ユキの場合 第4章 | 性転のへきれき

ユキの場合 第4章

第4章

 

「おはよう、裕貴。晴れてここがお前の家じゃ。」
私はどうすることもできなかった。

「裕貴、お茶入れてくれ。」
叔父は横柄な口調で私に言いつけた。

「なんで僕がそんなことせんといかんの。」

「そうか。言うこと聞けんのか。ほな、出て行ってもらうしかないな。」
叔父は私の弱みを完全に掌握している。言うことを聞くしかない。

「もう一回でも自分のことを僕と言うたら、出て行ってもらうからな。わしの嫁らしい、女らしい敬語でしゃべれ。ええな。」

私は無言できゅうすを探し、お湯を沸かしてお茶をたて、叔父に差し出した。

「何や、これは。黙って差し出されてもしょうもないな。」

「じゃあ、何て言えばいいの。」
私は、女言葉で聞いているつもりで叔父に言った。

「敬語も使えんのなら出て行け。お茶をお召し上がりくださいませとか、自分で考えてみろ。」

「あなた、お茶はいかがですか。」
数秒考えて、精一杯こう言った。

「まあ良かろう。」

「これからちょっと遠方の写真館に行く。嫁をもろうたはずが、結婚式の写真も無いようでは近所の手前話にならん。貸衣装して、ちゃんとした写真を撮ってもろうて、額縁に入れて居間に架けとく。近所の人も誰も疑わんようになること、間違いないだろう。」

「花嫁衣裳を着るってことですか。そんな馬鹿な。絶対に嫌です。」

「ほな、出て行け。」

結局、私は叔父の言うとおり、叔父の運転する車に乗って徳島自動車道から松山自動車道で愛媛県に入ってしばらく行った町にある写真館に行かざるをえなかった。叔父も私も知った人のいない場所で撮影するのが賢明だった。駅前の駐車場に車を止めて、10分ほど歩いてやっと到着したのは、田舎町にしては本格的な写真館で、貸衣装部門が併設されていた。

「ここまで来たら誰にも知られることはなかろう。」

写真館には主人らしい人物が座っていた。
「リハーサルで女装させてきましたが、実は息子が仮装コンクールに出ることになって、花嫁姿の応募写真を撮りたいんですわ。ついでやから、わしも花婿の衣装を着て、結婚写真と、しゃれこみたいんで、よろしくお願いします。」

「仮装の写真を捕りに来られるお客様は時々居られますので安心しておまかせください。」
リハーサルで女装してくるなどという説明が本気にされるはずは無いのだが、写真館の主人はニヤニヤとしたい様子など気配も見せずに答えた。

私はトイレに行かされた後、手際よく衣装部屋に案内され、写真館の主人の奥さんと思われる女性が手際よく採寸し、ウェディングドレスを選んだ。

「きっと、よくお似合いになりますよ。ウェストは少し小さめですけど、コルセットで何センチか締めますから大丈夫ですよ。さあ、この部屋で着替えてください。」

私はパンツだけの素っ裸になり、奥さんから渡されたブラスリップを着た上に、コルセットを着けられた。

「息を大きく吸って、そうそう、そして思いっきり吐いてお腹をできるだけぺちゃんこにしてください。はい、いいですよ。そのまま息を止めて。」
レントゲン技師のような口調でしゃべりながら、奥さんは思いっきりウェストのひもを引っ張った。

「待ってください。息ができません。苦しい。」
私は息絶え絶えに訴えた。

「ダメダメ、自分で息を止めてしまっては。絞めてあるから大きく息は吸えないから、いつもの十分の一の深さで息をするつもりで、小刻みに呼吸したら大丈夫ですよ。」

コルセットはウェスト以外の部分は私にとってはかなり大きめだった。奥さんは手馴れた様子で緩いところにフニャフニャしたゴムの塊のようなものをどんどん詰め込み、最後にその部分の紐をぎゅっと絞めた。

