新作「元祖対本家:深川のロミオとジュリエット」

新作「元祖対本家」(副題:深川のロミオとジュリエット)が出版されました。敵対する本家飯野屋と元祖飯野屋に生まれた二人のラブストーリーです。

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主人公は深川の老舗せんべい屋「本家飯野屋」の長男として生まれ、子供の時から若い衆(わかいし)たちに『坊ちゃん』『七代目』と呼ばれて育った。

同じ深川にある「元祖飯野屋」は分家の飯野紋太が起業し、一代で本家を凌ぐ規模にのし上がったライバル企業だ。元祖飯野屋の後継者は主人公より二才上の飯野呂美男だ。

本家飯野屋と元祖飯野屋の社長はは従兄弟同士だが犬猿の仲で、両家の従業員は冷戦時の米ソのようにお互いを敵視している。

主人公の姉の百合絵は、敵家の呂美男とは高校の同級生だが、誰にも内緒で付き合い始め、親や従業員の目を盗んで逢瀬を重ねていた。

元祖飯野屋の隆盛を尻目に、本家飯野屋の業績は低下し、ある日、主力銀行から本家と元祖を経営統合することが融資継続の条件だと通告される。経営統合というよりも、実質的な吸収合併となり、後継者が呂美男になるのは確実だ。

そうなったら主人公はもう飯野屋にとって不要な人間になってしまうが、姉の百合絵の幸せを祈って、身を引くことを覚悟するのだった。

「元祖対本家」は長編TSエンターテインメント小説です。



元祖対本家

深川のロミオとジュリエット

by 桜沢ゆう

序章

 ステンドグラスを背にして立つ大柄な西洋人の神父さんの慈しみに満ちた低い声が厳おごそかに響いた。

 汝は、この女を妻とし、
 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
 病める時も健すこやかなる時も、
 共に歩み、他の者に依らず、
 死が二人を分かつまで、愛を誓い、
 妻を想い、妻のみに添うことを、
 神聖なる婚姻の契約のもとに、
 誓いますか?

 人生に至高の時間と呼べるものがあるとすれば、今がまさにその時と言えるのだろう。現実世界の波の中を漂い、彷徨さまよってきた魂が安住の地を与えられようとしている。
 本当にそうなのだろうか……。
 僕には神父さんの質問を迷いなく肯定する言葉を、心の底から自分の幸せとして受け入れられるという確信が無い。きっとこれでいいのだろうとは思うし、他に選択肢があるとは思えない。でも、何かが違うのではないかという迷いが心のどこかにくすぶっている……。
 人生にはピークがあると思う。
「我が世の春」とは言い得て妙な言葉だ。葉を落として冬を越した草木が新芽を出し、太陽に向かって青々と身体を伸ばし、花を開き始める。それが春。自分の周囲の全てのものが明るく、夏と秋に向かってキラキラと輝いて見えるはずだ。
 今の僕はそうではない。
 結婚式場はきらびやかで、僕たち二人は大勢の人たちに祝福されて夫婦になろうとしているが、僕はバラ色の人生が花を開こうとしているという気がしない。まだ高校生なのに将来の全ての可能性を捨て去って、型にはまった役割を押し付けられることへの抵抗が拭い去れない。正気の沙汰ではないという気もする。
 でも、これが僕の運命なのだ。多分、そうなのだ。僕が幸せを装えば家族も喜ぶだろうし、そのうちに慣れてくればそこそこ幸せを感じられるようになるかもしれない……。
「誓いますか?」
と神父さんに答えを催促されて、はっと我に返った。
 いけない、大切な宣誓の時に呆然としていては。
 僕は神父さんを見上げて、できるだけ明るい声で「はい、誓います」と答えた。

