性を選ぶ

seiwoerabu桜沢ゆう性転のへきれきシリーズの新作小説「性を選ぶ」が出版されました。

これは、桜沢ゆうが初めて縦書きで出版する小説です。ジャンルとしては一応「サスペンス」です。TSサスペンスというのは珍しいのではないかと思います。

大学生の佑太は子供の時から自分の性の不一致に人知れず悩んでいました。ある日、大学に行った後、自宅の最寄りの駅の改札の出口で、見知らぬ女性と正面衝突し、佑太は床の上に倒れます。

その女性は佑太と同じような背格好でしたが、佑太の性別に関する悩みをその場で見抜き、佑太に驚くべき提案をしたのです。



性を選ぶ

第一章 本当の自分

「ユウ、こっちよ」
モリシアの一階のマクドナルドの前で璃子が手を振っている。秋の朝の風にグレーの長いスカートがふわりと広がって、璃子の長身のシルエットがガラスのドアの前で鮮やかに浮かび上がる。
「素敵なロングのフレアスカートね」
「ミモレ丈なのよ。フィッシュテールだから後ろから見るとロングに見えるけど」
璃子は右手でスカートを持ち上げてその場で一回転した。ため息が出る程素敵だった。
「うらやましいな。私も璃子みたいに背が高かったらAラインのロングのフレアスカートをはけるのに……」
「ユウは百六十三もあるんだから、厚いコルクソールのサンダルを履けばどんなスカートでも似合うわよ。それよりもユウの着ている服の方がずっと可愛いわ。黒のレースのトップスと白地に小さな水玉模様のスカートの組み合わせね。それ、ドッキングワンピなのね?」
「そうよ。先週お母さんに買ってもらったの」

璃子とマクドナルドに入ってソーセージマフィンとコーヒーのコンビを買う。店内にいる男性たちの視線を首筋や膝の裏側に感じる。ピチピチとした二人の女子大生は、こんな視線には慣れっこだ。美しい女の子に生まれた代償なのだから仕方ない。

お昼近くまで璃子とおしゃべりをしてマクドナルドを出る。パルコに向かって歩きながら、璃子とそっと手をつなぐ。
「やめてよ、ユウ。私は背が高くて男っぽいから、ユウみたいな女の子と手をつないでいたらレズだと思われるわ」
「璃子となら女どうしのカップルでもいいなあ……」
夢見るように言うと璃子から満更でもなさそうな口調で「バカねえ」と言われる。

パルコの二階には先週から目を付けていた秋物のワンピースがある。今着ているドッキングワンピースを買ってもらったばかりだからお母さんには頼めないし、お小遣いを全部使ってしまうとスカンピンになってしまう。この世の中には欲しいものが次から次へと出現するので、欲しいものを見つけても我慢する姿勢が大切だ。
時々「もう売り切れちゃったかな」と思いながら店の前を通るとまだ吊るされているのを見つけて小躍りしたくなる。
「これよ、欲しかったワンピは」
「大人っぽいのに可愛いわね。ユウのイメージが変わって大人の女みたいになるかも。試着して私に見せて」
「でも、これを買うとお財布が空っぽになるから我慢してるの」
「とにかく着て見せてよ。さあ、早く」
璃子に急かされてハンガーを手に試着室に入る。着ていたドッキングワンピースの背中のホックを外してファスナーを下げる。肩から外すとワンピースがスルリと足元に落ちる。
「アレッ? これ何?」
胸を見ると黒のブラジャーの中に変な色のゴムのような塊が入っている。これは本物のお乳じゃない!
「まさか……」
黒のショーツを下ろすと、醜い芋虫のようなものがおへその下の方にポロリと垂れ下がった。
「ユウ、もう開けていい?」
璃子にカーテンの間から覗き込まれて、咄嗟に後ろを向いてうずくまった。
「ユウ、何してるのよ?」