「これを二枚重ねではいてください。」

といって渡されたのは厚手のガードルで、コルセットの上から二枚重ねではくと、ブラスリップの上からわずかに見えていた股の膨らみは全くわからなくなった。

その上から純白のウェディングドレスを着せられたが、矯正されたボディラインに不思議なほどピタリとフィットした。鏡の中を見ると、こわれそうなほど細いウェストの下に純白のスカートが見事に広がっていた。鏡の中の顔を見るのが恐ろしい気もしたが、不思議なことに鏡の中の人物が自分であるという気持ちは全くしなかったので、意外に落ち着いていた。

「今までに来られた仮装のお客様の中で飛びぬけて一番おきれいですよ。というより、ちゃんとお化粧したら、創業以来お撮りした花嫁さんの中で十指に入ると思いますよ。」

そう言われると悪い気はしなかった。

ウェディングドレスを脱いで、隣の部屋で化粧された。多くの人の目に触れるのは嫌だったが、奥さんが自分で全部やってくれたので幾らかほっとした。ヘヤピースを上手く使い、地毛が適度に額を覆うようにされると、首から上が普通の花嫁のようになった。再びウェディングドレスを着てベールをかぶり、白い手袋をして仕上がった。

写場に行くと、叔父が花婿の格好をして待っていた。髪を真っ黒に染めた叔父は元々体格が良いだけに見栄えがして、1時間余り前に見た姿とは別人で、55才といっても通るかもしれないと思った。

「きれいやなあ、裕貴。ほんまにびっくりしたでよ。」

私一人の写真を20ポーズほど撮った後、二人の写真を何枚か撮影した。

「いつ仕上がりますか。」
「特急ですと明後日にできますが、普通料金ですと一週間かかります。」
「普通で結構です。来週受け取りに来ますから。代金は今払います。山田です。」
叔父は嘘の名前を告げた。

「もひとつお願いなんですが、ウェディングドレス以外のおとなしい衣装で、このまま着て帰らせたいんですが、譲っていただけるものはありませんか。そんなに新しくなくても良いのですが。」

「はいはい、帰ってコンクールの練習をされるわけですね。それなら丁度良いのが幾つかありますよ。」

奥さんは私を衣裳部屋に連れて行って、おとなしいワンピースを幾つか着せ、叔父を衣装部屋に呼び入れた。

「今、着てらっしゃる紺が一番お似合いと思います。こちらの赤い方も華やかでお似合いですが、かなり古いものですので。」

「お幾らですか。」
「今、身につけられている下着も入れて、10万円です。後2万円出していただければ、こちらの赤いワンピースと、それにあう靴と、長い髪のウィッグもお付けしますが。」
「ということは全部で20万円ですね。それでお願いします。」

私がウィッグを合わせている間に叔父は支払いを済ませ、赤いワンピースと、写真館まで着てきた服とサンダルを入れた紙袋を持って写真館を出て駐車場に向かった。

写真館で譲り受けた靴は10センチ近いハイヒールで、歩きにくいというよりも、初めは足を踏み出すのも苦痛だった。

「叔父ちゃん、もっとゆっくり歩いてよ。」
私は泣きそうに言った。

「そんな言葉遣いをするんだったら、置いていくぞ。」
何度目かの脅し文句だったが、朝までとは違うやさしい響きがあった。叔父は今の私を明らかに気に入っているようだった。
「あなた、もう少しゆっくり歩いていただけませんか。」
と言い直した。

正直なところ背筋を伸ばして立つことにも苦労するほどだったので、私は叔父の肩に手を回して、ぶらさがるように歩いた。叔父はまんざらでも無い様子で、時々私がつまづきそうになると、私の腰をささえてエスコートしてくれた。

駐車場に着くころには、叔父の肩につかまらなくても、割合普通に歩けるようになっていた。ただ、つま先が痛く、ふらふらだった。

「おなかがすいたなあ。」
朝から殆ど食べていないことに気づいた。

「ここでは顔を売りたくないからだめだ。帰り道でどこかに寄ろう。」

30分ほど車を走らせたあたりに、讃岐うどんの看板をかかげた立派なつくりのレストランがあった。もう午後3時を回っていた。二人とも、讃岐うどんとエビフライ膳のセットを注文した。

