新作・逆転父母(性転のへきれき・葵の場合)

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耐震性データ偽造事件の責任を取って辞職した枕崎薫は、社会的批判や損害賠償が家族に及ぶことを回避するため、離婚し資産は全て妻に譲渡した。無職・無一文となった枕崎薫は、妻の家に居候させてもらう身となった。

その日を境に、枕崎薫と葉山有希子(元妻)の関係は180度変わった。

 

父と息子ダブルのTS長編小説(12万語+)。これをリアルな話と思うかどうかは読者のM度次第かも知れません。

 

逆転父母
性転のへきれき(葵の場合)

第1章 耐震性データ改ざん事件

「耐震性データ改ざんか?」

新聞に出た小さな記事に父の勤務する会社の名前が書かれていた。

それは耐震性データの改ざん疑惑という明らかに不名誉な内容の記事だったが、父の会社の名前を父以外から見聞きするのはその時が初めてだった。

「お父さんの会社って全国版の新聞に名前が出るような立派な会社だったんだね。」
と母に聞くと、
「その分野では力のある会社らしいわよ。」
という答えが返って来たので僕は父を少し見直した。父が帰宅したらどんな会社なのか詳しく話を聞きたいところだが、父は前日からシンガポールに一週間の出張に出たばかりだった。

それから2日間、父の会社の耐震性データ改ざんに関する報道は鳴りを潜めていたが、次の日の新聞の第1面の右下に前回より大きな活字で記事が出た。

「耐震性データ改ざん事件は会社ぐるみか?」

その記事を読むと、父の会社では以前から耐震性データの改ざんが行われていたと断定したうえで、改ざんが経営陣の指示によるものかどうかを調査中であると書かれていた。会社では経営陣の関与は無く、現場の暴走によるものであると釈明しているとのことだった。

その記事を読んで、僕たち家族は父の会社が困った事件に巻き込まれたことは認識したが、それが会社経営を左右するほどのインパクトを持つ事件だとは思わなかった。事件によって父の給与やボーナスが下がるのではないかという心配さえ、僕たちの頭には浮かばなかった。

しかし、その翌日の報道を見て僕たち家族は仰天した。

「耐震性データ改ざんは現場の暴走、責任者が辞任。」という見出しで、技術部の枕崎部長が責任を認めて辞任したと書かれていた。

「枕崎部長ってお父さんのことだよね。お父さんが悪いことをしたの?」
僕は母に聞いたが、母は何も言わずに首を横に振るだけだった。

辞任の記事の経緯から推測すると父は既にシンガポールから帰国しているはずだ。家には帰れずに空港から直接出社してホテルで缶詰めにでもなっているのだろう。父が帰宅したのはその翌々日のことだった。やつれ果てた顔と窪んだ眼が父の苦労を物語っていた。

「お父さん、私たちはお父さんの味方よ。」
それが帰宅した父に対する母の第一声だった。

「先にお風呂に入ってくつろいでらっしゃい。」
母の優しい言葉に促されて父は風呂に入り、パジャマ姿で食卓についた。

「おビールになさいます?」
母が父のコップにビールを注ぎ、父はそれをひと息に飲み干して「ハァーッ」と満足の溜息をもらした。

「有希子、ありがとう。今回の事件について説明をさせてくれ。皆も聞いてくれ。」
父は僕たちを見回して話し始めた。

「会社で耐震性データの改ざんがあったのは事実だ。当初現場での改ざんが発覚した際にそれを隠蔽して常態化させたのは、俺の前の部長で、現在の常務だ。俺は昨年末に部長を引き継いで間もなく耐震性データの改ざんが常態化していることを知り、経営陣に訴えたが、問題が大き過ぎるので当面静観するように指示された。今回、内部通報によって問題が表面化したが、俺が部長就任後に耐震性データ改ざんを知った上で承認印を押したのは隠しようのない事実だ。問題を起こした部門の責任者として引責辞任するのがベストだと判断した。」

