ポケモンGOにはご用心(性転のへきれき)が出版されました

pokemon-go-goyoujin性転のへきれきシリーズの新作「ポケモンGOにはご用心」が出版されました。

皆さんもポケモンGOをしてらっしゃいますか?

私は7月22日以来ポケモンGOにハマってしまい、何をしていてもポケモンのことばかりが頭に浮かぶようになりました。特に相棒アップデートが出てからは常に可愛いポケモンと一緒にいるような気持ちになりました。小説家にとって「一人になる時間」は小説のアイデアを練ったり次のシーンを頭の中で展開させるために極めて重要です。このままではポケモンGOに小説家としての将来を潰されるのではないかとの危機感が高まりました。

でも私は子供の時からポジティブ思考であり、だから今まで生きてこられたのですが、「ポケモンGOが頭から離れない状況で私にできることはポケモンGOに関する小説を書くことだ」という結論に達したのです。

「ポケモンGOにはご用心」を書くにあたっては、ゲームの細かいルールには出来る限り入って行かないように気を付けました。性転のへきれきシリーズの読者のうち恐らく半分はポケモンGOをしたことがないと推測したからです。ポケモンGO用語はそれとなく文章中に簡単な説明を紛れ込ませて、ポケモンGOを知らない人でも出来るだけ分かるようにしたつもりです。

私はまだレベル25であり「ポケモンGOにはご用心」の主人公(レベル30)はいわば私にとっての理想像です。でも私はトレーナーレベルの上を目指すのはそろそろギブアップしなければと考えています。小説を書いていてもどうしてもポケGOが気になるので執筆速度が半減してしまうのです。



第一章 ポケモンGOの憂うつ

アルバイト募集

一日中ポケモンGOで遊んでお金がもらえる!
ポケモンGO代行の仕事です。
正社員への登用の道もあります。
十八歳以上の健康な方に限る。

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夏休みが残り少なくなってイライラしていた九月三日の朝、スマホでググっていたらこんな広告が目に飛び込んだ。ポケモンGOのアップデートのニュースを見て、どのポケモンを相棒に選ぶのが良いのかを調べようとしていたところだった。確かポケモン、相棒、選択というキーワードで検索した時だったと思う。

ポケモンGOをすれば給料をもらえるとは夢のような話だ。僕は夏休みには沢山バイトをして冬のスキーシーズンのために貯金をしようと思っていたのに、結局殆どバイトをせずに時間ばかりが過ぎてしまっていた。

僕にとってポケモンGOは諸悪の根源だった。七月二十二日、日本での配信が開始された日にスマホにインストールしたが、それ以来ポケモンGOに没頭するようになった。そもそもポケモンGOは歩くことが主眼のゲームであり、毎日長距離を歩けば身体にいいしダイエットもできると思って開始した。しかしトレーナー・レベルが上がってくると、もっとレベルを上げたいという欲望に憑りつかれた。

朝七時にアパートを出ていくつかの公園を歩き回り、夕方クタクタになって帰宅する。風呂に入ってテレビでも見て寝ようと思うのだが、もう一、二時間歩けば次のレベルまでアップできるかも知れないと思うと居ても立っても居られなくなって夜八時に再び家を出る。結局午後十一時に疲労困憊して帰宅しシャワーを浴びて寝るだけなのだが、ベッドに横になる前に翌朝六時半に目覚まし時計をセットする自分が恨めしかった。

そんな毎日が続いたが、トレーナー・レベルが三十になった瞬間、その場で「三十になったぞ!」と大声で叫んでしまった。公園で僕の周りにいた人たちは僕が三十才になったと叫んでいるのだと誤解したかも知れない。でも僕は年令より若く見えると友達から言われているので、周囲の人は僕が嘘をついているか頭がおかしいと思ったに違いない。いずれにしても公園で突然「三十になったぞ」と叫ぶ人が正常の域に入るとは思わないだろう。