久しぶりの讃岐うどんはとても美味しく、東京で食べるうどんとは比較にならないことを実感してうれしくなった。しかし、うどんを半分ほどお腹に入れた時点で満腹になり、それ以上食べられなくなった。コルセットで締め付けているからだろう。

「裕貴、そんなちょっとしか食べんのか。女の胃袋は小さいのう。」
叔父はからかうようにそう言って、私が残したうどんを平らげた。

「それ、口をつけたんですよ。」

「何言うとるねん。夫婦やないか。」
叔父が答えた。

そのとき、お腹がゴロゴロと鳴って、猛烈なさしこみが私を襲った。同時に激しい尿意が持ち上がり、一分と持たないと感じた。私はお腹を押さえながらトイレの表示を求めて歩いた。

赤い女性の形のトイレのマークを目の前にして、身体が硬直した。このドアを開けるのは犯罪行為だ。理屈を超える潜在意識が私を金縛りにした。次の時、お腹がゴロゴロとなって、数秒以内にトイレに行かないと大変なことになる、と感じた。その次の瞬間、私はスカートをたくし上げ、二重にはいたガードルを下ろして便器に腰掛けていた。水のような大便が迸り出たのと、私がブラスリップの下のホックを外すことに成功したのはほぼ同時だった。小便はジョロジョロと出続けた。その時、別の客がトイレのドアを開けて、隣のブースに入ってきたので、あわてて排水のレバーを下げた。それは正解だった。というのは、私の便器の排水が終わって静かになった直後に隣のブースで小便の音が聞こえ始めたからだ。その音は普段自分が便器に腰掛けてする小便とは全く異なっていて、直下型の単調な音だった。もし隣のブースの女性が私の小便の音を聞いていたら、女性でないことがばれて通報されたかもしれない、と冷や汗が出た。隣のブースの女性が出て行った音を確かめてから、服を調えて、トイレを出た。鏡の中には、蒼白になった後で、頬に赤みが戻り始めた若い女性の姿があった。ウェストラインを含めて申し分の無い、かなり美しい女性だ。鏡やガラスに映る自分の姿を見ることには大分なれ始めていたが、まだそれが自分だという実感はなく、夢の中のできごとのような気がしていた。

鏡の中では少し化粧が乱れていた。口紅がまだらになっており、口の周りの化粧がかなり剥がれてしまっている。うどんを食べた後で口の周りを拭いたり、化粧を意識せずに食事をしたからだろう。上下の唇をこすり合わせ、指を少し湿らせて頬から口の周りのまだらになりかけたところを軽くこすった。何とか見られる程度に修復できた。

