採用面接(性転のへきれきシリーズ新作)

性転のへきれきシリーズ新作「採用面接」が出版されました。オフィスものでリアル系のTSエンターテインメント長編小説(15万6千文字)です。

主人公は二十六才の佐倉恵斗という商社マンです。恵斗は新入社員の時に海外研修生としてをニューヨークでの勤務を経験し、次回は正式の駐在員としてニューヨークで働きたいと熱望しています。しかし、研修から帰国後は国内関係中心のグループに回されて、いつになったら海外に出られるのかと焦る毎日です。

そんな時、取引先の企業がニューヨークの企業を買収し幹部としての派遣要員を募集中とのことで、誘いを受けた恵斗は喜び勇んで転職を決意します。

恵斗は大学三、四年の就活で圧迫面接を含む理不尽な採用面接を経験しており、採用面接は苦手なのですが、この小説の中で恵斗は四度にわたる採用面接を経験することになります。そのうちの一度は採用側の立場での面接です。四度の面接は恵斗が予想すらしなかったほどの絶頂とどん底をもたらします。怒涛のように押し寄せる幾多の困難が恵斗を打ちのめすのですが……



採用面接

by 桜沢ゆう

 

第一章 スカウト

 僕は採用面接が大きらいだ。

 採用面接というものは得てして一方的で、不愉快なものだ。採用する側は大勢と面接してその中から少人数を選べばよい。本来、百人の候補者の中から十人の人材を選ぶのなら、良い点に着目して才能、魅力、将来性が特に輝いている人を選ぶべきなのに、日本人の傾向として減点主義に陥りがちであり、悪い点を見つけて候補者数を減らそうという姿勢で面接が行われることが多い。

 極端な例として圧迫面接がある。面接官が意図的に意地悪な発言や批判、質問をぶつける面接のことだ。相手を理不尽で威圧的な状況に置いて、答えにくい質問を浴びせかけることによって、どんな対応をするかを観察するという手法だ。僕も大学四年の就活で一度だけ圧迫面接を受けた経験があるが、その時には面接官の失礼な言葉を聞いて頭に血が上り、血管が破裂しそうになった。

 「礼儀をわきまえない社風の会社に就職するつもりはありません」
と席を立って帰ろうかと思ったが、実際には足がすくんで、しどろもどろの返事が口から出て来ただけで面接が終わった。後日不採用の通知が届いた時の、ほっとした気持ちが記憶に残っている。僕は威圧的な状況に置かれるのが不得手だ。

 その会社は極端な例かもしれないが、他の会社に就活に行った時の面談も、概して上から目線で一方的なものだった。

 唯一の例外が大手商社のS社だった。面接官は三十才前後の女性だったが、僕は不思議にリラックスして受け答えすることができた。彼女は最初から対等の視線で僕を見て、友達のように話してくれた。僕のどんな点が気に入られたのかは不明だが、その日のうちに部長面接、翌週に役員面接と進んで内定をもらうことができた。

 僕はS社に就職し、入社半年後に海外研修生に選ばれてニューヨークに派遣された。海外研修生というのは「見習い駐在員」のようなもので、駐在員から言いつけられる雑用を通じて営業だけでなく経理、財務、法務、人事、運輸、保険、審査など幅広い実務知識をOJTで学ぶことができる。管理部門は現地スタッフの比率が高いので、管理部門相手の雑用が多い研修生は常に英語を学べる環境に置かれるのだ。

 火曜日と木曜日の午後三時から一時間、同じビルにある英会話教室の個人レッスンに通わせてくれたが、それは発音の矯正や英語らしい言い回しの習得が目的だった。僕は耳は良い方で、英語の発音にも自信があったが、英会話教室に行った初日に「あなたはyearとearの発音が同じだ」と指摘されて面食らった。どちらも「イーア」と発音すると思い込んでいたからだ。先生がyearとearを何度も発音し、その日のレッスンが終わる時には先生の言うyearとearを聞き分けられるようになった。