その日の夜、僕はとても虚しくなった。
「この先には何があるのだろう?」

レベル三十になるまでに必要な累積ポイントは二百万だった。次のレベル三十一に上がるには更に五十万ポイントが必要だ。五十万ポイントとはポケモンを開始した人がレベル二十三になるのに必要なポイントよりも多い。ネットで見ると殆どの人がレベル二十一から二十三あたりでポケモンがイヤになるという。レベル三十になると、それほどの労苦をしてもレベルがひとつ上がるだけなのだ。

ポケモンGOの最高レベルは四十に設定されている。レベル四十に到達するまでに必要な累積ポイント数は二千万であり、現在の僕の累積ポイントの十倍だ。気が遠くなるような数字だ。僕はそれまでに廃人になるのが確実だと思う。

「もうポケモンは卒業しよう。このままだと僕は気が狂ってしまう。」

そう思い始めた時にバイト募集の広告に出会って救われた気がした。仕事なら無駄とは言えない。ポケモンGOで人より上に行くには体力、気力、根性の三要素が必要だが僕は三要素とも備えているし、ポケモンGOに関する知識経験は誰にも負けない。

広告の「こちらをクリック」というリンクをクリックすると、「応募フォーム」が表示された。住所、氏名、年齢、職業、性別、身長、体重とポケモンGOのトレーナー・レベルを記入し、上半身の写真を添えて申し込むようになっていた。僕はスマホで自写した写真をアップロードして送信ボタンを押した。

送信ボタンを押した瞬間、ここ数日間心の中に鬱積していた重い焦燥感が風に吹き飛ばされたように消え去った。久しぶりに目覚まし時計をセットせずにベッドに横たわり重荷から解放された気分でぐっすりと眠った。

* * *

翌朝目が覚めると時計は十時を回っていた。こんなに眠ったのはひと月ぶりだろうか。カーテンの隙間からの陽ざしが眩しい。そう言えば昨夜バイトを申し込んだのだった。あんなウマい話には大勢の応募者が殺到するだろう。いや、ポケGOでお金がもらえると思うようなバカな若者を集めるための詐欺の手口かも知れない。昨夜はある意味で僕は思い詰めていた。だから救いを求めたい気持ちが心のどこかにあって、あんな話に応募したのだ。

もし雇ってくれれば面白いし、ダメならダメで本当にポケモンGOから足を洗って元の健全な大学生に戻ろう。そうは思っても応募の結果がメールで届いていないだろうかとドキドキしながらスマホを見た。

「ポケモンGOのアルバイト募集にご応募いただきありがとうございました。貴方は厳正なる審査の結果適格者と認められましたのでお知らせいたします。つきましては仕事の内容と報酬等に関する説明会を下記の通り開催し、その上で仕事を開始していただきたいと存じますのでお越しください。」

ヤッター!思わずガッツポーズをした。そりゃそうだろう。「厳正なる審査」とはどんな審査なのかは知らないが、ポケモンGOのマニアを数百人集めてもレベルが三十を超える人がそう何人も居るはずがない。僕が落とされるはずがないじゃないか。何事も極めることが価値になる時代だ。東京中で数百軒のラーメン屋を回った大学生が「ラーメン評論家」という肩書でテレビに出ているのを見たばかりだ。現時点でポケモンGOのレベルが三十ということは、そのラーメン評論家に劣らないほどの専門性と希少価値を意味するのではないだろうか。僕はある意味で道を究めた人間なのだ。モリモリと自信が湧き上がった。説明会は今日の午後三時に秋葉原駅から徒歩数分の昭和通り沿いのビルで開催されることになっていた。

* * *

早めにアパートを出て上野駅まで行き、不忍池を回ってから秋葉原の説明会場まで歩いて行こうかと思いついた。不忍池にはミニリュウというポケモンが沢山出現することで知られており、ミニリュウはハクリュウに進化し、更にカイリュウという強いポケモンに進化する。数多くのミニリュウを集めて強いカイリュウを手に入れたかった。不忍池から上野駅を経て中央大通りを秋葉原まで歩くルートはポケストップ(ポケモンを捕まえるのに必要な道具をもらえるスポット)の密集地帯だから効率よくポイントを集められる。