「長かったなあ。大丈夫か。さっきは血の気が引いたようだったから心配したぞ。」
叔父が心配顔で聞いた。

「ええ。多分、お腹を締め付け過ぎたからだと思いますけど、もう大丈夫と思います。」

「女は不便やのう。」といって叔父は笑う。

「ほな、帰ろうか。高速に乗ったら1時間もかからんから。」

叔父は途中の小さなショッピングセンターで停車して、饅頭を15箱買った。
「近所に挨拶に回るのに手土産が必要やからな。」
といった。

「あのう、お恥ずかしいんですが、買っていただきたいものがあるんですが。」
「なんや。」
「コンパクトです。写真館でしてもらったお化粧が取れてしまって、さっきトイレで指でこすったりして必死で直したんですけど。お化粧って、しょっちゅう気をつけて直さないと、すぐにまだらになるみたいなんです。」
「ほうかほうか。きれいになりたいんやな。女らしくなってくれてわしも嬉しいわ。勿論買うたるで。」
「ありがとうございます。でも、そういうんじゃなくて、こんな格好をして人前に出るのにお化粧なしではばれてしまうような気がするし、お化粧がまだらになった顔を女の人に見られるとすごくみっともないと思うから。」
「言い訳はええから。何でも好きなのを買いなさい。」
叔父は私を化粧品コーナーに連れて行って、自分の好きな女優のポスターを指差して、「これをひと揃い見繕ってくれるか。」と店員に言った。
「はい、かしこまりました。お嬢様へのプレゼントですね。」
「違う。わしの嫁はんや。」
「どうも失礼いたしました。お若くてお美しい奥様でよろしいですね。」
と店員は言って、どぎまぎしている私をいすに座らせ、一通りのデモを施してくれた。
「眉に少し手を入れられると、ずっと楽になると思いますよ。今度お時間のあるときにまたお越しください。」
基礎化粧品とメークのシリーズがセットになって、総額8万円にもなったが、叔父は嫌な顔をせずに払ってくれた。
「サービス期間中ですのでポーチとカラーパレットをお付けしときました。」
化粧品を買ってもらって嬉しく感じる自分が不思議だったが、高いものを買ってもらってなんとなく心がはずんだ。
「あのう、あなた。出かけるときには、化粧品を何かに入れて持ち歩かないといけないでしょう。だから、そのう。」
「ハンドバッグが欲しいんか。わかった、買うたる。」
私は1000円コーナーに積んであるバッグの中から選ぶつもりだったが、叔父は自分でブランド物の真っ赤なバッグを指差し、「これにしとけ、靴と同じ色やし似合うぞ。」と言った。7万円の値札がついている。
「そんな高いものじゃなくて結構です。一週間しか使えないんですから。」
「わしの嫁はんに安物を持たせられるか。恥かかすな。」
と言って、店員を呼んでそのバッグを買ってくれた。
複雑な気持ちで車の助手席に乗った。

叔父の自宅に帰り着いたのは午後4時半だった。
「隣の婆さんには早めに挨拶しといたほうがええな。」

「昨日はバタバタしとってすみません。嫁が帰ってきたんでご挨拶だけさせてもらおうと思うて。」

「家内の裕貴でございます。よろしくお願いいたします。」

「ほんまにお綺麗な垢抜けたお方じゃ。義弘さんにも家宝ものじゃ。今日からずっと一緒に住まれるんですかいのう。」

「いえ、一週間したら東京に戻ります。」

「そんなに短期間しかおられんのですか。」

「嫁にもらうときの条件やから仕方ないんじゃ。大学を出るまでは東京に住ませるということで。」

「今、何年生ですか。」

「3年です。ですから、あと一年あまりは東京住まいです。」
実際の学年を言うと、もうすぐ卒業することが分かってしまうので、一年サバを読んだ。

「どちらの大学ですか。」

「N大学の経済学部です。」

「N大学というと赤城さんの息子さんも行きなさった大学やなあ、義弘さん。」

「もう10年も前のことやがな。」

「今はおなごも経済やら難しい学問を勉強して偉いなあ。近頃の娘さんはお稽古ごととか無理にせんでも嫁に行けてええなあ。」

「何にもわかりませんので、一年あまりして帰ってきたら色々教えてくださいね、お婆ちゃん。」

「はいはい。困ったことがあったら、いつでも相談に来てね。義弘さん、気だてのええ子もろうて良かったなあ。おまけにこんな田舎にはもったいないべっぴんさんで。」

「おおきに。ほな、今日はそろそろ失礼します。」
叔父が上手く切り上げ、私たちは隣家を出て、次の家に挨拶に回った。どの家でも結構立ち入った質問をされて冷や汗をかきそうになった。悪気は無いが、田舎の人たちは暇なだけ詮索好きだ。私の実家について質問が及んだ時は、叔父がうまくはぐらかしてくれた。私の実家がどこだかわかれば狭い世間ではきっと真相にたどり着く人が早晩出てくるに違いない。

4軒目で夕食を勧められたので、何とか断り、今日は4軒で切り上げることにした。


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カテゴリー: ユキの場合

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