新作「行方不明」を出版しました(日英TS文庫)

日英TS文庫の新作「行方不明」を出版しました。原作は “Missing in Nepal : Damsel in Distress, by Yu Sakurazawa”です。

コロラド生まれの米国人ルーベン・ヤングは東京の大学に留学中に一人でインド旅行に出かけます。それはデリー2週間というツアーでしたが、ルーベンは2日でデリーの雑踏に嫌気が立ち、バスでカトマンズへの旅行を企てます。生まれ育ったコロラドと共通点のある天空の王国ネパールに憧れを感じたからでした。

三十時間かけてカトマンズに到着しましたが、ルーベンは周囲が自分を見る眼が何となくおかしいことが気になります。

翌日、ホテルで運転手付きの車を手配してもらい、ガイド付きの市内観光に出かけた時、ルーベンの心配が的中することになのでした。



 

行方不明

第一章 ヒマラヤの王国へのバス旅行

三十時間のバス旅行がやっと終わろうとしている。

初めてのインド旅行に「デリー滞在二週間」という格安ツアーを選んだのは失敗だった。東京からの往復航空券と朝食付きのホテル十二泊というフリー・プランだったが、僕は二日間でデリーに飽きてしまった。人力車でオールドデリーの隘路を巡り異国情緒を味わってからデリー市内の観光名所を回ったが、もうこれで十分だという気持ちになった。

コロラドで生まれ育ち日本に留学して東京の大学に進んだ僕にとって、デリーは確かにエキゾチックな街だった。でも、時間が過ぎるにつれ、ここは自分の肌には合わない場所だという気持ちが強くなった。

土色と原色が交錯する色彩感覚、破られることが前提の規則、親切そうな笑顔に混じる意味のない卑屈さ、そして不潔な埃が漂う雑踏……。

何が悪いというのではなかった。渋谷の雑踏と比べて、デリーの混雑が酷いかと聞かれれば、むしろ逆だった。結局僕が耐えられなかったのは不潔さだった。鼻腔や口から肺へと入って来る空気に無数の埃と雑菌が含まれている気がして、ここではもう呼吸したくないという強迫観念に憑りつかれた。

そこで、僕は残りの十日余りをデリーの外で過ごそうと決意した。夕食を済ませた後、ホテルの部屋に戻って、どこに行こうかと考えた。真っ先に頭に浮かんだのがネパールだった。ロッキー山脈の麓で生まれ育った僕にとって、ヒマラヤの王国ネパールは最も親しみやすい場所だと思った。初めから「デリー滞在二週間」ではなく「カトマンズ滞在二週間」という格安ツアーを探せばよかったと思ったが、今となっては後の祭りだった。

デリーからカトマンズに行く方法をスマホで調べた。最も簡単なのは飛行機での往復だが、カトマンズでのホテル代を含めると、懐に余裕がなくなってしまう。

最も安いのはデリーからゴラクプールまで列車で行ってそこからバスに乗り換えて国境の街スナウリに行き、徒歩で国境を越えてからカトマンズ行きのバスに乗るというルートのようだ。しかし、間違えたり騙されたりせずに何度も乗り換えられるかどうか不安だった。

それよりは少し高価だが、デリー発カトマンズ行きの直行バスサービスがあることが判明した。エアコン付きで車内映画も見られる豪華高速バスと書かれていた。僕は翌日の午前七時にデリーのマンジュカティラ駅を出るカトマンズ行きのバスの切符をネットで購入した。

デリーのホテルの宿泊代はツアー料金に含まれておりキャンセルはできないので、荷物の大半は部屋に残し、軽いリュックサックに三日分の着替え、パスポート、スマホと財布だけを入れてカトマンズに行くことにした。

翌朝、僕は市内観光に行くかのような軽装でホテルを出た。フロントで鍵を渡す時に、カトマンズで七、八泊するが、僕の部屋はそのままキープしておくようにと念のために言っておくつもりだったが、フロントには人相の悪い男性従業員が一人立っていただけだったので、何も言わずに鍵をドロップしてホテルを出た。

リクシャでマンジュカティラのバス乗り場に着いたところまでは順調だったが、カトマンズ到着は次の日の午前八時になると知って驚いた。何と二十五時間もバスで揺られることになる。おまけに、高速バスといっても日本で乗ったような豪華バスではなく、薄汚れた粗末なバスだった。

よく調べずに直行バスを選択した自分がバカだったと反省したが覆水盆に返らずだった。直行バスと言っても眠っているところを国境で起こされ、一旦バスを降りてインド出国とネパール入国の手続きをしなければならない。ビザ代として二十五ドルかかったのも誤算だった。

ネパールに入国して心なしか空気が清潔になった気がしてほっとしたが、カトマンズの中心部にさしかかるとバスの外の景色はデリーの雑踏をさらに一回り混とんとさせて、デリーの空気を二回り不潔にしたように思えたので僕はげっそりした。結局二十五時間のはずが三十時間以上かかってカトマンズに着いた時には疲労困憊で足がふらついていた。

それでも奮起して、ハエのようにたかってくる客引きを避けてタクシーに乗りこみ、ドアを閉めるとほっとした。

「タメルのホテル・シヴァまで」
とドライバーに行先を告げた。

デリーのホテルの部屋からエキスペディア経由で予約を入れたのはカトマンズ観光の中心地区であるタメルにある安ホテルだった。ドライバーは小太りの中年男性だったが、ホテル・シヴァという名前を聞いて理解したようだったので安心した。

