他人の空似(性転のへきれきシリーズ)新作

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性転のへきれきシリーズ新作「他人の空似」が出版されました。

自分とそっくりの人に出会った時、奇跡の扉が開いた・・・ 

前期試験が終わり夏休みに入った外語大の1年生の更科瑠衣は、大学の近くのマクドナルドで隣に座っていた人から話しかけられた。二人はお互いの顔を見て呆然となった。二人の十八才の男性の顔は生き写しだった。

二人は意気投合し入れ替わってお互いの人生を体験してみようと盛り上がった。翌日更科瑠衣は相手の男性が母親と二人暮らししている家を訪問した。

不思議な偶然と思惑によって人生の歯車が予期せぬ方向に回り始めた。


 


性転のへきれきシリーズ

他人の空似

by 桜沢ゆう

 

第一章 他人の空似

「瑠衣、お前昨日の夕方、駅で俺が声をかけたのにシカトしただろう。」
文化人類学の講義の前に友人の鴫田浩二に言われた。

「浩二に声をかけられた記憶はないけどなあ。それ何時ごろ?」

「五時十五分ごろだったかな。」

「じゃあ僕じゃないよ。昨日は四時半過ぎの電車で帰ったから。」

「他人の空似ってこと?本当に瑠衣とそっくりだったんだけどなあ。」

浩二とそんな会話をしたのは七月上旬だった。その後は気にも留めていなかったが、七月末の前期試験の前日に、社会学の講義で僕のすぐ後ろの席に座った弓原京子から同じようなことを言われた。

「更科君、日曜日に映画館で見ちゃったわよ。あの子が更科君の彼女なのね。」

「映画館?僕、映画はツタヤで借りるかアマゾン・プライムで見ることにしてるから、映画館には半年以上行ったことがないよ。」

「とぼけちゃって。すぐ近くで目撃したんだから。彼女から『ルイ』と呼ばれてイチャイチャしていたくせに。」

「それは他人の空似だよ。そう言えば最近鴫田から駅で声をかけたのに返事しなかったと言われたことがある。僕とそっくりな人がいるのかも知れないな。」

「下手な言い逃れをしてもバレバレよ。」

「本当だって。」

毎日のように顔を合わせる浩二に取り違えられ、京子が僕の言葉を信じないということは、相当似ているのに違いない。一度会ってみたいものだと思った。

その願いが叶ったのは夏休みに入ってからだった。

八月一日の月曜日から夏休みに入ったのに毎朝電車に乗って大学の近くまで来ることが僕の日課になった。それはポケモンGOのためだった。七月二十二日にポケモンGOの日本での配信が開始されたが、前期の試験の直前だったのでぐっと我慢をして試験終了後の七月三十一日にアプリをインストールした。満を持しての参戦だったが僕のアパートの周辺にはポケストップが殆どなく、せっかく珍しいポケモンに遭遇してもモンスターボールの手持ちが無くなってポケモンを捕まえ損ねる事態が相次いだ。(ポケストップとはポケモンを捕まえるのに必要なボールなどの道具を無料でもらえる場所のことだ。)前期試験の前にポケモンGOを始めた友人から大学の近くにポケストップが沢山あると聞いていたことを思い出して、通学定期で来られる海浜幕張までやって来た。

通学路を歩いて調べたところ、海浜幕張駅から幕張テクノガーデンの裏側のスカイウォークを通って大学に来るルートがポケストップの密集地帯であることが分かった。最も効率が良いのはテクノガーデンの裏側のスカイウォークと、西隣のNTT沿いのスカイウォークを周回するルートだ。ポケストップは五分ごとにリセットされるので、周回ルートを五分かけて歩くと十か所ほどのポケストップで道具をもらい続けることができる。つまり、一時間で百二十回ポケストップに立ち寄ることができるので簡単に大量のボールをゲットすることができるのだ。

幕張テクノガーデンの周辺にはIBM、住友ケミカルエンジニアリング、NTTなどの高層ビルがあり、昼休みになると大勢のサラリーマンがポケモンを求めてスカイウォークに繰り出し「ルアーモジュール」を使い始める。「ルアーモジュール」とは三十分間ポケストップにポケモンをおびき寄せる道具で、昼休みになると、僕の周回ルートはポケモンの宝庫になる。

八月一日の月曜日から三日の水曜日は朝の九時から夕方五時まで周回ルートを回り続けた結果、僕の「ポケモントレーナー・レベル」は一気に十七まで上がった。

「今週中にレベル二十に到達するぞ。」
達成感に満たされると空腹を感じたので、テクノガーデンの二階を大通りへと通り抜けて一階のマクドナルドに行った。ポケモンGOの配信が開始される前と比べるとマクドナルドの店内は目に見えて混雑していた。日本マクドナルドがポケモンGOの会社と提携して各地の店舗にポケストップを設置したということはニュースで見て知っていたが、ポケモンGOによる集客効果は相当なものだと思った。