 駐在員として派遣されている中堅社員たちは、マネージャー的な仕事をしている。米国法人の従業員の半数は補佐的な業務に従事しており、駐在員たちは上から目線で米国人と接する機会が多い。「研修生」は英語で言うとtrainee、すなわちtrainされる立場という意味であり、秘書やアシスタントから見て自分より同等かそれ以下の存在だ。おかげで僕は駐在員が経験することのない「普通のアメリカ人従業員」の立場で一般従業員と親密な関係を築くことが出来た。

 僕は特に秘書の女性たちからの受けが良く、自分の部の秘書だけでなく、会社中の秘書たちと気軽に声を掛け合える関係になった。一年の研修期間を終えた時はニューヨークを離れることが本当に辛かった。秘書たちから「一日も早く駐在員としてニューヨークにカムバックするのを待っているわ」と言われて涙の別れをした。

「いつか絶対にニューヨーク駐在員になろう」と心に決めて帰国したが、半年後の組織改編の際に、僕は国内市場が主体のグループに配置転換になってしまった。仕事はそれなりに楽しかったのだが、早くニューヨークで働きたいという強い思いが日増しに高まった。半年ごとの考課面接や人事関係の調査書などの機会があるたびに、ニューヨークで働きたいという希望を訴えたが、僕の願いが聞き届けられそうな気配は全くなかった。

 転機が訪れたのは入社して四年半近くが過ぎたころだった。取引先の透華という化粧品メーカーの購買部長が社長のお供で米国出張することになり、僕が担当している原料メーカーの工場の訪問が予定に含まれることになった。僕は上司からその出張に同行するよう命令され、念願の米国出張の機会を得た。

 透華は創業者の武藤社長のオーナー会社で、上場間近の優良企業だ。武藤社長は自身がCMにも出演する美しい女性で、五十代半ばにもかかわらず、潤子という名前に相応しい潤いのある肌をしていた。購買部長の山村啓子はアラフォーで、武藤社長のお供という大役に緊張していた。二人とも英語の読み書きは出来るが、英会話はごく初歩的なレベルだった。僕は通訳として大いに頼りにされ、出張を通じて二人の重要人物と親しくなることが出来た。

「佐倉君を見ていると透華を設立したころの自分を思い出すわ。目が新しいものを探し求めてキラキラと輝いている。佐倉君は入社五年目だから二十六才かな?」

「はい、三月に二十六になりました。二十六才の武藤社長ってどんなにおきれいだったのか、想像するだけでもワクワクします。透華という社名は当時の武藤社長の透き通る花びらのようなお肌からの連想だったんですか?」

「佐倉君に言われると、そんなお世辞でも嫌味な感じがしないわ」

「お世辞じゃありません。今、本当にそう思ったんです」

「ありがとう。でも、当時の私はスキンケアなんて眼中にないほど働きづめで仕事に夢中だったから、透き通る花びらどころか、潤子という名前を書くのが恥ずかしいほど潤いのない肌だった。私は二十六になるまで商社でOLをしていたんだけど、上司に連れられて香港の展示会に行った時に透き通る花びらのような肌の若い女性を大勢見てショックを受けたのよ。会社を作った時には透き通った花びらという意味の『透花弁』という社名を思いついたんだけど、母から『お弁当屋さんみたい』と言われたから透華にしたの」

 僕は「お弁当屋さんみたい」というのが可笑しくて、クククッと笑った。

「透華と聞いて肌のことだと連想できる男性は稀だわ。佐倉君は良い感性を持ってるわね。化粧品に興味はあるの?」

「化粧品原料の営業を担当していますから、一応興味はありますけど、自分で使うのはヘアジェルだけです。セリアでCRESTという百円のヘアジェルを半年ごとに一本買うだけですから、一ヶ月の化粧品代は十八円ってところです」

「まあ、ひどい」

「ヘアカットもセリアで買った散髪用のはさみで自分でやっていますから、美容のために使ったお金は過去一年間で三百二十四円です」

「ホームレス並みのビューティーケア予算ね! それなのに佐倉君はとても美しい。うちの美容液を使えば、潤いのある、透き通った花びらのような肌になるわよ」

 毎日英語力を見せつけた結果だろうが、武藤社長の言葉の端々に僕に対する敬意が感じられる。お互いに敬意がある状況での会話は心地よいものだった。武藤社長は肉料理が好きで、夕食はナパ・バレーの赤ワインとカンザス産のWagyuビーフをご馳走してもらった。