カトマンズの市内の混雑はバスの中から見るよりもひどかった。こんな道を自動車が通れるのかと思うような場所を、タクシーが人混みをかき分けて進むのにはハラハラして罪悪感を禁じえなかった。ドライバーは好意的な口調でしゃべるのだが、運転席と助手席の間のバックミラーを見るといつも運転手と視線が合った。

「ここはごった返していますが、カトマンズから何キロか出れば美しい自然が見られますよ」
と言われて少しは慰めを感じた。

ホテルに着くまでの約三十分間、ドライバーからずっと観察されている感じがしていた。僕がいつバックミラーを見てもドライバーと視線が合うということは、ドライバーが僕の顔が映る方向にバックミラーを向けて常に見ているということであり、気味が悪かった。

東京の同じ大学の女友達が、タクシーに乗ると運転手にバックミラーでチラチラ見られるのが嫌だと言っていた。男性の運転手が若くて美しい女性客をついチラチラ見てしまうというのは分からないでもないが、ネパールの中年ドライバーが十八才のアメリカ人男性をこんな風に盗み見するというのは、ゲイでない限りあり得ない。アメリカか日本でこのような目に遭ったら、そのドライバーは高い確率でホモだと考えていい。

いや、途上国の素朴な労働者をゲイだと決めつけるのは早計かもしれない。外国人を乗せるのは珍しいことだから、運転手はウキウキした気持ちでついチラチラと視線を走らせているのだ。僕は自分が高慢だったことを反省した。

僕が彼らを見てエキゾチックだと考えるのと同じように彼らは僕を見てエキゾチックと思っているのだ。僕のルーツはフランス人で、日本の血が八分の一混じっている。肌は真っ白で眼は褐色、髪はいわゆる銅色のブロンドだ。日本の血のお陰で肌のきめが細やかで、細身でしなやかな体型だ。アメリカ人の女友達から「ルーベンは小顔で体毛が薄くて、まるで日本女性のようなデリケートな顔だから羨ましい」と言われたことがある。

タクシーは路地のような狭い道へと右折すると、オレンジ色の大きな建物の前で停車した。玄関にチベットの龍が描かれた建物だったが、立派な外観にかかわらず何か胡散臭い感じと悪い予感がした。玄関の周辺に煙草を吸いながらうろついている人が大勢いたからかもしれない。タクシーの運転手に頼んで他のホテルに連れて行ってもらおうかとも思ったが、そうすればキャンセル料を取られるので思いとどまった。

僕はリュックサックを肩にかけてホテルに入った。フロントに立っていた無表情な若い男が予約を確認した。チェックインをしている間、周囲の人からジロジロと見られている気がした。気味が悪くなって振り返ると、僕をここまで乗せてきたドライバーが玄関のところに立って僕を見ていた。ドライバーの左右にも数人の男が立って僕を見ている。ロビーから奥のレストランにかけて、ホテルのスタッフとも外部の人ともつかない多くのネパール人が、僕にじっと視線を凝らしていた。

這うような不気味な視線だった。背筋がぞくっとして、顔から髪の毛の付け根まで真っ赤になるのを感じた。

――僕の顔に何かついているのだろうか……。

チェックインを済ませて鍵を受け取り、周囲の視線を無視して階段へと向かった。軽装で来たのは正解だった。部屋は一階(グラウンドフロアーのひとつ上の階)だが、エレベーターに乗るのは怖い気がした。

階段を半分上ったところで、
「ミスター・ルーベン・ヤング!」
とフロントの男性から大声で呼び止められた。

まだ受付の手続きが残っていたのだろうかと思いながら渋々階段を下りてフロントへと歩いて行った。

僕に声をかけたのはストライプのシャツに黒いズボンの男性だった。

「ディナー?」
とブロークン・イングリッシュで僕に聞いている。

彼の手ぶりから推測すると、これからホテルのレストランで食事をするつもりかどうかと質問しているようだ。

そんな質問のために呼び戻されたと分かって腹が立った。僕は猛烈にお腹が空いていたが「ノー」と答えた。大勢の異様な視線に晒されて食事をする気にはなれなかったからだ。

とにかく一人になりたくて階段を駆け上り、部屋に入ると内側から鍵をかけた。カーテンを閉め、シャワーを浴びると何もせずにベッドに転がってスマホのスイッチを入れた。

デリーのホテルのフロントに何も言わずに出てきたことが気になっていた。メイドがベッドメイキングに来て、僕が何日も部屋に戻っていないと気づいたら荷物を勝手に片づけて部屋を他の客に貸すのではないかと心配だったので、ホテルに電話かメールを入れておこうと思った。

ところがスマホは電話もデータ通信もつながらなかった。東京で「アジア九ヶ国八日間使い放題」というSIMを買ってスマホに挿し込んで来たのだが、バスがデリーを出発した直後からインターネットにつながらなくなっていた。SIMが届いた日にスマホに挿し込んでAPNの設定をした後SIMを抜いたのだが、その日から八日目経過したために期限が切れてしまったのだろうと思い当たった。

フロントに電話して「WIFIの設定を教えて欲しい」と質問したところ「WIFIはありません」というシンプルな答えが返って来た。


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