「悪いのは常務なのに、どうしてあなただけが責任を取らなきゃならないの。」

「経営陣が関与したとなると、会社の存続が危うくなる。現場の暴走という形に収めるのが、こういった場合の常道なんだ。」

「会社はあなたに対して経済的な補償はしてくれるの?」

「引責辞任する俺に補償をしてくれるわけがないだろう。但し、会社が今回の事件に関連して俺個人に対する損害賠償請求をしないということについては一筆を取ってある。退職金は返上で、俺は今日から完全失業状態だ。この社宅からも出て行かなきゃならないが、子供達の学校の都合もあると言うことで3月末まで猶予を貰った。」

「いずれにしても私はもうこの社宅には居たくないわ。新聞記事が出てからは、ご近所から犯罪者の家族を見るような視線を感じるもの。ここで居ると子供たちも辛い思いをするのが目に見えている。」

「その点については俺も考えた。そこで提案があるんだ。離婚しよう。有希子は旧姓の葉山を名乗り、子供たちも有希子の子供として葉山姓に変更するんだ。その上で千葉か埼玉にでも引っ越せば、お前たちが今回の事件の加害者の家族として辛い目に合うのを避けられる。最近は株主代表訴訟もあるし、被害を受けた会社が加害者側の責任者個人に賠償請求する可能性があるから、責任を家族に及ぼさないためにも離婚するのが得策だ。俺の預貯金は明日全部おろして有希子名義の口座に預けよう。数千万円しかないが、当面の暮らしは何とかなる。」

「お父さんは離婚した上に一文無しになるということ?」
僕の姉で高3の彩花が質問した。

「しばらくは再就職も出来ないだろうな。ホームレスになるのは嫌だから、母さんの家に居候させてもらうさ。」

母は腕組みをしてじっと考えていた。数分間の沈黙の後、母は大きく頷いて僕たち全員を見回した。

「あなたが部長就任後にずるずると悪事を放置したのは大きな誤りだった。社内の事情、秩序や慣習とかあなたにも言い訳はあったんでしょうけど、もし私ならどんな波風を立てても、例え首になっても不正を放置したり、張本人の常務を庇って引責辞任するようなことは絶対にしない。悪しき男性社会にどっぷり浸かっていたから、あなたは正しい判断ができなかったのよ。」

母が父のしたことを真っ向から断罪したことに驚いた。父は唇を震わせながら俯いていた。

「あなたが稚拙な判断によって家族に迷惑をかけたことについて、離婚と預貯金の放棄の形で責任を取るというのは、とても潔い、あなたらしい提案だと思うわ。だから私はあなたの提案を受け入れることにする。預貯金を私の名義にすることは当然よ。あなたのような人にお金を持たせたら、いつまた他人に保証をするとか愚かなことをしでかすかわかったものじゃないから。」

「厳しいな、でも有希子の言う通りだ。」

「明日、離婚届を出して、預貯金を私の口座に移すのよ。早めに引っ越し先を探して子供たちの転校手続きを取りましょう。」

「僕たち、転校しなきゃならないの?引っ越した後も時々友達に会いに来られるかなあ?」

「苗字を葉山に変えて別人のように暮らすのよ。引っ越し先や新しい苗字は友達に絶対に知られないようにする必要があるわ。」
彩花が解説を加えた。

「ほとぼりが冷めたらお父さんと再婚する形を取るのね?」
僕の妹で中3の彩実が質問した。

「日本の法律では女性は離婚したら半年間は再婚が出来ないのよ。だから一番早いケースで半年後に再婚してお父さんを葉山の戸籍に迎え入れることになるわ。」

「じゃあ、お母さんが戸籍筆頭者で世帯主になるのね。」
と彩花。

「そうよ。これからは私が一家の主人として働くから、お父さんを含めて私の命令に従ってもらうわ。今日は、枕崎家として最後の晩餐よ。」

母の宣言はテレビドラマのストーリーのように響いた。本当に起きていることのようには思えなかったが、それは確かな現実だった。父はビールを何度もお代わりし、彩花が「お父さん、これまでご苦労さま。」と言って肩を揉んだりしてサービスを尽くした。僕と彩実も父を責める気持ちは無く、父に普段以上に優しく接した。

