新作「スカート男子プロジェクト」が出版されました

性転のへきれきシリーズ新作「スカート男子プロジェクト」が出版されました。

「スカート男子プロジェクト」の主人公は観音寺海里(かいり)という名前の男子大学生です。幕張新都心にある大学のポルトガル語学科の一年生ですが、ファッション研究会という部活に入っています。

五月の連休明けのある日、海里は通学路の公園で、自転車を押して歩いている二十歳前後の男性とすれ違います。その男性がスカートをはいていることに気づいて仰天した海里は、ファッション研究会の人たちにビッグニュースとして話をします。

その時には、スカート男子との遭遇が海里の大学生活に深刻な影響を及ぼすとは予想もしていませんでした……。



スカート男子プロジェクト

by 桜沢ゆう

第一章 スカート男子との遭遇

 ゴールデンウィークが明けて二日目の火曜日、爽やかな朝の光に桜並木の薄緑の葉が透けて見える朝だった。一昨日までの東北旅行で見慣れた満開の桜並木との格差が今更のように感じられて、南北に長い日本の四季の移ろいが色とりどりであることに思いを馳せた。

 人間も日本の自然と同じく色とりどりだと実感する出来事があった。毎朝通学のために通る香住公園で、僕は驚くべき人物とすれ違った。それは二十才前後のやや大柄な男性で、オシャレっ気が皆無のショートヘアに黒縁の眼鏡、トレーナーのジャケットに紺のショートパンツをはいているように見えたのだが、近づくとショートパンツではなく、高校の制服のようなプリーツスカートをはいていた。それも、パンツが見えそうなほど短いスカートだった。

 スカート男子だ!

 僕は凍り付いた。もし彼がスリムで色白で身のこなしが柔らかだったら「アッチ系の人か」で済んだはずだったが、全くそういう気配はなく、どちらかと言えばダサイ、ごく普通の学生風の男だった。

 言わば最もスカートに似つかわしくないタイプの男性だったのに、何故か全く不自然さを感じさせなかった。ショートパンツではなくミニのプリーツスカートだと分かったのは、彼が歩くと裾が左右に揺れたからだった。

 僕はポケモンGOをしながら歩いており、すれ違ってからスマホのカメラを立ち上げようとしたが、丁度たまごが孵化したためアプリの切り替えに手間取り、後姿を写真に収めることはできなかった。後で考えると、もしシャッターを切ってシャッター音に気付いた彼が振り返ったら非常に気まずいことになっていたはずだった。写真を撮れなくてよかったと思った。

 早く誰かに話したくてたまらなかった。三十分ほどで大学に到着し、友達を探したが、そのビッグニュースを分かち合えそうな友達は見当たらなかった。

 僕は海浜幕張にある大学の外国語学部の学生だ。四月に入学したばかりで、連休を除くと、まだ三週間そこそこの大学生活しか経験していない。第三志望の大学だったが、入ってみると自由で風通しの良い校風で、外国からの留学生も大勢いて国際的な雰囲気がとても気に入っている。大きな声では言いたくないが男女比率が一対三で圧倒的に女子が多く、何かにつけてチヤホヤされて居心地が良かった。

 入学直後に様々な部活の入部勧誘を受けたが、その中で一番美人が多い印象を受けたファッション研究会に入部した。特にファッションに興味があるわけではなく、僕の頭の中では女子との楽しい交流の場という位置づけだった。

 昼休みに弁当を買ってファッション研究会の部室に行った。部室には親友の砂川康太を含む七、八人がたむろしていたが、砂川は三人の女子に取り囲まれて話に夢中のようだったので、一人で座って弁当を食べていた部長の須黒珠樹に話しかけた。

「須黒部長、聞いてください。今朝、香住公園でスカートをはいている学生風の男とすれ違ったんですよ!」

「ほおーっ、それは興味深い。オカマの朝帰りとすれば、幕張方面で男と一夜を過ごしたオカマが、習志野方面の自宅に帰宅するところだったと考えられるわね」

「もっと真面目に聞いてくださいよ。女性的な感じが全く無いごく普通のがっしりした男性がスカートをはいて歩いていたんです」

「スカートといってもいろいろあるけど、どんなスカートだった?」

「女子中の制服みたいな、紺のプリーツスカートでした。長さはこのぐらいしかないミニでした」
 僕は自分の股の十センチほど下を手で示した。

「制服みたいなスカートということは細かいプリーツじゃなくて、幅がやや広いプリーツということね」

「ええ、プリーツの幅は七、八センチぐらいだったでしょうか」

「実に興味深いわ!」

「本人の顔に後ろめたい表情や恥ずかしそうな様子は全くなくて、かといって自慢げでもなく、非常に自然な感じだったので圧倒されました。『たまたま今日はショートパンツの代わりにミニのプリーツスカートをはいてきた』って感じだったんです」

「ついにその時が来たのかな……」

「その時が来たってどういう意味ですか?」

「近代ファッション史において、男性のスカート着用の素地は今から五十年以上前に始まったのよ。一九六〇年代に流行したヒッピースタイルを含むユニセックスは反戦運動と絡んで爆発的に広まって、男性のロングヘアが当たり前のファッションになった。それが第一波と言えるかな。一九八〇年代には欧米の男性ポップスターがスカート・スタイルを確立したけれど、少数の男性にしか広まらなかった。日本では一九九〇年代後半にメンズ・スカートを実践する男性が出現して、少数派ファッションとして定着してきた。私はそろそろ爆発してもおかしくない頃だと思っていたのよ」

「そう言えば、以前セーラー服オジサンが駅前に出現すると話題になったことがありましたよね」

「それはちょっと違うわ。中年男性がJC・JK用のセーラー服を着るのは単なる女装、多くの場合変態性の異性装よ。私が話題にしているのは、男性装のひとつの選択肢としてスカートが流行する可能性があると言うことよ」