「イヤ、ダメだ!」

昨夜ポケモンGOから卒業しようと心に決めたばかりなのに、僕は何ということを考えているのだ。頭をブルブルと左右に震って、愚かな考えを頭から追い出した。僕は目を閉じて深呼吸をしてから両手を胸の前で組み、夕暮れの砂浜に一人座禅を組んでいる自分を想像した。十分ほどするとポケモンGOに絡む欲望が覚めてきて、自分を客観的に振り返ることができるようになったという気がした。

僕をポケモンGOに駆り立てたのは、初期においては物珍しさと新しいポケモンと遭遇した時に味わえる興奮だった。ところがレベルが十を超えたあたりから「もっと上のレベルに行きたい」という欲望に憑りつかれた。それは見栄のための出世欲そのものだった。友達と会うと「ポケモンのレベルは幾つになった?僕はもうすぐ二十だよ。」というと、「うわあスゴイな。お前にはとても敵わないよ。」という答えが返ってくる。それが何とも言えない快感だった。もう一つの欲望はコレクターと同じ所有欲だ。ポケモン図鑑にある百数十のポケモンのうち、何種類のポケモンを捕獲したかを自慢しあうという他愛のないことだが、百を超える頃から必死になって新しいポケモンを追い求めるようになった。

本当に愚かしいことだった。出世欲、見栄、所有欲。従来僕が価値を認めていなかったことのために必死になる自分。もう二度と後戻りしてはならない。レベル三十一になろうと思うのは止めよう。

安らかな気持ちで二時にアパートを出た。スマホでポケモンGOを起動せずに外出したのはひと月ぶりだった。充電用の外部電源ユニットを置いて出たのでバッグも軽かった。秋葉原駅の昭和通り口の改札を出てメールに記されていたビルまで歩いて行った。それは昭和通り沿いの一階が飲食店になっている古い雑居ビルで、始めて訪れる人を神経質にさせるのに十分なほど薄暗い階段を四階まで登って行った。

「ポケモンGO説明会場」という掲示はすぐに見つかった。ドアの外に置かれた細長い机で眼鏡をかけた太いオバサンが受付をしていた。

「桜里ですけど。」
僕が名乗るとオバサンは「えーと」と言いながら名簿の中の名前を上から順にチェックして名簿の中段に僕の名前を見つけた。

「桜里里桜ですって、クククク。」
名簿にプリントされていた僕の名前を見てオバサンが笑った。物心ついてから、というよりも、漢字が書けるようになってから何百回も笑われて育ってきた。このオバサンが悪いわけじゃない。味付け海苔の会社に触発されて上から読んでも下から読んでも同じ漢字になる名前を選んだ両親が悪いのだ。

「名簿の中に一人だけ女性がいると思っていたら、男性だったのね。」
レオはレオナルドの略であり男性らしい名前の代表だ。英米人はLEOを必ずリオと発音する。リズが女らしいのと同程度にリオは男らしい名前なのだ。このオバサンはデカプリオが女優だとでも思っているのだろうか。

僕はオバサンの質問を無視して十四番と書かれたバッジを受け取り、ポロシャツのポケットの上にそのバッジを付けた。中央の通路の左右に三人用の長机が七列並んでいて、既に十人ほどが座っていた。僕は他の応募者の様子が見えるようにと前から四列目の左端の席に座った。最後尾の列はスタッフ席らしく、書類やパソコンが置かれていた。

午後三時に説明会が始まった時にはスタッフ席を含めて四十二席がほぼ満席になっていた。審査を通った人が四十人近くいるということは応募者数はその倍、いや、数百人だったのかも知れない。三年後に就活をする時にもこんな風にスイスイと進めばよいのだが・・・。