第2章 新しい葉山家

翌日、学校に行くと今までとは全く違う一日が待っていた。親友の駿介が「大変だな」と声を掛けてくれた以外、僕に話しかける同級生は一人もいなかった。今まで話をしたことも無い同級生や、顔もよく覚えていない隣のクラスの男子までが、僕を犯罪者のような目で見て、視線が合うと目を逸らされた。新聞に名前が小さく出ただけなのに、僕が「あの枕崎部長」の息子だということを誰かがわざわざ言い広めたのだろうか。あからさまな虐めは無かったが、このままだと虐めが始まるのは時間の問題だと思った。

家に帰ると運送会社から段ボール箱が沢山届いていた。

「引っ越し先はもう決まったの?」

「まだよ。でも、夏物から片付けを始めなさいとお母さんに言われたわ。」

平日の午後4時半なのに父が家にいるのを見て、何となく気まずい思いだった。父も気まずそうにしていた。

「薫、ちょっと来て。」
母が父を薫と呼び捨てにするのを聞いて僕は腰を抜かしそうになった。

「お姉ちゃん、今の聞いた?」
僕は小声で彩花に聞いた。

「今日離婚届を出しに行ったみたい。お母さんが、夫婦じゃなくなったからお父さんと呼ぶのは止めると言ってたわ。結婚する前は薫、有希子と呼び合ってたんだって。」

母に薫と呼ばれて、父は少しバツが悪そうに母の所に歩いて行った。
「何だい、有希子。」

母は新聞広告を一枚、父に渡した。
「今私が電話して予約を取っておいたから、ここのエステに行ってきなさい。顔と手と脇のレーザー脱毛のお試し3回が2万円で受けられるキャンペーンをやっているから。」

「どうして俺がレーザー脱毛なんて受けなきゃならないんだ。」

「ひげ面を何とかしないと、すぐに薫だと分かるからよ。明日、美容院の予約も取っておくわ。会社の人に見られても枕崎部長だと分からないぐらいに変身してもらわなきゃ困るのよ。」

「いやだなあ・・・。」

「はい、この2万円を持って、すぐに行きなさい。」

「クレジットカードで払うからいいよ。」

「ばかねえ、もう薫の銀行口座に現金は無いのよ。薫の名義のクレジットカードは明日全部キャンセルするわ。公共料金の引き落とし用の普通預金口座だけを残して銀行や証券の口座は全部解約するのよ。」

「とほほほ。」
父はガックリと肩を落として脱毛エステに行った。

父が帰宅したのは夕飯が終わりかけた時で、僕たちがお茶を飲み始めた時だった。うちの食卓は長方形で、一家の主人である父が奥にデンと座り、左右に子供たちと母が座っていた。しかし今日は母が奥の席に座っていた。

父は当惑した様子で末席に座った。

「薫の分は食卓に置いてあるから適当に食べなさい。」
母はそう言ってから、父の顔を見て笑い出した。

「何よ、その顔。薫の顔って脱毛すると感じが全く変わるのね。」

父は赤面した顔で恥ずかしそうに俯いた。父は163センチしかないが、男性的な濃い顔立ちをしていて小柄で細身ながら威厳のある風貌だった。毎朝剃っても、まるで髭を生やしているかのように見えるほど髭が濃かった。頬から顎に斜めに走る青く濃い髭の形は落武者を連想させた。

脱毛クリニックから帰宅した父の顔は原形をとどめないほどに変貌していた。僕はそれまで父が彫りの深い男性的な顔をしていると思いこんでいたが、父の顔の陰影は濃い髭に起因するものであり、実は女性的な卵顔の骨格だったことに初めて気づいた。僕は母に似て体毛が薄く女性的な卵型の小顔であり、身長と体型だけが父に似ていると言われてきたが、僕の遺伝子は実は体毛以外は大部分が父から受け継いだものではないかと初めて思った。