カウンター席でマックフライポテトをかじりながらポケモンの整理に取り掛かった。ポケモンの整理とは捕獲した不要なポケモンを送り返してポケモンの「進化」に必要な「アメ」に変えてもらう作業のことだ。送還を終えて「進化」の作業に取り掛かった。「ポッポ」というポケモンだけでも十数匹分の「進化」が蓄積していた。「これは時間がかかりそうだぞ。」僕は進化の作業を開始した。

その時、カウンターで隣の席に座っている男性から声をかけられた。

「惜しいなあ。ポケモンを一匹進化させる度に五百ポイントしか入らないじゃないか。何匹も進化させるときには『しあわせたまご』を使わなきゃ。」

「しあわせたまご?何ですか、それ?」

「ポケストップで時々もらえるアイテムさ。しあわせたまごを使うと三十分間、ポイントが全て倍になるんだよ。道具箱のアイコンをクリックしてごらん。そうそう、その下の方だよ。ほら、しあわせたまごを三つ持ってるじゃないか。それをクリックするんだ。」

言われたとおりにすると画面に三十分間のカウントダウンが表示された。僕は慌てて進化の作業を再開した。一回ごとに千ポイントが貯まるようになり、あっという間にポケモントレーナーレベルが十八になった。

「すごい!教えていただいてありがとうございました!」

僕はその時初めて隣の男性の顔をまともに見た。ため口で話しかけられたので何才か年上かと思っていたが、僕と同じぐらいの年齢のようだった。日焼けしていて肩の筋肉が盛り上がっており男性的な印象だが、横顔を見ると顎は細目で全体にきゃしゃな造りの小顔だった。切れ長の美しい目と真っすぐな鼻が印象的だ。

あれっ?どこかで見たことがある顔だぞ・・・。

「おせっかいとは思ったけどアドバイスしてよかったよ。」
そう言いながら彼はポケモンの手を休めて僕の方を見た。

「あっ!」
彼は僕と同時に息を詰まらせた。それは僕自身の顔だった。鴫田浩二と弓原京子が言っていた僕そっくりの人物とはこの人なのだと直感した。ただ、何か重要なものが欠けていてアンバランスな気がする・・・。

「驚いたよ。俺そっくりの顔の人がいるなんて。」

「最近同級生から駅で声をかけたのに返事しなかったとか、映画館で彼女と一緒にいるのを見たとか言われたから、この近辺に僕と似た人がいるということは知っていたんです。確かに似てますよね。でも何かバランスが微妙に違うような気がしますけど。」

「バランスって左右のバランスの事じゃない?俺たちが普段見ている自分の顔は鏡に映った顔だから、実際の顔とは左右が逆なんだよ。ほら、僕たち髪の毛を右から左に流してるだろう。」

「本当だ!左右が逆だからアンバランスだと感じたんですね。」

「ちょっと、立ってみて。」
彼は椅子を降りながら言った。

僕も椅子を降りて向かい合って立つと、目の位置は厳密に同じだった。肩の高さも同じだ。

「身長も同じだなあ。君、体重は何キロ?俺は五十八キロだけど。」

「僕は五十三キロです。筋肉の付き方が相当違いますもんね。」

「筋トレをやってるからさ。俺が筋肉を落とせば同じような体格になるかもな。」

「そうですね。」

「俺、菅原瑠衣、十八才。」

「更科瑠衣、僕も十八才です。瑠衣は王へんに留まる、それに衣と書きます。」

「俺と同じ漢字なんだな。外観がそっくりの俺たち二人が名前まで同じだなんてすごい偶然だな。」

「僕は三月生まれですけど、菅原さんは?」

「俺、十二月生まれ。」

「たった三ヶ月違いなんですね。だいぶ年上だと思って敬語を使って損しちゃった。」

「俺は初めから同い年ぐらいだと思っていたけどさ。とにかく敬語は止めてくれよ。」

「いきなりため口に変えるのは抵抗があるなあ・・・。じゃあ、菅原君と呼ばせてもらうね。」

「ああ、俺もキミのことを更科君と呼ぶよ。」

「僕はこの近くの大学の一年生。新習志野駅から五分のアパートに住んでるんだ。実家は杉並区で両親と兄、姉が住んでる。」

「俺は市原市の出身だけど今年の春に稲毛海岸に引っ越して来た。母と俺との二人暮らし。母も俺も看護師をしているんだ。」

「十八才なのに看護師?」

「正確に言うと准看護師だ。中学を出て専門学校に二年間通うと准看護師になれるから、十七才の看護師もいるんだよ。俺の場合は准看課程が三年間でさらに二年間専門過程に通えば正看護師の国家試験が受けられる学校だったけど、早く給料を稼ぎたかったから准看護師として就職したんだ。」

「偉いなあ。僕なんて大人になったら何になるのかアイデアが浮かばないから、いくつか受験してたまたま受かった大学に入っただけだだよ。」

「親の金で一人暮らしさせてもらえるだけの経済力のある家に生まれた更科君が羨ましいよ。俺は物心ついた時から母との二人暮らしで母が看護師をしていたから貧しいと感じたことはなかったけど、母は働きづめだった。俺は中学時代に人生に絶望して死のうかと思ったけど母のことを思うと自殺には踏み切れなかった。母に言われるままに看護専門学校の准看護学科を出ただけさ。」