どうしよう。僕は女の子じゃなかったんだ……。頭の中が真っ白になり、ダンゴムシの姿勢でうずくまったまま絶望した。

***

「佑太、早く起きなさい。学校に遅れるわよ」
母の声で目を覚ました。首から胸にじっとりと汗がにじんでいる。助かった……。母のお陰で悪夢から救い出された。
僕にとって一番苦しい悪夢だった。普段憧れていたことが実現して幸せの絶頂にいたのに最後にどん底に突き落とされた。最後の部分だけを悪夢と呼ぶべきなのだろうが、夢から覚めた現実の世界の方が僕にとっては本物の悪夢だ。
大学のキャンパスで女子が可愛い服を着ているのを見るたびに「いいなあ」とため息が出る。僕もあんな服が着たいのに、そんなことは許されない。勿論母にも言い出せない。夢想の世界では毎日とっかえひっかえ流行を追いかけて可愛い服で外出し、気の合う友達と女どうしでおしゃべりしている。夢の中にいる時間の方が長いから、現実という悪夢の世界に引き戻されると呆然自失になってしまう。

小さい時から悪夢の中で育った。
二才上の姉と二才下の妹に挟まれて育った僕は、女の子というものを見慣れていた。姉や妹がスカートなのになぜ僕だけがズボンかということについて、子供心に何となくやるせない気持ちを抱いていた記憶はあるが、小学校に上がるまでは深刻な問題とは捉えていなかった。僕は茜沢家でただ一人の男の子として何かにつけて特別扱いされ、顔や性格がきょうだいで一番可愛いと言われて、ちやほやされて育ったからだと思う。
男女とは違うものだと殊更に教えられて不安と焦燥に駆られたのは小学校二、三年の頃だった。それは女子たちが自分が女子であることを意識してプライドを振りかざし始める時期と一致している。
その頃まで僕は自分が男子であることを意識しつつ、クラスの女子たちを姉や妹と同じように対等で近しい存在だと思っていた。しかし、クラスの女子たちから「茜沢君は男子だから」と、一緒に話したり遊んだりする資格が無いような言い方をされるシチュエーションを何度か経験するうちに深い疎外感にさいなまれるようになった。

自分が本当は女の子なのに男に生まれてしまったと明確に認識するようになったのは小学校高学年だった。クラスの女子の胸にツンとした膨らみを見たり、早い子は生理が始まったりして、僕は一生彼女たちのレベルには到達できない劣った存在なのだと思い知らされた。
決定的なショックは声変わりだった。僕の声は今でも男性の中では高い方だが、中学二年で声変わりが始まった頃には親戚の人と会うたびに「佑太は喉が変になった」と揶揄された上で「これからだんだん男らしい身体になる」と予言された。僕にはそれが死刑宣告のように聞こえた。
その時から、既に気づいていても自分自身は気づかないふりをしていた驚愕の事実から目を背けられなくなった。僕の声はどんどん低くなって、顔には髭が生え、いずれ父のようなゴツゴツした大人の男性の身体になるのだということを。

近所にキリスト教の教会があり、そこに行けば助けてもらえるかもしれないと思ったが足を踏み入れる勇気は無かった。僕は誰にも言わずに心の中でキリスト教に改宗し、毎晩寝る前にベッドの横で跪き胸の前で手を組んで「神様、早く僕を女の子にしてください」とお祈りをした。
でも僕の声は神様には届かなかった。

高校時代は、今にも濃い髭が生えてくるのではないか、声がもっと低くなるのではないか、顔や身体の骨格が父のように大きくなるのではないかと恐怖に怯え続けた。背が伸びて父のような大男になったら、僕はもう生きていけないと思った。幸か不幸かきょうだいの中で僕だけが母方の血を継いでしまったようで、身長の伸びは姉と同じ高さで止まり、高二の時に妹に追い越された。幸い、僕は第二次性徴についてはオクテのようで、大学に入学した段階でも「まだ今なら間に合う」という希望を胸に抱き、同時に焦りに圧倒されていた。
僕にとって幸運であり同時に不幸だったことは、僕が内面で極度の苦悩に喘ぎながら、表面上は平静を装えるほどの精神的な強さを持って生まれたということだった。僕は学校でも家でも普通の男子を演じ続けることができた。