「眉だけが太くて、少年漫画のキャラクターみたいね。後で眉の形を整えてあげるわ。」
と母が言うと、姉の彩花が自分がやると言いだした。

「眉は私が得意よ。流行の形に仕上げさせて。」

母が「いいわ」と許可を出した。

「じゃあ薫、食べ終わって食器を片付けたら彩花に眉を整えてもらいなさい。」
と母が言って席を立った。

「俺がひとりで食器を洗うのか?」
父が不満そうに周囲を見回した。

「ここは私の家よ。薫は居候だから言われる通りにするのよ。」
そう父に言ってから僕たちを見回して付け加えた。

「あんたたちの仕事は勉強だから家事は手伝わずに自分の部屋に行きなさい。」

「今までも食器を台所に持って行くぐらいは手伝ってたよ。」
と僕が言うと、母が「そうね。葵は男子だから食器を台所に運ぶ手伝いをしなさい。」と言った。

何故男子だから父の家事を手伝うという理屈になるのかは理解できなかったが、父が気の毒だったので僕は母に言われた通りに食器を台所に運び、一人で夕食を食べていた父にお茶を入れた。

「ありがとう、葵。お前は心の優しい子だ。」
父がご飯を食べながらしんみりとした口調で僕に言った。

「脱毛ってどんな風に抜くの?」
どうすればこれほど劇的に髭が薄くなるのか、とても興味があった。

「まずカミソリで髭を剃ってツルツルにするんだ。次にレーザー光をパルス状に照射して髭の皮膚の中に残った部分と毛根を焼き切る。このぐらいの大きさの照射ヘッドに開けられたスリットから一定間隔でバシッ、バシッとレーザー光が出るんだが、照射ヘッドは冷却ヘッドを兼ねていて潤滑ジェルが塗られている。脱毛した皮膚を冷却することによって火傷を防ぐんだよ。」

「焼き切るということは痛いの?」

「バシッ、バシッとレーザー光が照射される度に、ビンタで殴られるぐらいの痛みがあるよ。俺も泣きそうだった、あはは。」

「一度レーザー照射すると、もう毛は生えなくなるの?」

「毛周期は80日と言われていて毛を焼き切っても再び生えてくるんだが、毛根が完全に死ぬと再生しない。レーザーは黒い毛に吸収されるわけだから、今日の時点で休止期だった毛根からは毛が生えてくる。だから何度もレーザー照射を繰り返さないと、毛は薄くなってもまた生えてくるんだ。髭剃りが不要になるほど完全に脱毛するには半年から1年もかかるそうだ。」

「女の人の肌みたいになるってこと?でもお父さんは男だから、そこまで完璧に脱毛する必要はないよね。」

「そうだな、でもどこまで脱毛するかは母さん次第だな。俺は言われた通りにするしかないから。」

「でも、いきなり食事の座席まで変えるなんて、お母さんも横暴だよね。」

「仕方ないさ。俺が悪いんだから。それに、俺が今まで横暴にしてた通りに母さんが俺を扱ってるわけだから文句は言えないさ。」

「お父さん、くじけないで頑張ってね。僕、お父さんの味方だから。」

父はうっすらと目に涙をためて優しい笑顔を返してくれた。食べ終えた父の食器を台所に運ぼうとすると、「葵、もういいよ。そこまで手伝わせたら、俺、母さんに叱られるから。」と言われた。

僕は勉強部屋に行って宿題をした。予習と復習をしようと数学の教科書を開けたが、今日学校で経験した疎外感が蘇って、勉強をする気にはなれなかった。数学は2ヶ月ほど前によく理解できないことがあったが、それが尾を引いてその後教わった事が全部あやふやだった。最近の月例テストでは数学は殆どあてずっぽうの答えしか書けなかった。まだ返してもらっていないが、散々な結果になるのは確実だった。

しばらくして隣の部屋から「キャーッ、可愛い!」という彩実の奇声が聞こえて来た。この社宅は父母の寝室以外には子供部屋が2室しかなく、1室は姉と妹の共有で、1室を僕が使っている。先ほど母から言われた通り、食器を洗い終えた父が姉の部屋に行って眉を整えてもらったのだろう。