「男子で看護師になるなんて珍しいよね。」

「最近は結構いるんだよ。介護や保育と比べると給料が高いからかな。でも准看護学科には男子学生は殆どいなかった。中学の男子生徒で看護師になりたいと思うやつは稀だもの。」

「ということは看護学校の同級生の中で男子は菅原君ひとりだったわけか。いいなあ。自分以外のクラス全員が女子だなんて地上の楽園みたいだ。」

「俺にとっては地獄の日々だった。」

「どうして?クラスに男子一人ならモテモテだっただろう?」

「俺はそんなんじゃないんだ。更科君のシンプルな世界が羨ましいよ。」

「でも今は看護師として仕事を楽しんでるんだろう?」

「今は俺らしく仕事ができる環境になった。でも俺の人生は素直に楽しめるような単純なものじゃない。」

「彼女もいるんだろう?映画館に一緒に行った女性。」

「ああ、俺の大切な彼女だ。」

「結婚するつもりなの?」

「まだそこまでは考えてないよ。お互い未成年だから。とにかく、そんなに単純なことじゃないんだ。」

「ふうん・・・。」

僕は更科がなぜ自分について持って回ったようなネガティブな表現をするのかが理解できなかった。世の中には学歴を人物評価基準として過大視する人が大勢いる。中卒で看護学校に行くことを低学歴と見なす人も多いだろう。でも男子たるもの一歩踏み出した以上は自分の進む道にもっと誇りを持てばよいのにと思った。

僕たちはスマホを閉じて会話に夢中になった。菅原はものの見方が厳しく緻密で批判的、僕は他人にも自分にも甘くて楽観的なのは生い立ちの違いから来るものだろう。菅原は悲観的な発言が多いが自分で物事を切り開くタイプ、僕は起きたことを自然に受け入れるタイプで菅原とは対極的だった。しかし、時事ニュースや芸能関係の好みについては意外なほど考えが似ていた。

「僕たちは似ている部分について相同性が驚くほど高いね。もしかしたら同じ遺伝子を持っているのかも知れないよ。」

「俺は君のお父さんが僕の母に産ませた子供だとでも言いたいの?」

「ご、ごめん。そんなことを思ったわけじゃないよ。似ている部分の一致度が高いから、遺伝子に考えが及んだだけさ。僕って気が利かないから失礼なことを口に出してしまって・・・。」

「いいよ。俺は父親についての記憶がないから。父親は死んだと聞かされているけど、もし更科君が俺の弟だったら嬉しいよ。」

「僕の父は超まじめで石頭だから、残念ながら短期間で二人の女性と関係を持つとは考えられないな。」

「もしも、もしもだよ、僕たちが異母兄弟で、産んでくれた母親が違った結果、これほど異なる十八年間の人生を送って来たとしたら・・・。」
菅原は遠くを見るような目をして言葉を止め、しばらくしてから口を開いた。

「入れ替わってみたら面白いと思わないか?」

「入れ替わるって、菅原君と僕が?」

「そうさ。俺が更科瑠衣として大学に通って、キミが菅原瑠衣として看護師になるのさ。」

「面白そうだね。でもバレちゃうよ。顔と身長は同じでも菅原君は筋肉モリモリの男性的な身体をしているから、僕が病院に行ったらすぐに別人だと分かるよ。それに看護師って専門的な知識が必要な仕事じゃないか。僕には無理だよ。」

「病院というところは夜勤と日勤があるから、大勢の看護師がシフトを変えて働いてるんだ。僕の場合は勤務を開始してから日が浅いし、親しくしている人もいないから、入れ替わっても誰も気づかないと思うよ。それに母が同じ病院の正看護師だから、母と同じシフトで母のサブとして動けば仕事も支障は無いさ。」

「そうかなあ?一日でも病院で看護師になるなんて考えただけでもドキドキする。しかし、お母さんが協力してくれることが前提条件だね。」

「母は面白い事が好きな人だから協力してくれると思うよ。でも今夜は夜勤で家にはいない。俺は明日は午前八時から午後四時半までの日勤シフトだから、明日の夕方俺の家に来てくれ。母はキミを見たら驚くぞ。」

僕は途方もない入れ替わり計画に胸を躍らせた。

レンタルビデオで見た「ファミリー・ゲーム」というアメリカの映画を思い出した。両親が離婚した際に双子の女の子が父親と母親に一人ずつ引き取られるのだが、たまたま十一年後にサマーキャンプで再会して双子の姉妹であったことを知り、入れ替わって家に帰り、両親を結び付けようと画策するというストーリーだ。とてもワクワクさせる感動的な話だった。僕と菅原の場合は双子ではなく性別も男子という点で事情が異なるが、双子にも負けないほど似ているから、あの映画の主人公のように入れ替わって親の目さえ欺くことができるかも知れない。

菅原の住んでいる稲毛海岸のアパートの正確な場所を僕のスマホの地図に登録してもらった。明日の夕方の六時に菅原のアパートに行くことを約束して菅原と別れた。


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