スタッフを含め全員が男性だった。やはり審査基準はポケモンGOのトレーナーレベルに最重点を置いていたのだろう。ネットを見ていて現時点でレベル二十を超えている人は殆どが男性だからだ。ポケモンGOを楽しむ女性は大勢いるが、そこまでのめり込む女性は少ない。昨夜までの僕のような精神状態に追い込まれないという点において女性の方が正常かつ賢明な価値観を持っているということだろう。

「ただいまよりポケモンGOのアルバイトに関する説明会を開催します。」
最後尾の席のスタッフがよく通る声で言うと会場が静かになった。

四十前後の背の高い男性が中央の通路を通ってホワイトボードの前に進んだ。

「みなさん、おめでとうございます。責任者の水野と申します。昨夜までに七百五十三名からの応募があり、厳正な審査の結果、四十五名を選んで説明会の招待メールを送った結果、三十九名の参加がありました。厳正な審査と言っても、住所、氏名、年齢、職業、性別、身長、トレーナー・レベルと写真の八項目による審査です。今回は若く、健康な男性だけが審査をパスしました。周囲の応募者を見て気づいたかもしれませんがほぼ全員が高校を出て二年以内の大学生かフリーターとなっています。正社員への登用のチャンスがあると書いた結果、四、五十代の失業者や定年退職者も百人近くの応募がありました、ウッフッフ。」
連られて笑ったのは二、三名だけだった。水野の苦笑には不気味な印象が残った。

「まず、仕事の内容を説明します。今回の仕事はポケモンGOの代行業務です。ご存知の通りポケモンGOを始めるとき時にはメールアドレスとパスワードを登録します。このメールアドレスとパスワードがあれば別のスマホでゲームを進めることができます。世の中には早くポイントを稼いでトレーナー・レベルを上げたいという強い欲望とお金の両方を併せ持つ人たちが大勢存在します。その方々が我社のお客さまなのです。」

なるほど。ポケモンGOに憑りつかれた金持ちが代行業者に金を払って自分の代わりに出歩かせてポケモンを捕獲させ、トレーナー・レベルを上げさせるというわけか。

「皆さんの仕事の内容というのは、お客様のIDでポケモンGOにログインし、出歩いてポケモンを捕獲することによりポイントを獲得するということです。毎朝、本社からその日に代行するお客様のIDとパスワードをメールで皆さんに送ります。午前零時に本社のサーバーからお客様のアカウントにログインしてその日の獲得ポイント数を記録して各人のバイト料を振り込みます。トレーナーレベルによってポイント数あたりのバイト料は異なりますが、例えばレベル十五の場合は二ポイントあたり一円です。」

僕なら八時間で四万ポイントは稼げるだろう。一日八時間のバイトで二万円ということになる。時給二千五百円というのは美人女子大生がキャバ嬢のバイトをすれば稼げるかもしれないが僕には到底あり得ないほど割りの良いバイトだ。頑張って毎日十二時間働けば十日で三十万円になる!周囲に座っている応募者たちから軽いどよめきが湧き上がった。皆、目を輝かせていた。

「但し、今回採用する人数は十名で、四人に一人の狭き門ということになります。これから隣の小会議室で簡単な面接を実施します。四名を一組として五分間の面接です。前列から順に四名ずつ小会議室に入ってください。次の四名は小会議室のドアの前で待機してください。全員の面接が終わって採用者を発表するのは約一時間後になりますが、面接を終えた方はこの部屋でお待ちください。」

水野は中央の通路を通って出て行った。スタッフが前列の端から四人と、その次の四人を小会議室へと誘導した。この順番で行くと僕は十九人目、ということは五組目の面接になる。もっと前の席に座っていたらドキドキしながら面接を待つ時間が短くて済んだのに、と後悔した。