「完成よ、ママに見てもらおうよ。」
姉の彩花の声がして、父が居間に行く気配があった。僕も見に行こうと部屋を出た。

「ぎゃははは。可愛すぎるわ。彩花、やりすぎじゃない。」
母が父の顔を見て手を叩いて喜んでいた。

「そんなことないわ。今、こんな眉が女子大生やOLの間で流行してるんだって。お父さんの場合は地毛がものすごく広範囲に生えていたから、描き足さなくても、抜くだけで完成したのよ。すごい量の眉だったわ。」

父は鏡を見て、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「女みたいじゃないか。俺、こんな顔で人前に出られないよ。」

「これでいいのよ。人が見て枕崎薫とは思わないように変装するのが目的なんだから。それにしても薫の顔って女顔だったのね。」

「変装が目的だったら、お化粧させようよ。この顔だったら絶対に女の人に見えるわよ。お父さんは離婚して家を出ていって、代わりに親戚のおばさんが住むようになったといえばいいじゃない。」
彩花が父の気持ちを全く考えずに酷いことを言うのを聞いて腹が立った。

「いくらなんでも、いきなりお化粧は可愛そうでしょう。でも、お父さんは離婚して家から出て行ったというのは名案ね。皆もこれからお父さんと呼ぶのは禁止よ。薫と呼びなさい。」

「いいわね。でも薫は私たちをどう呼ぶのよ。」
母は結婚前から父を薫と呼んでいたのだからそれで良いが、姉が呼び捨てにするのは不自然だと思った。

「彩花さん、葵さん、彩実さんで良いわ。でも薫が葉山家の主人である私を有希子さんと呼ぶのは不自然よ。ご主人さまと呼ばせるのも人に聞かれると変だから、葉山さんと呼びなさい。」

「薫さんが僕をさん付けで呼ぶのは変だよ。葵と呼び捨てにして欲しい。」

「まっ、とりあえずそんな感じでいいんじゃない。さあ、皆、これから色々大変だからお風呂に入って早く寝ましょう。今日からは私が一番風呂よ。薫は最後に入って掃除しなさい。」

「とほほほ。」

「この程度でとほほじゃないでしょう。明日からは掃除、洗濯は全部薫の仕事なんだから。」

父はガックリと肩を落として一人で寝室に行った。寝室には父が家で仕事をするためのデスクがありパソコンや本が置いてある。そこは父の隠れ家だった。しかし父は1分もしないうちに慌てふためいて居間に戻って来た。

「な、ない。パソコンから俺のアカウントが消えてしまった。本や書類も無くなってる。」

「何を言ってるの。ここは私の家よ。パソコンから薫のアカウントは消したし、あの机には私のものしか置いていないわよ。私にとって不要なものは全部捨てたから。」

父はその場にへなへなと座り込んだ。

「あんまりだ。ネットやメールはどうすればいいんだ・・・。」

「薫がネットを検索しても見たくない記事ばかり目に入って気が滅入るだけよ。現時点で薫に届くメールには返信してプラスになるものは無いわ。薫は当分この世から痕跡を消すぐらいで丁度良いのよ。当分ネットは禁止よ。仕事も無いからデスクは不要。これからは台所が薫の部屋よ。」

「・・・・」

母の言うことに確かに一理はあるが、父があまりにも気の毒で見ていられなかった。

* * *

翌朝起きると台所には父が立っていて、母や僕たちの朝食を作っていた。

「薫、コーヒーはまだなの。」

「薫、早くミルクを取ってよ。」

母と彩花が父に横柄な口を聞いている。妹の彩実は僕と同様、父に気を遣って、自分のことは自分でしようとしていた。

夕方学校から帰宅すると、えんじ色のジャージーを着た小柄なショートヘアの女性が母の横に立っていた。

「こんにちわ。」
と挨拶をするとその女性は恥ずかしそうに俯いた。

「葵、よく見なさいよ。これは薫よ。」
母に言われてよく見ると父だった。えんじ色のジャージーは以前姉が着ていたものだった。髪がチョコレートブラウンの女性らしいショートヘアになっていた。小柄な女性に見えたのは、173センチある母の横に立っていたからだった。