母に「僕を女の子にして」と泣きつくことができたら、どんなに楽だっただろう……。それなのに僕はまるで普通の男子であるかのように遊び、勉強し、発言したので、周囲からは普通の男の子として扱われた。高校時代には「彼女」さえ作ってデートさえしたし、大学に入ってからは男子として合コンに参加して、あたかも自分が普通の男性であるかのように演じることが出来た。
僕は女の子としゃべったり遊んだりするのが大好きだ。普通の男子が女子と付き合いたいという気持ちとは相当違っていると思うが、僕の中身は女子なので普通の男子がどう感じているかについては自信が無い。女子となら心を割って話せるし、一緒にいて気持ちが落ち着く。いつも夢に出て来る璃子は僕の高校時代の彼女で今も一番の友達だ。璃子と洋服の話をするのは夢の中だけで、現実世界で会う時には僕は男子のように振舞う。僕が女の子になりたいと焦っていることを璃子は気づいていないと思う。

もし神様が僕の願いを無視し続けるなら、大学に入ったらバイトをして、自分の身体に「必要な措置」を講じようとずっと考えていた。しかしいざ大学生になってみると時々バイトをする勇気はあったが、女性ホルモンの注射をしてもらうためにクリニックに足を踏み入れる勇気は出てこなかった。僕が実行できた最も前向きな対策は女性ホルモンに似た化学構造を持つ大豆イソフラボンを多く含む豆乳、豆腐、納豆などの大豆製品を沢山食べるという程度だった。
このままズルズルと大人になって、三年半後にはどこかの会社に男子社員として就職し、普通にどこかの女性と結婚して、子供を作って父親になり、自分が女性であることを隠したまま死んでいくのではないか? そんな暗澹たる未来が見え始めた。

僕が青天のへきれきに撃たれたのはそんな頃だった。

=========第二章 青天のへきれき

十月十二日の水曜日、早めに大学を出て午後三時半ごろ幕張駅に着いた。ホームから階段を上がって右端の改札機を通ろうとした時、改札の外側に立っている女性と一瞬目が合った。僕と同じぐらいの年令、身長の女性だった。次の瞬間、その女性は僕が通ろうとしている改札機に向かって駆け込んできた。
あっ、ぶつかる! 改札機を出た僕が右に避けようとすると、彼女も同じ方向に避けた。

ガーン。
おでことおでこが正面衝突して目から火花が飛んだ。僕はその場に倒れ込んだ。
頭の中に素晴らしい妄想が花火のように開いた。神様がやっと僕の願いを聞き届けてくれるのだ。頭と頭でガッチンコして、この女性と中身が入れ替わり、目が覚めたら僕の身体は女性になっているだろう。
「女性が倒れているぞ、救急車を呼べ!」
誰かが叫んでいる。年配の男性の声だ。僕はとうとう女性になれたのだ……。生涯で最高の歓喜の中で意識が遠のいた。

***

「あっ、目を開けたぞ」
男性の声が耳に入る。
「大丈夫ですか?」
女性の声で聞かれている。
駅の天井と、僕を覗き込む数人の男女たちの顔が目に入る。バッグを持っていない方の手を胸に当てて自分の胸にふくらみがあることを確認し、思わず頬が緩む。ぶつかった女性は、というか今の僕はスカートをはいている。もしめくれてパンティーが見えていたら恥ずかしいと思って手をスカートへと移動させる。あれっ、ズボンみたいだ。おかしい……。
まさか!
目の前の中央に見えるのはさっきの女性の顔だった。身体を起こして胸から下を見ると、元通りの僕だった。
神様は奇跡を起こしてくれなかったのだ……。
「大丈夫? 指は何本見える?」
彼女は僕の目の前に指を三本立てて見せた。
普段の僕なら「四本」と答えて会話のきっかけにしていたかもしれないが、青天のへきれきが空振りに終わって憔悴しきった僕にそんな元気はなかった。
「三本ですけど、どなたでしたっけ?」
「ただの通りすがりの女よ」
「なあんだ」
自分からぶつかって来ておきながらゴメンも言わないとはフテブテしい人だと思いながら立ち上がり、お尻についた汚れを手でポンポンとはたいた。周囲の野次馬たちは、大した事件に遭遇しなかったことにガッカリしながら散って行った。