第一章 人生のピーク

 僕の人生のピークは小学校五、六年の頃だったと思う。あの頃「我が世の春」という言葉は僕の語彙ごいには存在しなかったが、何もかもが順風満帆で、僕はスターだった。
 僕の名前は飯野樹里。深川の煎餅屋せんべいや老舗、飯野屋の六代目飯野荷風の長男として生まれた。二才上に姉がいて、僕は末っ子かつ本家飯野屋の跡取り息子として、家族や従業員からの寵愛と「七代目」としての敬意を欲しいままにして育った。
 従業員たちからは「坊ちゃん」あるいは「若」と呼ばれ、近所の悪ガキや不良っぽいグループも僕は全然怖くなかった。どんな不良少年でも一目見て震え上がりそうな若い衆わかいしが家に居て、僕が困ったらいつでも馳せ参じてくれるからだ。
 そして僕には自慢の姉が居た。従業員たちから「姫」と呼ばれる、飯野百合絵だ。僕が小五になったときに深川女子大付属中学に進学した百合絵は、深川小町と評判の高い美少女だった。悪ガキや不良少年でも美しい女性への敬意と憧れは僕たちと変わらないらしく、わざわざ飯野百合絵の弟が嫌がることをしかけてくる男子はいない。
 小五の年の隅田川花火大会の夕方、忘れられない思い出がある。家から徒歩数分の川べりを歩いていると、大人のような身体の中学生に「おい、飯野」と呼び止められて、路地に引き込まれた。ある意味で、人生最大の窮地に立たされた気がして、生命の危険を感じた。
「俺は飯野が好きだ!」
 僕の呼吸が止まった。どうしよう。僕は男なのに、デカくて怖い男に今にもキスされそうだった。
「飯野百合絵を愛している。お前の姉さんにそう伝えてくれ!」
「わ、わ、分かりました」
 僕が答えると、その中学生は僕を路地に残して駆け去った。
 僕は安堵のため息をついた。告白されたのは始めてだった。「俺は飯野が好きだ」と言われた時にはどうなるかと思ったが「飯野百合絵を愛している」と聞いてほっとした。
 家に帰って姉に報告すると、姉から「その子の名前は?」と聞かれた。僕はその時、告白者が自分の名前を名乗らなかったことに気づいた。
「こんなに背が高くて怖い顔をしている中学生だった」
と僕は背伸びして右手でその中学生の身長を示した。
「それだけじゃあ分からないわ。そのくらいの身長の男の子は沢山いるもの」
 姉はそれ以上、その男子が誰かを特定するための質問をしなかった。姉は告白されることに慣れていて、その中学生が誰であろうとどうでもいいし、直接自分に告白せずに夜道で弟に伝言を依頼するような弱虫には興味が無いのだ。
 後から知ったことだが親戚の飯野呂美男もそのころから百合絵のファンの一人だったらしい。呂美男は姉と同い年で、小学校の校区は違うが、深川女子大付属中学に進学して姉と同級生になった。父は呂美男のことをせせら笑った。
「紋太の息子は男のくせして女子大の付属中学に入りやがった。女々しい野郎だ」
 そして父は僕の方を向いて言った。
「樹里は女子大付中なんかに行くことはないぞ」
 きっと父は、二年後の僕の成績が女子大付中に届かないと予測した上で、元祖飯野屋への対抗策として発言したのだと思う。
 呂美男とは親戚なのに、ほとんど話をしたことが無かった。呂美男の父親の飯野紋太は「元祖飯野屋」の当主であり、本家飯野屋の六代目である僕の父とは犬猿の仲だった。父から聞いた話によると、飯野紋太は父の叔母が子宝に恵まれず、どこの馬の骨か分からない貧しい子供を養子にしたので、父の従弟だが血のつながりは無いとのことだった。飯野屋で丁稚奉公していた紋太は僕の祖父である五代目が亡くなったときに、誰の許可も得ずに「元祖飯野屋」を深川で開業したという。
 皮肉なことに元祖飯野屋は商売繁盛して本家を凌ぐほどの規模になってきたので、父はライバルの紋太が益々嫌いになったというわけだ。
 僕が小学校六年になった頃、本家飯野屋と元祖飯野屋は勢力が拮抗していたようだった。縁日の思い出だが、僕が若い衆わかいしを従えて歩いていると、呂美男が元祖飯野屋のハッピを着た若い衆わかいしに囲まれて歩いて来るのと鉢合せになった。若い衆わかいしたちが仁王立ちして睨み合い、僕はその真ん中で腕組みをして、できるだけ怖い顔で呂美男と向き合った。
 僕より二才年上の呂美男は中学二年生で、大人並みの身長になっていたので、若い衆わかいしに囲まれた姿が様になっていた。呂美男は腕組みもせず涼しい顔で僕を見ていたが、しばらくすると威勢のいい若人わこうどの声で爽さわやかに言った。