 武藤社長は通常だとうちの会社の役員と一緒に年始の挨拶にでも行かない限り近くで見ることすらできないレベルのVIPだ。僕の年令でそんなセレブな女性と親しく接することが出来たのは、海外出張による役得だった。年齢的には母より少し上だが、姉のように感じられる女性だった。

 出張から帰った翌週、購買部の山村部長から電話があった。武藤社長が出張のお礼に一席設けたいと言っているとのことで、翌日の夕方の都合を聞かれた。

「本部長の都合をチェックして折り返しお電話します」

「そういう趣旨の誘いじゃないの。佐倉君一人をご指名よ」

「僕でよろしければ、いつでもOKです」

 翌日金曜日の六時半に赤坂の料亭に来るようにと言われた。

 それはうちの会社だと部長クラスでも気軽には使えないクラスの高級な料亭だった。翌日、僕は買ったばかりのスーツ、新しいカッターシャツと下着を持って出社し、夕方会議室で着替えて、赤坂の料亭に出向いた。

 先方は武藤社長と山村部長の二人だろうと想定していたが、武藤社長一人が部屋で待っていた。出張で親しくなったはずの相手だったが、僕の緊張は一気にピークに達した。

「どうしたの? すごく緊張してるみたいだけど」

「僕みたいなペッぺーが、武藤社長のようなセレブな方と一対一でご一緒するとは思っていませんでしたので……」

「アメリカではリラックスしていたのに」

「日本に帰ると、格が違いますから」

「心配しなくても取って食べたりはしないわよ」

 気品と重みが感じられる和室だった。床の間を背にして僕と向かい合う武藤社長の肌の白さを実感して、頬が紅潮した。

 仲居が入って来た。酌をされて食事が始まった。

「清潔感にあふれた服装ね。ひょっとして私に会うために、夕方カッターシャツと下着を着替えたんじゃないの?」

 思いがけず言い当てられて、再び頬が赤らんだ。

「においで分かったんでしょうか……」

「もっと近くに来ないと、においで嗅ぎ分けるのは無理よ」
と言って武藤社長は微笑んだ。

 僕はその言葉が、もっと近くに来いという意味なのではないかと思った。その時、僕が一人で料亭に呼ばれた理由がピーンと頭に浮かんだ。アメリカで『佐倉君はとても美しい』と言われたことを思い出した。武藤社長は僕の身体が目当てなのだ! そこの襖の向こうには布団が敷かれていて、食事の後、服を脱ぐようにと言われるのだろう……。左側の襖の方を見ながら、僕は自分の運命を呪った。心臓がドクドクと大きな音を立て、耳の付け根まで真っ赤になった。

「佐倉君と一週間行動を共にして、どうしても佐倉君を手に入れたくなったの」

「で、でも、僕は……」

 唇と顎が震えて歯がガチガチと鳴った。もし断ったら、僕は出入り禁止になるだろう。透華はうちの会社との取引を止めるかもしれない。

「だめなの?」

 頭の中がグルグルと回っていた。僕は目を閉じて二、三秒してから心を決めた。

「僕なんかでよろしいんですか?」

「うれしい! 来てくれるのね」

「今から、ですか?」

 襖の向こうで服を脱がされるのではなさそうなので少しほっとした。ラブホテルに連れて行かれるのだろうか。明日の土曜日、いや、最悪の場合月曜日の朝まで奉仕させられるかもしれない……

「佐倉君、何か勘違いしてない? 私は佐倉君を透華にスカウトしているのよ」

 とんだ一人合点だった。身体中の毛細血管が恥ずかしさのあまり破裂しそうだった。

「実は、アメリカで企業買収案件があって、英語が堪能な人材を必要としているの。買収するのは小さなスキンケア化粧品のメーカーだけど、製造は全て他社に委託しているファブレスメーカーよ。彼らのユニークな販路と、小さいけれど魅力のあるブランドが手に入る。買収後は製造と開発に透華本社の機能を活用できるから、投資を回収しやすい」