「今日美容院に連れて行ったのよ。レーザー脱毛と眉カットのお陰もあって別人のようになったわ。今の薫を見て枕崎部長だと思う人は居ないでしょうね。人前で声を出さないことが大事だけど。」

「葵、学校はどうだった?俺の事件で虐められたりしていないか。」
父が僕に聞いた。

「うん、みんな僕と口をきくのを避けてるみたいだ。まだ、面と向かって酷いことは言われていないけど、心の中では色々思ってるんだろうな。でも、お父さんは離婚して家から出て行ったと親友の駿介に言ってからは何となく僕に対する皆の反感が薄らいだような気がする。」

「そうか。俺の為に申し訳ないな。」
父がしんみりと言った。

「薫、折角女性っぽい見かけになったんだから、俺は止めなさい。これからは私と言って、女言葉でしゃべりなさい。」

「ま、ま、待ってくれよ。俺じゃなくて私と言うのは了解するけど、女言葉でしゃべるというのは勘弁してくれよ。いくらなんでもあんまりだ。」

「お母さん、お願い、お父さんを虐めないで。もう少し優しくしてあげて。」

「お父さんじゃなくて薫でしょ。それに私は虐めてるわけじゃないのよ。枕崎薫の痕跡を消すことが薫にとっても私たちにとっても望ましいから、そうなるように指導しているだけよ。」

「ごめんなさい。お母さんが虐めてるだなんて言ってしまって。でも、女言葉でしゃべらせるのは可愛そうだから許してあげて。お願い。」

「葵がそこまで言うなら今日のところは女言葉は取り下げるわ。そのかわり丁寧な言葉でしゃべるのよ。私には必ず敬語で話しなさい。もし一度でも男っぽい言葉でしゃべるのを聞いたら、その時点で女言葉にさせるから、それでいいわね。」

「はい、葉山さん、ありがとうございます。葵、私のことを助けてくれて本当にありがとう。」

「薫、なにをぐずぐずしてるの。まだアイロンがけが残ってるわよ。」

母は僕が父の味方をすると苛立った口調になるようだ。父は「はい、葉山さん」と言って、居間の隅でアイロンがけをし始めた。

僕は何となく父のそばに居てあげたかったので、学校のカバンを居間に持ってきてソファーに座って宿題をした。数学の宿題は演習問題が1つだけだった。先生から、教科書に出ているのと同じパターンの基本的な問題なので目を閉じていても解けるようにしてきなさいと言われていた。教科書の同じパターンと思われる問題とその解法を何度も読んだが、なぜそうなるのか意味が分からなかった。もう諦めようかなと考え始めた時、横に母が立って僕を見ているのに気づいた。

「葵、ここからここまでが分からないんじゃないの?」
母は教科書の中の2、3行を指で示した。

「そうなんだよ、どうして分かったの?」

「高校になって成績が急低下する子によくあるパターンだからよ。この部分が分からないということは、その前に習ったことが理解できていないからなのよ。」
母は教科書を数ページ戻って、ある公式を指で示した。

「そうなんだ。そこがチンプンカンプンだったんだ。」

「じゃあ、多分その前のここも分かってなかったんじゃない?」
一つ前のページの赤線で囲まれた部分を指さした。

「お母さん凄い!僕がどこが分からないかを魔法のように言い当てるなんて。」

「葵、初めに分からなくて困った時に、どうして相談してくれなかったの?4月に高校の数学が始まってすぐに習った公式を理解できてないから、その後が全部あやふやになったのよ。私が4月に遡って教えてあげなきゃならないわ。」