「行くよ!」
 その声で元祖飯野屋の若い衆わかいしの緊張が溶けて「へいっ!」と言う声とともに歩き始め、元祖と本家の集団は何事もなくすれ違った。
 負けた。本家飯野屋の完敗だった。うちの若い衆わかいしたちもそう感じたに違いない。僕はクラスで小さい方から四番目で、華奢きゃしゃな体格だった。顔が姉と似ていることが自慢だったが、泣くたびに若い衆わかいしから「妹姫いもうとひめ」と言われて揶揄やゆされるのが常だった。「坊ちゃん」として愛されるためには可愛い男の子というだけで良かったが、もう元祖飯野屋の二代目は「坊ちゃん」の域を卒業して颯爽さっそうとした若旦那になっていた。
「二、三年も経ったら坊ちゃんもあんな風になりまさあ」
と若い衆わかいしに慰めの言葉をかけられ、僕は七代目としての責任を痛感した。
 そのあたりから、僕の人生は下り坂に差し掛かったのではないかと思う。
 父が推測した通り、僕は女子大付中には合格しなかった。呂美男の妹で僕と同学年の美香は女子大付中に進学し、呂美男、美香、僕の姉の百合絵の三人が女子大付中、僕だけが近所の中学に進んだ。本家飯野屋の七代目が、元祖飯野屋の若旦那に敵わないのではないかという疑いを、若い衆わかいしが抱き始めても仕方が無いと思うと悲しかった。
 父の推測は当たったわけだが、若い衆わかいしたちの「二、三年経ったら」という推測は当たらなかった。僕は中学二、三年になっても声変わりせず、父より背が低いままで、中二で向き合ったときの呂美男のような颯爽とした「若旦那」にはならなかった。
 呂美男の父は180センチの巨漢だが、僕の父は158センチしかなく、それだけでも本家飯野屋の若い衆わかいしは元祖飯野屋の若い衆わかいしに対して分が悪かった。将来代替わりして、呂美男と僕が元祖と本家を継いでも、状況に変化は無さそうだった。
 僕は父のようなチビの大人になるのだろうか……。僕の人生はまっしぐらに下降するのだろうかと思うと生きていくのがいやになった。小学校の時はクラスの人気者だったが、中学に入ると段々モテなくなった。チビだし、大人しい僕は友達の間でも目立たなかった。
 家業が振るわないことも、家のムードに微妙な影を落としていた。僕が小さい時には、元祖飯野屋は亜流であり、深川の人たちにとっては父の飯野屋こそが本流だった。僕が中学に入ったころには元祖と本家の勢いは逆転していた。
 今も忘れない悔しい思い出がある。中三の四月のある日、同じクラスになった山崎という男子から昼休みに言われた。
「お前の家は元祖飯野屋のパチモンを作っているらしいな」
 僕はそう言われて頭に血が上った。
「バカヤロウ、パチモンはあっちの方だ! 飯野屋の先代が亡くなった時に従業員が許可なしに店を出したのが元祖飯野屋だ。僕のお父さんが六代目として飯野屋を継いだんだ」
「そんなに怒ることないじゃないか。元祖だか本家だか知らないけど、元祖と書いてある方が美味しいと親戚のおばさんが言っていたから、元祖が本物で、元祖がついていない方がパチモンだと思っただけだよ」
 山崎に悪気が無いことが分かったので、僕は山崎を許してやった。
 その時の悔しさがバネになって、僕はナニクソと勉強し始めた。家業が元祖飯野屋に押され気味だということは僕もそれとなく感じていた。大人になったらいずれは僕が跡を継ぐことになる。このままだと、低能でチビの七代目が飯野屋を継ぐことになり、家族も従業員もますますパチモン呼ばわりされて、悲しい思いをすることになるだろう。見かけは貧弱でも勉強は呂美男に負けないように頑張ろう!
 それまで嫌いだった勉強が苦にならなくなり、試験の成績が上がり始めた。秋になって全国模試で上位に入った時には、父がその結果を従業員にも見せびらかした。
 その勢いのまま、僕は深川女子大付属高校の入試に奇跡的に合格し、呂美男、百合絵、美香と同じ高校に行くことになった。
 不思議なことに、勉強を頑張っているうちに背も伸びていて、高校入学時の身体測定では姉の百合絵と同じ百六十二センチになっていた。父は息子と娘に身長を追い越されて悔しいだろうと思っていたが、それどころか、会う人ごとに「息子と娘が自分より大きくなった」と自慢しているのを聞いて、親とはおかしなものだと思った。


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