ユキの場合 第1章 | 性転のへきれき

ユキの場合 第1章

第1章 発端

プルルルン、プルルルン、プルルルン。

遠くの方で電話が鳴っている。固定電話に着信だ。

プルルルン、プルルルン、プルルルン。

私は心地よい眠りを引きはがされて、半ば無意識で電話機まで這っていく。

「はーい。もしもし。」

「なに寝ぼけてんのよ。携帯にかけても出ないし、何時だと思ってるの。」
受話器から美沙のどなり声が響く。

半分開けた目で時計を見てびっくり。時計は1時を回ったところだ。

「お昼を過ぎてるなんてウソだろ。ごめーん。」

松岡美沙と1時に駅前のサイゼリヤで会う約束をしていたのだ。昨日後期の試験が終わり、悪友たちと明け方まで飲んでいた。再試の呼び出しを受ける可能性も残っているが、基本的にもうこれで学校の試験から一生解放されることになると思うと緊張感がゼロになり、眠りも自然と深くなったのだろう。

「10分以内に来ないと帰るわよ。」
というなり美沙はプチッと電話を切った。

そこらへんに転がっていたジャージーに頭を通し、15秒で顔を洗い、ダウンジャケットを引っかけてアパートを出た。郵便受けに入っていた何通かの封筒を確かめもせずにコートのポケットにねじこむ。

せっせと歩けば間に合うが、美沙は怒ると本当に帰ってしまいかねないので必死で走り、最終通告の期限内にサイゼリヤに着いた。当初の約束の時間からは20分遅れだ。

「ごめんごめん。寝たのが今朝の4時頃だったから。」

「しっかりしなさいよ。もう2か月で就職よ。入社して遅刻ばかりしてたらクビになるわよ。パパの顔に泥を塗らないでね。」

それを言われると弱い。

私は就職が年末まで決まらず、美沙の父親が専務をしているD製薬の追加採用枠で何とかフリーターにならずに済んだのだ。

「コートのポケットから落ちそうになっている封筒、D製薬の封筒じゃない。」
美沙が目ざとく見つけた。

「本当だ。なんだろう。なになに、差出人は人事課長だって。」
開封すると、手紙が一枚入っていた。

「調査の結果、あなたの採用内定を取り消させていただきます、だって。そんなばかな。」

「なんですって、ちょっと貸しなさい。」
美沙が私の手から乱暴に手紙を取り上げた。

「履歴書に不実記載が認められ、と書いてあるわ。どういうことなの。裕貴、いったい何を書いたの。」

「別に変なことは何も書いてないのになあ。どうしたんだろう。小学校の入学年度とか、間違えて書いたのかな。」

「その程度の間違いで採用取り消しになるはずがないでしょ。とにかく人事課長に電話してみなさい。埒があかなかったらパパに相談してあげるから。」

美沙は私から携帯を取り上げて、封筒に印刷されていた代表番号をダイヤルした。

「もしもし、4月入社予定の高原と申しますが、人事課長さまをお願いいたします。」
美沙が私のふりをして勝手にしゃべり、電話が人事課に転送される間に私に携帯を押しつけた。
聞き覚えのある人事課長の声が携帯から聞こえてきた。

「あのう、高原裕貴と申しますが、先ほど採用取り消しという手紙が届きました。何かの間違いじゃないかと思いまして。」

「ああ、君か。採用取り消しじゃなくて、”内定”取り消しだから間違えないようにね。うちは堅い会社だから内定者には一応興信所で調査を入れてるんだがね。君にも色々複雑な事情はあるんだろうが、戸籍を偽っちゃいかんね。」

「戸籍を偽ったりしてませんけど。本籍の番地とか間違えてましたか。」

「履歴には君が今の親御さんと養子縁組する前の、香川県坂出市の住所が書かれていた。」

「すみません。父が亡くなった際に池田町の叔父の方の籍に入ったと聞かされていますが、同じ高原姓なので気に留めてなかったんです。叔父の籍に入ると本籍の住所も変更になるんですか?」

「いや、勿論、君の本籍は池田町に移っているわけだが、そういう問題じゃなくてだね。問題は君が戸籍上は女性だということだ。きっと複雑な事情があるんだろうが、女性ならちゃんと女性とわかるように採用試験を受けてもらわないとね。当社としては内定は取り消さざるを得ない。悪く思わんでくれ。」

「わたしが女性なわけないでしょう。それは何かの間違いです。とにかくこれからお伺いします。」
食い下がろうとしたが、言い終わらないうちに電話を切られてしまった。

隣の席のカップルが好奇の目で私をじろじろ見ている。

「裕貴が女性と言ってるわけ?」

「興信所で調べたら、戸籍では女性だって言うんだ。」

「自分の戸籍を見たことがあるの?」

「大学に入学したときに戸籍抄本を出したような気がするな。間違えて女性と書かれていたら、その時に気がついたはずだよ。」

「住民票を取りに行ったらわかるわ。」

「住民票は移していないから、実家に行かないと取れないよ。坂出市かな?叔父さんの戸籍に入っていると言ってたから池田町かな?池田町なんてメチャメチャ遠いよ。」

「運転免許は持ってないわよね。じゃあ、健康保険証は?」

「見たことないよ。病気したことないから。」

「とにかくパパに電話するわ。D製薬の人事課に行きましょう。」

私たちはサイゼリヤを出て電車で30分のD製薬に行った。美沙の父親は会議中で、私たちが会社の前に来たときにやっと電話が通じた。美沙は父親に事情を話し、私たちは5分ほどして受け付けの女性に松岡専務の客人ということで6階の応接室に通された。