「お母さんが数学が得意だなんて知らなかったもの。お父さんはずっと忙しくて勉強を教えてもらえる雰囲気じゃなかったから。」

「薫に聞いても無駄よ。薫は理科系は全くだめだったから。葵は頭が薫に似てしまったのね、可哀そうに。」

「お母さん、薫さんのことを勉強が出来ない人みたいに言うなんて酷いよ。」

「葵、酷くないんだよ。葉山さんの仰る通りなんだ。私は国語と英語の2科目だけで受けられる3流の私立大学の経済学部に入ったんだ。葉山さんはろくに勉強もせずに難関大学に余裕で受かった秀才だから、葵は勉強に関する質問があればお母さんに聞かなきゃだめだよ。」

「お母さんがどこの大学を出てるか教えてくれたことはないけど、難関大学なの?」

「葉山さんは福岡の医大を卒業なさったんだよ。その医大は今は私立大学の扱いになってるけど、国策で設立された医大で、葉山さんが通っていらっしゃった時代は学費は全額免除だった。葉山さんはお医者さんとして生きて行くことも出来たのに、私と結婚する時に専業主婦として子育てに重点を置いた人生を歩む決意をなさったんだよ。私はそれに甘えて来ただけなんだ。」

「薫、そんな卑屈な言い方はしないで。私は好きなことをさせてもらったんだから、薫には感謝してる。これからは産業医として自立した半生を送ることになるけれど、それもある意味で薫が辞職したお陰だもの、うふふ。これからは私が主人として薫を守ってあげる。」

僕は頭がくらくらし始めた。耐震性データ改ざん事件を理由に母が父に取って代わり、今まで父が威張っていたのを根に持っていた母が逆に父を虐めているのだろうと推測していたのに、父と母の会話にそんな雰囲気は全く感じられなかった。元々母の方が頭脳的に遥かに優秀なのに、子育て中心の人生を選び、父が稼いで母が従うという「夫婦ごっこ」をしていたというのだろうか?自分より遥かに優秀で、医者の資格を持っていて、身長が10センチも高い、普通に考えると手の届かない女性を妻として従わせてきたというのだから、男としての父の実力は尊敬に値する。

「本来は私が葉山さんに命令されて当然なのに、20年近くも逆の人生を歩んできたんですものね。」
父はまるで中学生の女子が初恋の先生を見上げるような目で母を見ていた。

「これから正常な関係が始まるのね。なんだかこそばゆい気がするわ。でも薫、あなたは本当に何もできないんだから、これから私の言う通りに一生懸命に努力するのよ。わかってるでしょうけど、少しでも私の言うことに従わない場合は主人である私に家から追い出されてホームレスになるのよ。さあ、次は夕食の支度。ゴボウの剥き方を教えるからエプロンをして台所に来なさい。」

「はい、葉山さん。」
父はエプロンをして嬉しそうに母の後を追った。

僕は父が不幸でないことを知ってほっとしたものの、母が父に対して全く容赦する姿勢が無く、まるで絶対的な主人であるかのように振舞っていることに疑問を感じた。父と母しか知らない特別な理由があるのだろうか。

母は台所で父に料理の仕方を教えて色々指図をした後、僕の所に来て数学を教えてくれた。教科書の1ページ目から、僕が分からないところを丁寧に教えてくれて、夕食の時間になると僕は夏休み前までに習ったのに理解できていなかった点が、すっかり分かるようになった。

「明日、続きを教えてあげるわ。きっと明後日には授業に追いつけるようになるわよ。」

「お母さん、本当にありがとう。お母さんがこんなに賢い人で、僕はラッキーだったな。」

「ごめんね、ラッキーとは言えないわ。葵の頭が彩花や彩実のように私と似ていたら、こんな簡単なことは数分で理解できたのにね。でも葵はお父さんから良いところを沢山受け継いでいるわ。可愛い顔で、素直で優しくて、食べてしまいたいくらいよ。彩花や彩実とは違った幸せな人生を送れるようにしてあげるからね。」

母は僕の肩に手を回して優しい声で言った。僕は姉妹と比べて頭脳レベルが格段に劣ると決めつけられたような気がして傷ついたが、母が僕を愛してくれていることが感じられたので幸せな気持になった。