面接では何を聞かれるのだろうか。ちょうど、就活中の三流大学の四年生が何度面接を受けても落とされるという連ドラを見ているが、面接では、何故その会社に入りたいと思ったか、とか、自分を雇うと会社にとってどんなメリットがあるのかという点について、アピールする必要があるようだ。僕がアピールすべきポイントは何だろうか?やはりポケモンGOの実績を強調するしかないだろう。ポケモンGOの代行をする会社ならひと月余りでレベル三十を達成するのにどんな克己心と集中力が必要かは分かっているはずだ。そうだ、もう一つアピールすべき点は健康かつ真面目で誠実であるということだ。小中高校すべてで皆勤賞を取ったことをアピールしよう。

十分ほどすると最前列の応募者四人が帰って来た。真後ろに座っている四人はスタッフに誘導されて出て行ったばかりだったので、三列目の人たちが「どうでした?何を聞かれましたか?」と口々に質問した。

「ゴメン。面接の内容は待っている人には話さないようにと言われたので・・・。」

スタッフが「静かに!面接の内容についての会話は禁止されています。」と大きな声で注意したので会場がシーンとなった。

数分するとスタッフから声が掛かり小会議室の前まで連れていかれた。丁度面接を終えた四人が部屋から出てきて、待機していた四人が入れ替わりで部屋に入るところだった。出てきた四人は誰もガックリとはしておらず、うれしそうでもなかった。面接される側には成否がはっきりしないようなことを聞かれるのだろうか?

小会議室の中で何かしゃべっているのは聞こえるが話の内容までは分からない。時間が過ぎるにつれて鼓動が高くなってきた。こめかみにトクトクという音が聞こえ始めた時、ドアが開いて四人が出てきた。全員が顔をうなだれていた。どうしたんだろう?

「どうぞ、中に入ってください。」
スタッフに促されて小会議室に入った。僕は前から三番目だった。部屋の奥には長机が置かれていて水野を含めて三人の男性が座っていた。三人とも四十代程度で近寄りがたい雰囲気の人たちだった。それ以外の机や椅子は取り去られていて、僕たち四人は面接官たちの前に並んで立たされた。

「一人ずつ一歩前に出て自己紹介してください。持ち時間三十秒で、自分についてアピールしてください。但しポケモンGOに関係する事をしゃべってはいけません。では左端のキミからどうぞ。」

指差されたのは内気そうで色白な男性だった。先陣を切らされるのが気の毒なほどひ弱な感じの人で、恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっていた。

「ぼ、ぼ、ぼく、K大学の一年の山際聡志です。アルバイトは初めてなので緊張しています。よろしくお願いします。」

たったそれだけ?全く自己アピールにはなっていない。気の毒だが競争相手が一人減ったと思った。

「じゃあ質問だけど、キミはどうしてそんなに色白なの?」
水野が聞くと、山際はもじもじしながら答えた。

「母が色白なので遺伝だと思います。それに、僕、読書が趣味なので日光に当たることが少ないんです。」

「なるほど。両手を真上に上げてその場で一回転してください。」

奥の面接官に言われて、山際は手を上げて「こうですか?」と言いながら一回転した。

「はい、けっこうです。じゃあ、次は十四番の名札のキミ。」
水野に指さされて慌てた。僕は次の次のはずなのに一人飛ばして先に指名されたからだ。

「ぼ、僕はN大学1年の桜里リオと申します。ええと、セールスポイントは小学校から高校までずっと皆勤賞を取ったことです。健康で素直なのが特徴です。ええと・・・」
しまった。「真面目で誠実」というべきところを「健康で素直」と言ってしまった。ポケモンGOについてしゃべってはだめだと言われたので、予定が狂ってしまったのだ。

「はい、スピーチはそのぐらいでいいよ。」
しまった。これでは山際と同レベルではないか・・・。両隣の応募者の口元がニヤリとなって「勝ったぞ」と言っているような気がした。