「最近よく話題に出るLGBTも関係するんでしょうか?」

「うーん……、それは微妙ね。MTFのトランスジェンダーが女性の服を着ることは当然だというのがLGBTの立場よ。でもそれは女性が女装をするのと同じであって、自己表現としてのファッションとは趣が違うんじゃないかな。まあ、自由な自己表現が可能になることはファッションの基本だから。セクシュアルマイノリティーの人たちが自分が認識する性別に応じたファッションで自己表現をすることも、私たちの話題に含めてもいいという気はするけど」

「男性だからズボンが当然、女性だからスカートが基本、というような固定観念を排除することで、幅広い自己表現が可能になるわけですね」

「そうね。ファッション研究会としては、時代の潮流をいち早く感じ取って、大学の内外に発信したいところよね。男性のスカート・ファッションについては、男性らしさの表現としてスカートという選択肢を提供することと、固定的な性別概念を打破する手段として男性にもいわゆるフェミニニティーを許容するということの、二つの側面を意識する必要があると思うわ」

 部長と僕の会話は部室に居た部員たちの興味を引いたらしく、気づかないうちに数人の部員に取り囲まれていた。

「学園祭のテーマにすればいいかもしれませんね。ファッション研究会の去年までの出し物は女性ファッションが中心でしたが、スカート男子をテーマにすれば男女両方の学生が興味を持つでしょうね」

「スカート男子のファッションショーをやりましょうよ。学内で募集して、自薦・他薦のモデルを出演させましょう」

「マッチョな男性がスコットランドのキルトをはいてステージに立てばカッコいいでしょうね」

「スリムでスポーティーなイケメン男性が、上はセーター、下はブルー系のミニのプリーツスカートというのもいいですね」

「フェミニンな草食スカート男子も含めましょうよ。同時に、女性モデルにはスポーティ路線とフェミニン路線の両方を着せて、男女ごちゃ混ぜの舞台にすれば、性別の制約のない世界を表現するファッションショーになるんじゃないですか?」

「それ、グッドアイデアね」

「今から大学内でコンセプトの発信を開始すれば、秋までには相当な認識が広がって、ひょっとしたら流行になるかもしれない。インパクトのある話題だから、新聞、雑誌やテレビに取り上げられて注目を集めることも期待できる」

 部長と女子部員三人からどんどんアイデアや意見が出された。僕は今朝見た驚きの見聞をとにかく誰かにしゃべりたかっただけだが、その相手として部長を選んだことを後悔した。ファッション研究会の学園祭のテーマとしてスカート男子のファッションショーが提案される結果になるとは予想外の展開だった。

 他の男子部員も迷惑そうな表情をして沈黙を保っていた。僕を含む男子部員が元々女子学生のために作られたファッション研究会に入部したのは、女性のファッションに対する知識や感度を高めることによって女性から見て好感度の高い男性になりたかったことと、単純に女子の多い部に入ってハーレム的な環境を味わいたかったからだ。男性のスカートファッションに関わるつもりなどこれっぽっちも無かったし、百歩譲って大学内でモデルを募集してファッションショーを主催することに協力するのは仕方ないが、何かのとばっちりで「お前もモデルをやれ」と言われたらどうしようという恐怖心があった。しばらく部室には来ない方が賢明かもしれない。

「じゃあ、木曜日の定例部会で話し合って具体的なプランを決めましょう。私からメールを流しておくけど、男子部員には全員出席するように念を押しておかなくちゃ」

 さらに、部長は僕たち男子部員を見回して付け加えた。
「君たちも必ず出席してね。部会をずる休みした男子部員には欠席裁判でモデル役を割り当てるわよ」

 さすが部長。僕たちの考えていることはお見通しなのだ。

 午後の講義は砂川康太と一緒だった。砂川は受験番号が僕のすぐ後で、受験当日に何度か言葉を交わし、四月一日の入学式の日に再開して仲良くなった。お互いに何となく居心地の良さを感じる相手で、ファッション研究会にもお互いに誘い合って一緒に入部した。

「部長に話したのはまずかったかもな。ファッションショーの出演者を募集して応募者が出てくればいいが、もし誰も応募してこなかったら、必ず俺たちにお鉢が回って来るぞ。俺、人前でスカートをはかされるのは絶対にイヤだから」

「今朝の出来事を砂川君に話そうと思っていたら、女の子たちと話し込んでいたから、暇そうにしていた須黒部長に話しかけてしまったんだ。失敗だったなあ……」

「どちらにしても観音寺は言い出しっぺだから責任を取らされるよ。上級生の女子から見て観音寺はスカートが似合いそうに見えるから、お前が逃れられないことは百パーセント確定だな」

「やめてくれよ! 僕が女装した写真がミスターK大ビューティコンテストの参加者とか書かれてネットに流れでもしたら、僕が十八年間積み上げてきたクリーンなイメージが台無しになる。もし中学や高校の友達からオカマ呼ばわりされることになったら、僕はどうすればいいんだ? 結婚できなくなるよ」

「そんなに大げさに考えることじゃないさ。観音寺がどうしてもイヤだと言って断れば、部長たちも無理強いはしないだろう」

「そりゃそうだね。部長たちがスカート男子のファッションショーとか言って宣伝しても、結局は白い目で見られてギブアップする可能性の方が高いよね。その時点で普通のファッションショーに衣替えをすればいいんだ」

 冷静になって考えると実現性が低い話に思えてきた。木曜日の定例部会でも冷ややかな意見が出るだろうと思ったので、さほど心配はしていなかった。


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