夕食の後、母に並んで居間のソファーに座りテレビを見ていると、彩実が中学の制服のスカートを持って母に相談に来た。
「ねえお母さん、私のスカートを見て。皺がひどいでしょう。テカテカが益々ひどくなるのは嫌だからアイロンもかけたくないし、新しいのを買ってくれない?」

「もう少しで卒業なんだから今更新しいスカートを買うのは惜しいわよ。毎晩布団の下に敷いて寝なさい。」

「受験勉強で忙しいのにそんな面倒くさいことをしてられないわよ。」

「それもそうだけど・・・。薫、ちょっと来なさい。」

一人台所で立っていた父が母に呼ばれて来た。

「彩実のスカートの皺を伸ばすために、薫の布団の下に敷いて寝てあげなさい。これから彩実は学校から帰ってきたらスカートを薫に渡しなさい。薫は毎朝彩実が起きる前にスカートを部屋に届けるのよ。」

「薫さんに毎日敷いて寝て貰うなんて、私申し訳ないわ。それに、毎朝大人の男性がスカートを届けに部屋に入ってくるなんて嫌よ。」
彩実は話の成り行きに当惑しているようだった。

「彩実が制服を大切にしないからそんなことになるんじゃないか。」
僕は彩実のお陰で父がまたそんなことを言いつけられたことに心を痛めていた。

「なによ、スカートをはいたことがないくせに。制服のスカートは扱いが面倒なのよ。」

「そりゃあ男だからスカートのことは良く分からないけど。薫さんだって同じだよ。彩実が自分で敷いて寝ろよ。」

「私は葵と違って勉強が大変なのよ。薫さんにさせたくないんだったら、どうせ暇なんだから葵が私のスカートを敷いて寝てよ。葵なら毎朝スカートを届けに部屋に来てもどうってことないし。」

「ばーか。」

「彩実のアイデアも一考に値するわね。じゃあ葵、今日からあなたが彩実のスカートを布団の下に敷いて寝なさい。スカートについて知る良い機会だわ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕、彩実のでかいスカートなんて触りたくもないよ。」

母は僕の抗議を無視して彩実のスカートを持って立ち上がった。
「葵、来なさい。スカートを布団の下に敷いて寝るやり方を教えるから。」

母は嫌がる僕を連れて僕の部屋に行った。ベッドの上の敷き布団をめくり上げて、スカートをベッドの上に丁寧に置き、プリーツが正しく折れていて皺になっていないことを確かめながら敷き布団を上に乗せた。

「やり方、分かったわね。じゃあ自分でやってみなさい。」
母は折角きれいに敷いたスカートを取り出して僕に持たせた。僕は小さい時から姉妹のスカートを身近に見ながら育ってきたが、こんな風に手に持つのは初めてだった。スカートがこれほど重いとは知らなかった。ズボンよりもずっと広い面積の布で出来ているから当然のことなのだろうが、その重みが僕をドキドキさせた。

「うふふ、彩実のスカートは葵には長すぎるわね。ロングスカートになっちゃうわ。」
母はスカートを僕の手から取り上げて、僕の腰に当てた。

「折れば葵でもはけるかな。ちょっとはいてみる?」
母が意地悪そうに僕に聞いて、僕は耳の付け根まで真っ赤になった。僕は母からスカートを取り返し、ベッドの布団を半分上げて、先ほど教わったとおり、プリーツがちゃんと折られていることをチェックしながら布団を上に乗せた。

「上手ね。彩実も葵みたいに家庭的だったらいいんだけど、期待できそうにないわ。じゃあ葵、毎朝起きたらすぐにスカートを彩実に届けてね。」

その夜、敷き布団を介して僕の身体がスカートに接していると思うと、身体が熱くなって寝付けなかった。僕は普段妹の彩実の裸を見ても何とも思わないし、彩実も気にしないのに、何故彩実のスカートを敷いていることで自分が興奮するのか、自分自身理解できなかった。結局僕は久々にオナニーをしてやっと眠ることが出来た。


 

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