「キミは女になりたいのね」
いきなりド真ん中の直球を投げ込まれて僕はオロオロした。母にさえ読まれなかった僕の心の秘密が、どうして初対面のこの人に分かったのだろうか?
「図星だったみたいね」
失敗だった。すぐに否定すべきだった。こんなシチュエーションで黙っているということは認めるのと同じだ。
「ち、違いますよ。でも、どうしてそう思ったんですか?」
「私は人の心が読めるのよ」
「まさか……」
「素直に認めたわね。キミの正直な態度に免じて種明かしをしてあげる。私とぶつかって倒れた時に近くに居たおじいさんが『女性が倒れてる』と叫んだでしょう。あの時、キミはすっごく嬉しそうな顔をしたのよ。それから、目を覚ました時にとても幸せそうに胸に手を持って行った。私とガッチンコして脳みそが入れ替わることを期待していたのよね。私がキミの財布を拾って胸ポケットに戻した時に、わざと立てて入れたのよ。キミは膨らんでいる胸ポケットをオッパイだと誤認して嬉しそうな顔をした。三回もあんなに嬉しそうな顔をしたんだから、99.9%の確率でキミが女になりたいと思っているということを断言できたわけ」
「すごい推理ですね!と言っても、認めたわけじゃないですよ。僕は生まれてこの方、女になりたいなんて思ったことは一度もありませんから」
「意地を張ってもどうにもならないわよ。体型、仕草、表情、それに何よりも目を見れば、キミが女になりたいと願っていることは一目瞭然よ。私には一目で分かったわ。キミの周囲の人たちも、分かっているけど言いづらいから言わないだけよ」
「そんなはずはないです。誰にも一言もしゃべったことはないし、母も知らないんですから」
「やっと完璧に口を割ったわね」
「あっ! いえ、違います。誤解です!」
僕は耳の付け根までゆでだこよりも赤くなった。
「私は別にキミをからかうのが面白くてこんなことを言ってるんじゃないのよ。キミが本当にホンキなら願いを叶えてあげられるから、意向を確認したいだけなの。神様がキミにチャンスを与えようとして、私を使者として遣わせたと思って正直に答えなさい」
「神様からの使いだったんですね。何年も祈り続けた甲斐があった!」
「じゃあ、ついてきなさい、茜沢君」
名乗っていないのに僕を茜沢君と呼んだ。やっぱり彼女は天使だったのだ。

幕張駅の南口から商店街を通り踏み切りを越えた次の道を右斜めに入ってしばらく歩く。彼女はスカートをはいているのに、ややがに股で男性のような歩き方だ。でも天使が羽が生えたように軽やかに「天使でございます」という感じで動けば、見破られはしなくても仕事上マイナスかもしれない。そういう意味では好感が持てる。
「あのう、天使さん。どこに向かってるんでしょうか?」
「私は天使じゃないわよ。羽もはえてないでしょ。涼本美代って名前なんだけど。美代と呼んでいいわよ」
「でも僕の名前を言い当てたじゃないですか」
「キミの財布が落ちたのを拾って胸ポケットに入れたと言ったでしょう。その時に財布の中の学生証を見たのよ」
「なあんだ。これからどこに行くんですか?」
「この路地の奥にある建物よ」

美代は右手に入って路地を進む。突き当りの古いアパート風の建物の階段を二階まで上り、左側奥のドアを開けた。そのアパートにしては広いリビングルームに通された。


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