ユキの場合 第6章 | 性転のへきれき

ユキの場合 第6章

第6章

 

新妻としての二日目は、近所への挨拶に明け暮れた。

昨日写真館で譲ってもらった赤い方のワンピースとウィッグでドレスアップした。昨日着ていた紺のドレスよりも、私の肌の色にしっくりと調和するし、幼く見える。

化粧は一見上手にできたように思ったが、鏡をよく見るとけばけばしくて不自然だった。一旦メークを落として、今度はできるだけ薄くファンデーションを塗り、最小限はたいて、教えられたとおりチークにハケを走らせた。目の周辺のメークもするかしないかにとどめた。今度はうまくいった。結局、ほんの薄化粧にするのがコツなのだと実感した。

叔父に連れられて近所回り。

どの家でも、まず私があまりも若いことに驚き、次に、垢抜けた都会女性だとお世辞を言ってくれる。その後に質問を浴びせられるが、その内容はどこでも似通ったものだった。

「大学はどちら?。」

「何を勉強してるの?」

「東京でお稽古ごとは何と何を習っているの?」

「どうして年の離れた叔父さんと結婚する気になったの。」

「いつ池田に帰ってくるの。」

「赤ちゃんはいつから、何人産むの?」

そのような質問にはすぐに慣れて、無難に答えられるようになった。

困ったのは過去に関する質問、特に通っていた高校の名前を聞かれたときには冷や汗が出た。

生まれ育った坂出と池田町は県こそ違え目と鼻の先なので、高校の名前を言うと高原裕貴が男子生徒だったことが何かの拍子に明るみに出るかもしれない。

叔父が上手く割って入り、
「嫁は高校入試に失敗して県外の私立に行ったんですよ。そのころのことは私にもしゃべりたがらなくて。」
と言うと、相手が気を遣って話題を変えた。

私が池田町について殆ど何も知らないことがわかると、こちらから聞かないのに、買い物はどこが安くて便利だとか、お勧めの美容院だとか、色々教えてくれた。

日が暮れるころには、近所の人たちはみんな私を知っている状況になった。

私たちは叔父の行きつけの寿司屋で夕飯をとることにした。

池田町は四国の真ん中の山の中にあるかのようなイメージだが、実は北は瀬戸内海に意外に近く、また高速道路で鳴門市に通じているので海の幸はふんだんに手にはいるとのことだった。

疲れた私が夕食の支度をしなくて済むように気を遣ってくれていることが感じられて嬉しかった。

叔父のすすめに従って中トロと穴子を食べた。赤貝を握ってくれたが、どうしても箸が進まなかった。
「どうした、嫌いなのか。」

「いえ、貝は好きですよ。でも、今朝から10軒近く回って、行く先々でお茶やお菓子が出たでしょう。さっきから胃がチャポチャポしてて、赤貝を見たらお腹がいっぱいになっちゃたんです。」

「そうか。まあ、無理をせんで、食べたいものだけ食べなさい。」
と言うと叔父は私の赤貝をペロリと平らげた。

叔父は上機嫌で寿司を楽しんでいた。

私はそれ以上何か口にすると吐いてしまいそうな気がしたので、時々お茶を飲むでもなく口をつけながら、叔父が寿司を食べるのを見ていた。

「どうぞ、あなた。」
お酒の酌をすると、叔父は心から嬉しそうな笑顔を見せた。

「こんなに穏やかで屈託のない笑顔を満面にたたえた人に出会ったことがあっただろうか。」

この人は私に完全に気を許しているし、包み込むように優しい。離婚手続きに応じる代わりに、一週間だけ奥さんのフリをすることを私に強制しているが、その点を除くと、素晴らしくいい人かも知れない。

東京に出てからの私は孤独だった。

いや、母を亡くしてからの私は、誰に対しても心を開くことを拒否し続けてきたのかも知れない。だから唯一の家族だった義父とも結局心が通じなかったのだろう。

閉ざされた心が解きほぐされたのは、美沙のおかげだったと思う。私は美沙には何でも話すことが出来たし、美沙も同じように心を開いてくれた。私にとって初めての親友で、かつ、お互いに結婚することが自然な成り行きと考えていた。

美沙は美沙なりに優しかったが、叔父が見せている優しさは、美沙とは違った優しさだ。何と言ったらいいのだろうか、肉親の愛情というか、大きな、包み込んでくれるような、暖かさがある。叔父は義父とは血がつながっているが、母の連れ子である私とは血縁は無く、肉親の愛情ということには無理がある。
よく考えれば、叔父にとって私は妻で、これは夫の妻への愛情なのだ。

「うふふ。」
突然可笑しくなって、つい笑ってしまった。

「どうしたんだ。一人で笑ったりして。」
叔父も笑いながら私の目をのぞき込んだ。

「いえ。妻でいるのも悪くないなって思うと、可笑しくなったんです。」
板前が耳を澄ましていることを意識しながら、冗談を言った。

「優しくしてもらえるし、昨日みたいに色々買ってもらえるでしょう。」

「おお、何でも買ってやるぞ。よかった、その気になってくれて。一週間という話は無しにしてくれるか。」
叔父は私の言ったことが冗談であると半分わかりながら、笑顔で応じた。

「ウッソ、でした。」
私は叔父の目をいたずらっぽく覗き込んで笑いながら言った。

「こいつめ。」
叔父も笑いながら言った。

見るからに不自然なカップルである私たちの会話に耳を澄ましていた板前はシチュエーションが飲み込めず混乱しているに違いない。そんな思いが私のいたずら心をかき立てた。

自分がこんなコケティッシュな会話をしかけること自体信じられなかったが、この会話が叔父と私の間の厚い壁のようなものを取り除いてくれた。


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カテゴリー: ユキの場合

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