「キミの好きな食べ物を二つ言ってくれ。」
水野から予期せぬ質問が出た。

「は、はい・・・。ええと、母が作ってくれるコロッケと、それから、ええと、イチゴ・シュークリームです。」
面接官三人が一斉にワッハッハと軽く笑ったので僕は耳の付け根まで真っ赤になった。イチゴシューが子供っぽいから笑ったのだろうか。いや、「母が作ってくれる」と言ったのがまずかった。この年でマザコンと思われたに違いない。単にコロッケと言うべきだった。

「その場でピョンピョンと飛び跳ねながらゆっくりと一回転して。」
一番奥の面接官に言われて、僕は絶望的な気持ちのまま言われた通りにした。

「はい、けっこうです。じゃあ、次はキミ。」
水野に言われて僕の右の男性がしゃべりはじめた。自己アピールとはこんなふうにするものだとでも言うように胸を張ってしっかりとしゃべっていたが僕の耳には入ってこなかった。「もう終わった」という気持ちと敗北感に包まれた僕にとって、残りの二人が何を言おうと興味はなかった。四人目の応募者が何をしゃべったのかも全く覚えていない。ただ、面接官の前で一回転させられたのは山際と僕だけだった。バカにされたような気がして気が滅入った。

面接室を出ると急に尿意が高まり、説明会場に戻る前にトイレに立ち寄った。山際も一緒だった。並んで用を足している時に山際が力のない優しい声で僕に言った。

「面接ってイヤだよね。思ってもいなかったことを急に聞かれるとドキドキして何も言えなくなっちゃう。」

「そうだよね。僕はポケGOのことを言おうと思って準備していたのに、ポケGOのことはしゃべるなと言われて調子が狂っちゃった。」
山際に言い訳しても何にもならないのだが・・・。

「ポケモンGOってそんなに面白いの?」

「面白すぎて弊害が大きいよ。僕はレベル三十だけど、山際君はいくつ?」

「僕は時々やるだけだけど、レベル七だよ。」

「たった七なの?」

しまった。「たった」は余計だった。見下すつもりはなかったのに・・・。しかし山際の優しい笑顔は少しも崩れなかった。

「うん、そうだよ。桜里君はレベル三十ということは僕より二十三も上なんだ。すごいね。」

山際の「すごいね」はレベル三十のすごさが全く分かっていない「すごいね」だった。七を四倍して二を足すと三十だと思っているのではないだろうか?レベル七になるのに必要な累積ポイントは約二万に過ぎない。僕のレベル三十は二百万だから百倍苦労しないと到達できないのだ。

それよりも、ポケモンGOの初心者が一次審査を通って説明会に呼ばれたことが不思議だった。七百五十三名の応募から厳正な審査の結果四十五名が選ばれたと言っていたのはウソだろうか?どんな審査基準だったのだろうか?でももう僕には関係ないことだ。そして山際にも。僕たち二人の敗北者は奇妙な連帯意識を抱きながら説明会場の席に戻った。

しばらくすると全員の面接が終わった。早く面接結果を発表して僕たちを解放して欲しい。でも、水野が戻って来たのは更に十分ほど待たされた後だった。

「採用が決定した十名の名札の番号を発表します。該当者はこの部屋に残ってください。他の方は帰っていただいて結構です。ご苦労様でした。」

水野はホワイトボードに数字を書き始めた。結果は見るまでもないので、僕はバッグを肩にかけて帰ろうと立ち上がった。

ところが、念のためにホワイトボードを一瞥したところ、十四という数字が含まれていたので僕は驚いた。まさか、面接であれほどの醜態をさらした僕を拾ってくれたのだろうか。そうか、やはりレベル三十が決め手になったのだ。僕は思わずその場でピョンピョンと跳ねた。右前方にもう一人ピョンピョンと跳ねている人が目に入った。僕は自分の目を疑った。それは山際だった。レベル七という初心者で面接で完璧にダメだった山際も採用されたのだった。


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