか。」

「勿論です。作ろうとして毎晩励んでます。」

叔父がわかりやすいストーリーを作って疑惑を招かないように工夫してくれていることは分かるが、私は首の付け根まで紅潮するのを感じた。

「まあ、わしも、前の家内との間に子供ができませんでしたから、そんなに濃い方では無いと思うんですが、回数だけは若いもん並にやりまくってますから、そろそろ出来るかも知れません。」

「義弘さん、エッチなこと言って、奥さんが真っ赤になっとられますよ。」

「こんなに女らしい顔と体をしていて、よく三年間も男で通せたわね。」
質問が直接私に向けられたので私はあわてた。

「そのころはまだ、胸も小さかったし、子供っぽかったものですから・・・・」

「高校は坂出第一高校だったわね。」

「よくご存じですね。」

「保さんの息子さんが坂出第一高校に行ったという話は聞いていたし、うちの近所の同い年の女の子で坂出第一高校の子がいて、その子に聞いたら、クラスは違うけど知ってると言っていたの。だから覚えてるのよ。」

世の中は狭いものだ。まずいことになった、と鼓動が高まった。

「近藤和子っていう子、知らない。バレーボールの選手だったと思うけど。」

近藤和子は高校三年の時に同じクラスだった子だ。二年前の同窓会で同じテーブルになって盛り上がったことがある。このおばさんが今日のことを加藤和子にしゃべったら、こんなセンセーショナルな話は瞬く間に同窓生全員に広まるに違いない。

「近藤和子さんなんて知りませんけど。バレーボール部の同学年の女子に近藤という子はいませんでしたよ。多分、学年が違うんじゃないですか。」
私は咄嗟に嘘をついた。

「そうなの、同い年だったと思うんだけど。」

ちょうどその時、酔った男性がビールの入ったグラスを二つ持って話しかけてきた。
「奥さん、まあ飲んでください。」

「わたしはお酒は弱いので。」

「こんな爺さんに掠われてしまって。来年30になるうちの息子にあんたみたいな綺麗な嫁さんが欲しかったのに、惜しいことですわ。」

「こんな爺さんは無いだろう。独身の男には誰でも権利があるんだから。押して押して押しまくる。これが美醜老若にかかわらず全ての女に通じる極意じゃ。」

「うらやましいことじゃ。」

「あなた、少し酔ってらっしゃいますわ。」
私は叔父の腕を抱えるようにして、部屋の出口の方へとうながした。

ここに居続けると益々注目を招いてしまうので、一刻も早く退散したかった。

「お願い、早く帰りましょう。」
私は叔父に懇願した。

そそくさと退散の挨拶をしてセレモニーホールからホテルに帰った。

「お通夜なんて、行くべきじゃなかったんです。半陰陽なんて作り話をするから、親戚中がわたしのことを元半陰陽の女性と思いこんでしまったじゃないですか。」

「お通夜に連れて行ったことは悪かったが、わしが保さんの娘と結婚したことは厳然たる事実だ。半陰陽の話は我ながらグッドアイデアだったと思っている。他に説明のしようがあったら教えてくれ。」

「親戚だけならとにかく、あのおばさんが加藤和子にしゃべったら、二度と高校の友達には誰にも会えなくなってしまいます。どうしてくれるんですか。」

「近藤和子なんか知らないと言ってたじゃないか。」

「ごまかすために咄嗟についた嘘です。近藤さんは三年の時に同じクラスで、去年の同窓会でも一緒に飲みました。絶対みんなにしゃべるから、わたしが実は女だったという話はすぐに同窓生全員に伝わります。同窓生には東京の大学に行っている人も多いし、同じ大学にも2人います。東京でも、わたしは女だという話が広まって、大学にも行けなくなります。」

「自分から友達に下手な言い訳をするよりも、わかりやすい噂が伝わった方が、楽だと思うよ。わしと別れたところで、これから卒業、就職と続くわけで、戸籍が女性なのに男性のフリをして通すのは事実上不可能だ。良いきっかけだから、きっぱりあきらめなさい。」

「きっぱりあきらめられるような、簡単なことじゃありません。東京に帰ったら、スカートで大学に行けとでも言うんですか。もし叔父さんが、誰かに明日からスカートで外を歩きなさいと言われたら、どんな気持ちがしますか。」

「わしとお前は違うだろう。裸になって比べれば一目瞭然じゃ。お前が男として生活するのは無理じゃ。不自然じゃ。わしがスカートをはく以上に変態じゃ。」

「変態だなんて、ひどい、叔父さん、ひどいです。」
私はベッドに泣き伏した。


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カテゴリー: ユキの場合
ユキの場合 第9章” への1件のコメント
  1. s.s より:

    睾丸にプラスチックのダミーでなく、ホルモンのカプセルを仕込むアイデアは如何ですか、数年経つと陰嚢からダミーが消えてなくなるでは如何?

  2. s.s より:

    発表されている5作品にはなかった、医学的な展開、IPS細胞、現在話題の小保方さんのスタッフ細胞での臓器培養等の展開を期待しています。

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