しばらく待たされた後で松岡専務が一人で部屋に入ってきた。

「高原君、困るね。どんな事情があるのか知らないが、どんなつもりで美沙と付き合ってるんだ。美沙は君がいまでも男性だと信じ込んでるんだ。」

「ちょっと待ってください。美沙さんのお父さんまでそんなことを。」

「これを見てから釈明しなさい。」

松岡専務はテーブルの上に興信所の調書を叩きつけるように置いた。

調書にはこう書いてあった。

「調査員が坂出市役所で聞き込んだところ、高原裕貴は2年前に男性から女性に性別を変更し、父親高原保氏の叔父である高原義弘氏(徳島県三好市池田町)の養女となった。その後高原保氏は死亡している。この点は三好市役所で確認した。」

「裕貴、なぜうそをついていたの。」

「うそなんかついてないよ。」

「お父さんの叔父さんの養女になったというのは本当なの。」

「養女じゃなくて養子だろう。父の死後は池田町の叔父さんから仕送りを受けてるよ。父と言っても亡くなった母の再婚相手で、僕のことを大嫌いだったから僕が東京に下宿してから勝手に籍を抜いて池田の叔父さんの子供にしちゃったんじゃないかな。」

「自分が籍を移されたことも知らなかったって言うの?」

「今まで全く知らなかった。本当だよ。」

「女性になったことも知らなかったって言うの?」

「そんなの何かの間違いに決まってるじゃないか。きっと誰かが僕を陥れようとして偽造したんだ。第一、僕が女性に見えるか?」

松岡専務と美沙は黙ったまま私の頭の先からつま先まで視線を走らせて、股間のあたりを透視するように見つめている。

「そりゃそうね。パパ、ちょっと変だと思わない。」

「うん、まあ、華奢な身体だし色白で髪も長いが・・・」

「小さいけど、ちゃんと付いてたわよ。」

「美沙!」
松岡専務が赤面して叫んだ。

私は専務の倍以上真っ赤になった。

「当たり前ですよ。これは何かの間違いに決まってます。」

「しかし、この興信所は信頼できるところだし、高い調査料を払って現地調査させてるんだ。いずれにしてもこれは議論するような問題じゃない。君はどうせ、入社するための必要書類として戸籍謄本と住民票を提出する必要があるんだから、自分で取ってきなさい。」

「はい。自分で行って、ちゃんと証明してきます。」

「わたしも一緒に行ってあげるわ。」

「池田まで一緒に来てくれるの?」

「そりゃそうよ。裕貴が女性だとわかったらわたしにとっても大問題でしょ。それに、もし本当に女性になっていたら、裕貴が申請しても窓口で本人じゃないと言われて戸籍謄本を交付してもらえないと困るから、わたしが裕貴のふりをして申請したげるわ。」

「高原君、わかっとるだろうが。」
松岡専務が恐ろしい目つきで私をにらんだ。
「もし興信所の言う通りの戸籍なら、当社に報告に来る必要はない。それに、美沙には二度と会わんでくれ。」

「パパ、わたしの交友関係に口出ししないでくれる。裕貴が女だったとしても元彼が女友達に変わるだけでしょ。わたしがどんなガールフレンドを持とうがパパに関係ないわよ。」

「むむ、それはそうだが・・・。」

美沙と私は会社を出た。

「先に坂出市役所に行かなくてもいいのかな?」

「でも、裕貴は三好市池田町に養女に入ったんだから、まず三好市役所に行くのが早いと思うわ。」

「養女なんて決めつけるなよ。でも確かに、先に池田に行く方が良さそうだね。叔父さんに会って確かめられるし。」

早速、近くの旅行代理店に行った。

「徳島県の池田町までできるだけ早く行きたいんですけど。」

「今日の夕方の飛行機で徳島まで行って宿泊されるか、今夜品川発の夜行バスだと明朝池田町に到着しますが。」

「直行のバスなんですね。じゃあ、それ二人お願いします。」
美沙は何でもテキパキしていて、こんな時には頼りになる。

「じゃあ、わたしはこれから用があるから、それぞれ旅行の支度をして今晩バス乗り場に集合よ。明日は金曜日だから、場合によったら月曜まで泊まることになるかも知れないから着替えは多めに持ってきなさい。遅れちゃ駄目よ。」

「そっちこそな。」

「ワンピースを一着余分に持っていったげるわ。」

「どうして。」

「裕貴が女性だとわかったら女の子の服に着がえなきゃ。東京に帰ったらわたしのお古を沢山あげるわよ。裕貴の方が小さいから直したら着られるわ。」

「ばか。」

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カテゴリー: ユキの場合

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