「その交渉に英語力が必要なんですね」

「交渉は森下常務に任せてある。必要なのは買収後に当社から派遣する人材よ」

「それはアメリカのどこにある会社なんですか?」

「ニューヨークよ」

 僕は雷に打たれた気がした。憧れのニューヨーク勤務の話が、すぐ手が届きそうなところに来ている。

「透華のニューヨーク駐在員というお話なんですね!」

「ちょっと違うかな。買収した会社を透華本社の意向に沿って経営する役割よ。現在の社長はそのまま起用を継続するということが先方側の条件だから、佐倉君は副社長という肩書になるかな」

「副社長ですか? 僕なんかが!」

「アハハ、透華の副社長じゃないわよ。透華の社員が子会社に副社長として出向するだけだから、給料は透華本社の給与体系通りよ。大手商社の給与には見劣りするけど、透華は年功序列じゃなくて給与は役職によって決まるから、若くてもマネージャーになれば大手商社の若手より高い給料が取れる。逆に実力が無いことが分かってマネージャーから降格になったら大手商社の新入社員並みの給料まで下がることさえあり得る。佐倉君の場合は現在の給与レベルを考慮して、とりあえず主任として入ってもらうことになる。子会社の副社長として派遣された段階で本社の若手マネージャー並みの給与になると思うわ」

「本社の若手マネージャーの給料とはどのくらいですか?」

「とりあえず八百万だけど、買収した会社の業績が上がれば、ボーナス込みで一千万以上になる」

「すごい。是非やらせてください」

「副社長として使い物にならない場合は帰国させるわよ。そうなったら給料が半分以下になる可能性もある」

「給料の問題じゃなくて、僕はニューヨークで働きたいんです。副社長じゃなくても、ヒラの担当者としての派遣でもお引き受けしたいほどです。きっとご満足いただけるように頑張りますから、その仕事を僕にやらせてください」

「分かった。じゃあ、交渉成立ね。できるだけ早く今の勤め先に退職届を出して、うちに来てちょうだい」

「はい、社長」

 突然目の前に明るい未来が広がった。こんなに爽快な気分になったのは大学を卒業して初めてかもしれない。

 しかし、武藤社長の次の言葉で僕はどん底に突き落とされた。

「仕事の話はこれでお終い。その襖の向こうの部屋に先に行っていなさい」

 僕の勘違いではなかったのだ。武藤社長は僕の身体を手に入れたくてスカウトしたのだった。本当にニューヨークに派遣してもらえるのだろうか? 社長のおもちゃとして飼い殺しにされるのではないだろうか……。それでも僕はニューヨークに行けるチャンスを逃したくない。意を決して立ち上がったが、長い間正座していたので、フラフラしていた。

「冗談よ、冗談。さっき佐倉君が襖をじっと見て、もじもじしながら真っ赤になっていたから、ひょっとしたら妙な想像をしてるんじゃないかと疑っていたのよ。やっぱりそうだったのね。アハハハハハ」

 穴があったら入りたいと思った。

「私はスケベじゃないから、いくら佐倉君が魅力的でもそんなことは言わないわ。でもそういう選択肢もあったのね。子会社の副社長として使い物にならなかった場合は私の秘書にしようかな。アハハハ」

「そうならないように頑張ります」

***

 月曜日の朝、課長に退職を願い出た。退職理由を聞かれて、明快に答えることが出来た。

「ニューヨーク駐在員としてスカウトされたからです。僕はどうしてもニューヨークで働きたかったので、機会があるたびに希望を出していましたが、この会社でいると当分チャンスはなさそうなので、スカウトを喜んで受けました」

 課長からは「次期駐在員の候補に含まれていたのに」と、適当なことを言われて慰留されたが、僕はもちろん聞く耳を持たなかった。

 課長と部長から了承をもらった後で人事部に行って退職の手続きをした。うちの会社は透華から見て原料納入業者であり、円満退職することが大切だと思い、言葉には気をつけた。翌々日の水曜日から一週間の有給休暇を消化して九月末付けで退職することになった。

 一日半ほどで課の先輩への業務引継ぎを行い、僕は四年余り勤務した商社を去った。


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